皆さま、こんにちは!
国鉄時代末期の話です。
有人駅時代の駅舎が残る無人駅が全国各地にありました。
手入れされながらキレイに使われているモノ、
整備されぬまま荒廃してるモノ等々…
駅舎の状態は様々でしたが
その多くがJRに移行した際に撤去、
もしくは簡素な造りの簡易駅舎に代わりました。
防犯、防火対策のほか、
駅舎にかかる固定資産税もその理由みたいですね。
そんな中、JR四国は古い駅舎を撤去せず、
現代風に改装して使い続けてくれてたのです。
ありがたや~
しかしそんな時代から30年以上が経過した現在、
さすがに駅舎の老朽が深刻化して
最近は撤去される駅が増えてきました。
その中で自治体が駅舎を譲り受けて地域の観光拠点に改装、
キセキの復活を遂げた駅があるのですよ。
高知県の日高村にある
土讃線・日下(くさか)駅でした。
日下駅は土讃線が開通した大正13年に開業、
JR四国や自治体の日高村によれば
駅舎は昭和23年に竣工したモノだそうですよ。
ちなみに自分が日下駅を訪れたのは令和2年で
日高町が駅舎を改築した令和5年よりも前の話です。
改装後の、現在の様子を知りたい方はぜひ
ネットで「日下駅」を検索してみてくださいね。
それと、5年前は駅舎外に駅便(駅の便所)がありました…が
現在は撤去された模様。
撤去された駅便には
昭和10年に竣工したことを記す建物財産標が貼られてました。
だとすると駅舎の竣工年(昭和23年?)よりも古いワケでして…
駅便は現在、バリアフリー化された最新のモノが
駅舎内に納まっているとのことです。
そんなキセキの復活を遂げた日下駅の駅舎ですが
現在の様子は次の四国旅で確認してくることにしまして、
今回は改装前の様子をいっちゃいます。
まずは駅舎内からです。
駅舎はJRに移行後、無人駅仕様に改装されました。
しばらく簡易委託駅だった時代があったようですけど
構外できっぷを売るタイプの簡易委託駅だったのでしょうかね?
駅前にあるお店できっぷを販売してたのかしら?
待合所はこんな感じでした。
日高村には土讃線の駅が3駅ありますけど
駅舎を持つ駅は日下駅のみです。
構内に日高村の観光案内看板が掲げられてましっけ。
こちらは駅前に掲げられてた観光案内です。
手書き風の看板に見行っちゃうのは
自分だけじゃありませんよね?
最近は全国各地で買うことがフルーツトマトですが
ここ日高村が発祥の地とのこと。
村も地産の商品としてこれを推してるみたいですよ。
続いてはホームにイン。
日下駅は列車の行き違いが可能な相対式ホーム2面2線構造でした。
2本のホームは構内踏切で結ばれてます。
駅舎寄りのホームに
構内踏切が駅舎正面から構内西側に移設された年
「1988(昭和63年)-11」が記されてましたよ。
停車した列車が構内踏切を塞がないように
外側に移設させたワケですけど、
土讃線にて普通列車がワンマン運転を開始した年(昭和63年)と
見事にリンクしてます。
保線車両の手前側に見えるのは
昭和35年まで使われていた貨物ホームかな?
電信柱が立ってる箇所だけホームの幅が広いですが、
ここに転轍テコの小屋があった遺構らしく。
構内を探せば有人駅時代の痕跡が
もっともっと見つかるかもしれません。
日下駅にも「高知線の歌」の歌詞が掲げられてました。
「高知線」はもちろん現在の土讃線のこと。
日下駅が開業した大正13年から昭和10年までの路線名です。
最後は夕日に照らされた駅舎の画像で〆ます。
ところでところで…
日下駅が開業した当時の写真がネットに出回ってますけど、
今ある駅舎と見比べると
形状、規模とも大差がないような気がしますが?
実は駅舎の竣工年は大正13年で
昭和23年に改築されたという説はありませんかね?
この駅舎が日高村の顔として
いつまでも活躍してくれることを願ってます!
日下駅(令和2年2月2日)
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