皆さま、こんにちは!
今から4年前、五能線の駅巡りを楽しみました。
この日は午前中に弘前市内を出発して
出来る限り多くの駅を見て周ろうと試みましたが、
この日はここが限界か。
陽が沈むと見たい構内が見えなくなるので、
夜間に駅巡りは行わない主義の自分でした。
秋~冬にかけては一日の日照時間が短いので、
この時期はホントにツライです。
こうして訪れたのが五能線・追良瀬(おいらせ)駅でしたよ。
「おいらせ」と聞くと青森県東部の「おいらせ町」を思い浮かべますが、
同じ青森県内の日本海側にも追良瀬駅があったとはビックリ!
ちなみに同じ読みの「おいらせ」でも、
おいらせ町の町名由来は町内を流れる奥入瀬川からです。
漢字が違いますので念のために言っておきますね。
こちらの追良瀬駅ですけど、とても不思議な駅構造を持つ駅でしたの。
駅舎を抜けるとホームに繋がる通路があるのですが、
とても長く、駅舎とホームがかなり離れているのですよ。
ホームから見た駅舎はこんな感じでした。
これには何かしらの理由があるはず!
開業当時からこんな土地の無駄づかいをするはずがありません。
追良瀬駅には現在の姿からは想像できない
秘められた過去があると察したのです。
こりゃ探らないワケにはいきませんよね?
すると面白い歴史にぶつかることになりまして…
過去の追良瀬駅については後ほど触れることにして、
まずは現在の駅の様子からです。
追良瀬駅は昭和9年に開業した駅で、
現在の駅舎は昭和47年に竣工したモノだそうです。
それを示す建物財産票が貼られてましたよ。
駅舎の近代的な造りはいかにも国鉄的な感じです。
昭和40年代に建てられたRC造りの駅舎は皆、こんな雰囲気ですよね。
駅舎内には駅便(駅の便所)も備わってました。
続いてはホームにイン。
先ほども書きましたが、駅舎から離れた位置に単式ホームが備わります。
追良瀬駅は日本海の海岸線に沿うようなカタチで
ホームが敷設されたために大きく弧を描いてました。
こちらは電柱に貼られた駅名標ですが、イタズラしたのは誰ですの?
ここから見ると、ホームは昔は島式だったことがわかります。
だとしても、駅舎とホームが離れすぎてると思うのですが…
この理由を探るため、
国土地理院のサイトに掲載された航空写真をチェックしました。
過去の写真を見ればその理由がわかると思ったからです。
昭和23年撮影の写真を見つけ、
現在の渡良瀬駅との違いに驚愕しちゃいましたよ。
広大な構内と巨大な工場が写ってるじゃないですか!
駅舎とホームの間に写る数多くの側線…
それ線路上には木材を満載した無蓋車が数多く写ってます。
どうやら昔は、渡良瀬駅の北側に
木材加工工場と広大な貯木場があったみたいですね。
専用線要覧によれば、ここは青森県営林局が管理する専用線だったようで。
専用線は昭和42年時点で使用が休止されてますのでその後に廃止、
渡良瀬駅も昭和47年に改修されたモノと思います。
そしてここには
森林鉄道の「追良瀬川林道」も乗り入れていたそうですよ。
上の写真内の構内西方に貨車らしきモノが写ってますが、
これが林鉄で使用されてた貨車なのでしょう。
奥入瀬川林道は青森県内に数多くあった森林鉄道の中でも、
もっとも長い路線だったそうです。
追良瀬駅、知れば知るほどスゴイ駅だったんじゃないですか!
その側線も現在は撤去されてこの有様。
鉄道用地の一部は住宅地に変わってました。
現在の駅前風景です。
ここを昔は森林鉄道が伸びていたなんて…
現地ではこれっぽっちも思いませんでしたわ。
そんなことで、追良瀬駅の駅舎とホームが離れているのは、
営林署が管理する巨大な貯木場と工場があったから、
それと駅から森林鉄道が伸びてたからでした。
時間をかけて探せば当時の遺構が見つかったかもしれませんが、
なんせこの日は陽が沈む直前でしたので…
次回は春~夏にかけて訪問したいと思います。
森林鉄道を知るならこれでしょう。
自分もポチった一冊です。
↑(東能代駅方面)
追良瀬駅(平成28年11月7日)
↓(川部駅方面)
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