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皆さま、こんにちは!

 

まずは毎度のご報告から。

一昨日UPしたブログが今日のアメトピに掲載されました。

運営さん、今回もありがとうございます!

閉店した駅隣のパン屋の告知

 

こちらの記事でした。

一度と言わず二度三度とチェックくださいね。

 

 

前回、前々回のブログにUPした

予讃線・多度津(たどつ)駅の訪問記の続きです。

予讃線・多度津駅

 

前回、前々回のブログもチェックくださいませ。

 

 

多度津駅を見終えた後は

JR四国の車両工場、多度津工場を眺めに行きましたよ。

多度津工場は多度津駅から約1キロほど西側にありました。

JR四国多度津工場と廃線跡の地図

多度津工場がなぜこの地にあるのか?

それには多度津駅の歴史と大きな関りがありまして…

 

四国で初めての旅客鉄道線として明治22年、

予讃線の前身である讃岐鉄道の手により

丸亀駅‐琴平駅間が開通。

その中間地点に設けられたのが多度津駅でした。

当時は宇高航路が開通しておらず

多度津港が本州‐四国を結ぶ航路の重要な拠点だった時代。

そんな多度津港のすぐそばに設けられた駅でしたよ。

 

下の地図の赤線で記したのが

明治22年時点での多度津駅と線路の位置です。

多度津駅を中心に丸亀駅方面、琴平駅方面の線路が

スイッチバックしている様子がわかりますよね。

多度津駅の歴史とJR多度津工場を示す航空写真

ところが、この配線のままではスイッチバック無しで

予讃線を西側に延伸することが出来ません。

そこで大正2年、予讃線が観音寺駅まで延伸したのを機に

線路を新線(現在の配線、地図の赤線)に移設。

多度津駅も現在地に改められました。

 

話を多度津工場に戻しましょう。

初代・多度津駅の近くに設けられた修繕工場、

のちの多度津工場でしたが

多度津駅が移転されたのちも

工場は移転されないまま現在も稼働中なワケでして…

ということは今でも

明治22年に開通した讃岐鉄道時代の面影が見られるかも?

そんな思いを持ちながら工場まで歩きました。

 

まずは多度津駅構内にある予讃線と工場線の分岐点です。

予讃線・多度津駅

手前に見えるのが工場線でしたが

奥に見える本線よりも軌道の状態が良く見えると言ったら

怒られますかね?

 

基本的に方向オンチな自分。

そんな時に頼りになるのが現地で貼られている住宅地図です。

堀江住宅案内図と多度津水産高校

地図の左上に「多度津水産高校」が描かれてますが

平成21年に閉校し現在は多度津高校に変っているそうです。

…ということは地図は19年以上前のモノってことか?

校内にある「東洋レース工場」が気になってましたよ。

 

多度津駅から線路沿いを歩いてひとつ目の踏切が現れました。

多度津駅構内の踏切と線路

自分の目測が正しければ、

踏切を渡った先を横切る直線道路が明治22年に開通、

大正2年に廃止された丸亀駅方面の廃線跡です。

 

こちらはその踏切から見た多度津駅方向のカーブ。

大正2年に開通した区間でした。

予讃線多度津駅構内の線路と踏切

 

勝手に工場まで伸びる線路を「工場線」と呼んでましたが

正式名称は「多度津工場線」なのでしょうか?

多度津工場線踏切の「止まれ見よ」標識

 

ここからは多度津高校の校舎を脇目に見ながら歩きます。

多度津工場と線路、建物

 

こちらはその先にある天神堀江踏切でした。

多度津駅踏切と線路沿いの風景

 

あとで気づきましたがこの付近の住宅、

大正2年に廃止された旧線の廃線跡通りに並んでるみたいですね。

下のグーグルマップに記した廃線跡(赤線)と

住宅の並びに注目ください。

多度津駅周辺の地図と廃線跡

 

工場の方角を見ると線路の分岐器が見えました。

ゴールはすぐそこだ!

