皆さま、おはようございます!
今日は「文化の日」で祝日、土曜日から3連休を取って
旅を楽しまれてる方も多いのではないでしょうかね?
生い茂った雑草は枯れ、廃線跡巡り楽しむには最高な季節なのに
自分は残念ながら巣籠りの真っ只中でした。
次の旅の予定は鉄道とはまったく関係がなく、
11月末に家族でTDLに行く予定を立ててましたよ。
GoToトラベルを家族旅行に使わない手はありませんよね。
そろそろ駅巡りも楽しみたいなぁ。
さて今朝は、五能線から沢目(さわめ)駅の訪問記です。
訪問したのは今から4年前、「文化の日」の直後での旅でした。
沢目駅のプロフィールによると、
沢目駅は沢目村(昭和30年に合併して消滅)の玄関口として、
五能線が開通した大正15年に開業した駅とのこと。
沢目村は水沢村、目名潟村等が明治22年に合併して出来たことから
この村名になったそうですけど…
沢目村はその後、昭和30年に塙川村と合併して峰浜村に変わり、
更に平成18年に八森村と合併して八峰町に変わりました。
八峰町の町名はもちろん八森村と峰浜村の頭文字から由来してますが、
合併しても町村の名を残したいという気持ちが
ひしひしと伝わってきますね。
国鉄時代はしばらく開業当時の駅舎が使われていたらしい。
駅舎内に改築以前の駅舎の写真が飾られてましたっけ。
一緒に写真に写っているのは
昭和40年代後半に販売された230系のセドリックかな?
自分はいつも駅舎の写真を撮るのに写り込むタクシーを嫌ってますけど、
実は時代考証に重要なアイテムなのは認識してますからね。
でもジャパンタクシーだらけは嫌やわ。
んでもって現在ある駅舎は昭和62年、
JR移行直後に建て替えられたモノだそうです。
商工会の事務所を併設した駅舎だそうですよ。
待合室以外に出入口があるのはそんな理由みたいですね。
ところで駅前に、使い古しと思われる駅名標が立ってますけど、
どこからもぎ取ったヤツですのん?
それでは駅舎内を覗いてみましょう。
現在は無人駅になった沢目駅ですが、
駅舎が改築されてからしばらくの間は
商工会が業務を受託する簡易委託駅だったようです。
以前使われていた出札窓口がそのままの姿で残されてました。
駅舎内に備わる駅便(駅の便所)は土足厳禁です。
商工会の事務所成分が非常に高めな駅舎でした。
事務所内をちょいと覗き見。
「立ち入るな」と言われると立ち入りたくなるし、
「見るな」と言われたら見たくなっちゃうのは
自分だけじゃありませんよね?
続いてはホームにイン。
沢目駅は列車の行き違いが可能な相対式ホーム2面2線構造…
いや、よく見ると対面のホームの線路は切り離されてました。
昭和62年の駅舎改築に合わせ沢目駅の交換設備は廃止された模様。
以来、廃止されたホームと線路が放置されてるみたいですよ。
そこで気になったのが駅前に立ってた駅名標の存在です。
廃止されたホームで使われていたモノであると確信してたのですが…
そもそも対面側のホームが廃止されたのは昭和62年のこと。
JR移行期にJR表記の駅名標の廃品が発生するのはおかしいと思いません?
そこで調べてみると、この駅名標は
駅舎の改築からしばらくの間は「国鉄表記」だったようです。
それがある時期にJR表記のモノに差し替えられたっぽく。
単に廃品を立てたのではなくて、
JRがしっかりとメンテナンスされてる駅名標みたいですね。
放置中の廃ホームを眺める。
嵩上げされておらず「汽車時代」が楽しめるこのホーム、
朽ちることなく残っているのは貴重だと思いません?
構内の南に架かるのは、2本のホームを結ぶ跨線橋ではなく
自由通路の「ふれあい橋さわめ」でした。
駅裏に八峰町立峰浜小学校があるので
児童の通学の安全性を保つために架けられた橋だと思いますが、
公共設備のお金のかけ方は
都会よりも地方の方が優れているように感じました。
沢目駅の訪問記は構内の写真で〆ます。
最後に個人的な話ですが、
今月半ばに入院~手術を控えているため
ブログの更新が出来ない時期が生じそうです。
死んだわけじゃなく、ブログも辞めてませんので
これからも気長にお付き合いくださいね。
国鉄表記の駅名標が立ってる沢目駅の写真はこちらに掲載されてます。
↑(東能代駅方面)
沢目駅(平成28年11月8日)
↓(川部駅方面)
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