皆さま、こんにちは!
前回のブログで吾妻線・長野原草津口駅のことを書きました。
吾妻線は群馬鉄山で産出された鉄鉱石を輸送するために
昭和20年に敷設された路線で、
渋川駅-長野原駅(現・長野原草津口駅)が太子線(後の吾妻線)、
長野原駅から鉱山までは
貨物専用線(日本鋼管専用線)が延びてたのです。
専用線は昭和27年に国有化され、太子線の貨物支線に編入、
昭和36年には旅客営業も開始され、
こうして一般駅の太子(おおし)駅が誕生したのですよ。
太子駅跡に立つ案内看板より。
長野原駅-太子駅を結ぶ太子支線は
1日に5往復の気動車列車が運行されてたようですけど、
昭和46年に太子線が全線開通して吾妻線に変ると
太子支線は廃止されることになり、
長らく太子線の終点だった太子駅も廃止されてしまったのです。
太子駅が廃止されてから45年以上が経過…
現在、駅跡が公園に整備され保存されてるそうですので、
廃線跡を(ちょっぴりですけど)眺めながら現地に向かってみました。
まずは太子線が廃止された直後の
昭和46年に撮影された長野原駅周辺の航空写真からです。
写真の下に写るのが長野原駅で、
北方に大きく反れて延びてるのが廃止された太子支線です。
白砂川に架かる鉄橋の姿が見えますよね。
この鉄橋が、太子支線の遺構で一番確認しやすいものでした。
日本ロマンチック街道(国道292号線)からも、その姿を拝むことが出来ますよ。
写真の中央に建設中の橋が見えますが、
こちらは県道376号線の白砂川橋のようですね。
自分がここに訪れたのは3年前で、現在、橋自体はほぼ完成したようですよ。
建設中の橋を真下から見てみた。
この橋が架かる付近が、吾妻線と太子支線が分岐する地点で、
下の写真の左側に写るのが、廃線跡を転用した道路でした。
廃線跡は直進して、先ほどの赤い橋に繋がります。
で、ここから一気に廃駅跡に飛ぶのですけど…
レンタカーのカーナビの目的地に
45年前に廃止された駅がインプットされてるはずもなく、
駅跡を探すのにえらく苦労しましたよ。
休日の中之条町役場六合支所立ち寄ったところ、
たまたま出勤されてた職員さんがいらっしゃいまして、
現地までの道のりを丁寧に教えてくれました。
町では太子駅跡を整備して、誰もが気軽に寄ってもらえる公園にする…
そんな話まで聞かせて頂けましたっけ。
こうして無事に、現地に到着することが出来ました!
うひょ~ ホームがある!
鉄鉱石を貨車に積み込む際に使用したホッパーも!
ホームやホッパーは半分ほど土砂に埋まっている状況でしたが、
その後に整備が進み、現在はすべてが掘り出されたみたいですね。
ホーム跡には駅名標も立っておりましたよ。
当時を再現して立てられたモノだそうです。
ホッパーの中を覗く。
保存されてる鉱山ホッパーは全国各地にありますけど、
これほど間近で見られるホッパーは珍しいのではないでしょうかね?
大きなブロックが2基並んでおりますが、
こちらは当時使われていた車止めなんですって。
これだけで、飯3杯はいけちゃいそう。
車止めの後ろに、一番最初に挙げた
太子支線を紹介する案内看板が立っております。
太子駅は、ほぼ現役当時の姿のままで放置されてたから
今こうして、重要な鉄道遺産として町が整備してくれましたけど、
他は容赦なく撤去されてしまったのが実情。
失われてから後悔しても遅いのですよ。
そうそう、ここにはもうひとつ、
来たら忘れちゃいけないのがありますのよ。
コレですよ、これ!
駅便(駅の便所)!
驚くなかれ、駅が現役だった時代から使われていた便所なんですって。
駅が廃止された後、この地は児童公園として使われていたようで、
便所はそのまま使用が続けられてたそうですよ。
確かに鉄棒やブランコがありましたわ。
中はこんな感じ。あらま、かわいいこと。
先ほどカーナビを確認したところ、
現在、ここは「太子駅跡」で検索できるみたいです。
この3年間で、注目度はかなり上がってたみたいですね。
中之条町の観光拠点として、ますます注目してもらいたいのですが…
バリアフリー化で便所が建て替えされることだけは無いよう
お願いしたいと思います。


