線路と緑の雑草が茂る風景

 

何かわからんけど

工場脇のフェンスの目の前に出てもうた自分…

多度津工場線とTSE試作車

隙間があったので中を覗いてみました。

 

うほっ!TSEが停まってじゃないの!

JR DE10 1095と青い電車

 

2000系気動車の試作車であるTSE、自分が見たのは5年ぶりです。

最後は平成28年に伊予中山駅で見た姿でしたっけ。

予讃線・伊予中山駅

TSEが平成30年に廃車になったのは知ってましたが

保存されてたんですね…無知ですんません。

 

そんなコソコソしなくても

堂々と構内を眺めることが出来る踏切がありました。

JR多度津工場入口の踏切安全注意喚起看板

中を覗いてみると…

 

そうそう、この景色が見たかったんです。

多度津工場構内の鉄道分岐線と建物

 

ど真ん中に見える黒い貨車は

今は旧太子駅跡で保存されてるワラ1かな?

多度津駅構内の車両や信号機

 

TSE(右側にいます)も見えましたけど、ちょっと遠い感じですね。

多度津工場線と構内線路と車両

 

ところでところで…

初代・多度津駅は多度津工場の入口付近にあったはずです。

踏切の周辺に正体不明なコンクリートの基礎がありましたが

初代・多度津駅のモノだったりして?

踏切注意標識と「止まれ」の道路標示

 

最後は多度津工場の近くにあった浜多度津駅についてです。

大正2年に移転したことにより

役目を終えた初代・多度津駅でしたが、

代わって大正2年に開業したのが浜多度津駅。

多度津工場の構内を抜けると桜川を鉄橋で渡り、

その先に浜多度津駅がありました。

下は国土地理院のサイトに掲載中の昭和50年撮影の航空写真ですが

構内に貨車が留置される浜多度津駅が見えますよね。

多度津駅周辺の地図、工場と線路

写っている白い貨車は冷蔵車のレム5000かな?

四国で活躍する冷蔵車って印象が薄い気がしますが。

 

かつて浜多度津駅に伸びる鉄橋が架けられてた場所に来てみました。

鉄橋は赤い矢印の位置に架けられてたのではないかと。

多度津工場と旧線跡

 

桜川は護岸工事が施されたそうですので

鉄橋が架けられていた面影は見られませんでした。

多度津工場と川沿いの風景

 

その代わりと言っちゃなんですけど

C10形、C11形と思われる2個の国鉄コンテナを見っけましたよ。

多度津工場と白トラック

それ以外にもお宝がいっぱい眠ってそうな多度津工場。

構内には讃岐鉄道が手掛けた

明治21年竣工の作業場も現役なんですって。

いつかあるだろう公開日に再訪したいです。

 

…以上、見たいモノがてんこ盛りだった多度津駅でした。

(多度津駅周辺だけで7千歩くらい歩きましたよ)

 

 

 

 

 

訪問駅リスト(JR線)

予讃線(高松駅-伊予西条駅)

 

高松駅(令和3年4月9日)前編 ・後編

香西駅(令和3年4月12日)

鬼無駅(令和3年4月12日)

端岡駅(令和3年4月12日)

国分駅(令和3年4月12日)

讃岐府中駅(令和3年4月12日)

鴨川駅(令和3年4月12日)

八十場駅(令和3年4月12日)

坂出駅(令和3年4月12日)

宇多津駅(令和3年4月12日)

丸亀駅(令和3年4月12日)

讃岐塩谷駅(令和3年4月12日)

多度津駅(令和3年4月9日)その1 ・その2 ・その3

海岸寺駅(令和3年4月9日)

(臨)津島ノ宮駅(令和元年8月5日)

詫間駅(令和3年4月9日)

みの駅(令和3年4月9日)

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比地大駅(令和3年4月9日)

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伊予寒川駅(令和3年4月11日)

赤星駅(令和3年4月11日)

伊予土居駅(令和3年4月11日)

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多喜浜駅(令和3年4月11日)

新居浜駅(令和3年4月11日)

中萩駅(令和3年4月11日)

伊予西条駅(令和3年4月11日)

↓(石鎚山駅・松山駅方面)

 

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