皆さま、おばんです!
前回に続き、今回も指宿枕崎線・枕崎(まくらざき)駅の訪問記です。
枕崎駅をひと通りチェックした後に、
どうしても確かめておきたいことがありまして…
前回のブログでも書きましたけど、
平成12年に現在の駅舎が完成するまで、
駅は現在地よりも100メートル西側にあったのですよ。
国鉄時代の枕崎駅は南薩鉄道(→鹿児島交通)の所有物で
国鉄が所有しているのはホームに繋がる線路のみ。
指宿枕崎線の終着駅ながら同線の駅には数えられない
ユニークな存在の駅だったのです。
上は昭和50年に撮影された航空写真ですが、
当時の枕崎駅は現在地と違った場所にあるのがわかりますかね?
上の写真と同じものを文字なしで再掲しますけど、
国鉄の線路の比べると鹿児島交通枕崎線(以下、南薩線)の
線路はハッキリと見えず、
両線の保線状態が違っている点にも注目ですぜ。
旧駅舎の跡地はスーパー(タイヨーさん)に売却されたために
JR枕崎駅は現在地に移転したわけですが、
旧駅舎のロータリーのど真ん中にあった灯台のモニュメントが
今でも残っているらしく。
ここを中心に旧駅舎の名残が無いか確かめたかったのです。
そんなことで、現在の枕崎駅を眺めた後は灯台の元までやってきました。
陽が暮れる前に目的のモノを観ねば。
左に見えるベージュの建物が駅跡地に建ったタイヨーさん。
右の緑の建物はドラッグストアのミドリ薬品さんですよ。
灯台のモニュメントを間近で見る。
灯台の裏表で記されてる文が違っていると
ブログ仲間の美咲さんからお聞きましたけど…ホントだ!
表が「始発駅」、裏側が「終着駅」だったのですね。
灯台のすぐ隣には枕崎市観光協会さんの建物がありました。
ここを訪ねれば、旧駅舎のヒントがあるのではないかと思い、
中を覗いてみると…
ヒントどころか、
写真がいっぱい飾ってあるじゃないのよ!
興奮しながら写真を見てたら
観光協会のおばちゃんが声を掛けてくれました。
最初は観光客に人気のカツオ料理専門店の話をしてくれたのですけど、
自分が枕崎駅を見たくて枕崎市に来たことを話したら、
「ふ~ん 鉄道オタクさんなのね」ですって。
それならと、観光協会内にあるベンチの秘密を教えてくれました。
ここで使われているベンチ、
旧枕崎駅の駅舎で使われていたモノらしいです。
そうそう、自分はそんな話が大好物ですのよ。
この後、おばちゃんからおススメのスポットを教えてもらい、
早速そちらへと向かうことにしました。
まずは1軒目。
観光案内所から歩いて3分の場所にあるコチラのビルでした。
このビルの道路に面した1階部分に
昭和59年に廃止された南薩線の写真が掲げられてるらしく。
その数は自分が想像していた以上でした。
写真だけではありません。
本物の鉄道グッズまで飾ってあるのですよ。
展示物のグレードの高さにビックリ!
足元には南薩線にあった各駅の駅名が並んでいたり…
ここには2基の囲いベンチがありましたけど、
これ、旧枕崎駅から発生した廃材が使用されてるみたい。
これはもう、南薩線の資料室と言ってもいいかも。
まだまだゆっくりと見たかったのですが時刻は陽が暮れる直前。
その前に、次のスポットに急げ~!!!
おばちゃんのおすすめするスポットのもうひとつは、
タイヨーさん(スーパー)のすぐ裏にありました。
ここにあるモノが潜んでいるのですけど、気づかれました?
正解はコレ。
廃止された南薩線の線路でした!
南薩線の廃線跡は姿を留めている箇所が多いとは聞いてましたけど、
まさか駅のすぐそばに
こんなカタチで残っているとは思いませんでしたわ。
おばちゃんありがとう!
お陰様で枕崎駅を十分堪能することが出来ましたぜ☆
ブログ仲間の黒羽さんが、
旧駅舎の現役時代(南薩線の廃止後、JR駅として活用されてた頃)
の写真をブログに挙げられてました。
当時の様子が鮮明にわかる写真ですので、
ぜひチェックしてみてくださいね。 → 黒羽さんのブログ記事
昭和58年に発生した水害の被害により休止になった南薩線。
一部区間はその後に復旧するも、
翌昭和59年に全線廃止されてしまった悲劇の路線でした。
廃線跡には今でもプラットホームが残る廃駅があるらしく。
機会を見て廃線跡巡りを楽しみたいと思います。
出来れば今度は晴れた日にね。
↑(鹿児島中央駅方面)
枕崎駅(平成28年5月16日) 前編 ・後編
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