皆さま、おはようございます!
コロナ禍の影響で、新年度早々から仕事量が抑止気味でしたが、
7月に入り、ようやく前年水準まで回復してきました。
自分、中古車関係の仕事と学校や幼稚園のビデオカメラマンを兼業してます。
そんな中、今日は夏の行事の撮影で市内の幼稚園に向かうのですけど、
今日は天候が大荒れらしく。
ニュースで「災害級の大雨に注意」と報じてますが大丈夫かな?
屋内行事ですので進行には影響はないと思いますが、
子供たちの良き思い出づくりのためにも
降水量はお手柔らかにお願いしますぜ☆
話は変わりまして、
今朝は五能線・陸奥赤石(むつあかいし)駅の訪問記です。
五能線(当時は国有化前の陸奥鉄道)が当駅まで延伸した、
昭和4年に開業した駅でしたよ。
陸奥赤石駅は赤石村(昭和30年に統合されて消滅)の玄関口として開業。
平成24年に現在の駅舎に改築されるまで
開業当時から使われていた巨大な駅舎があったそうです。
旧駅舎の基礎を埋めた跡が駅前に残ってましたが、
旧駅舎がいかに大きかったかがわかりますよね。
駅舎は無人駅仕様の簡素な造りなのに特異な意匠が施されてますが、
付近の種里城跡(津軽藩発祥の地です)に建つ、
「光信公の館」を模してデザインされたのではないかと。
陸奥赤石駅は快速列車が通過する駅のためか、
「光信公の館」の公式HPでは
最寄り駅は鯵ヶ沢駅とアナウンスされてますけど、
徒歩で向かうなここで下車した方が断然近いです。
ただし1時間近く歩く覚悟が出来ている方限定。
駅から「光信公の館」までは6キロほど離れてました。
個人的に、陸奥赤石駅の駅舎が面白いな~と感じたのはこの部分です。
一見すると羽目板が貼られているだけに思いますが、
実はここ、中からパカッと開くのではないでしょうか?
「合体マシン」や「ゴールドライタン」で育った世代からか、
こんなギミックを見るとついつい嬉しくなっちゃいます。
こんだけ凝った造りの駅舎なのに、待合室スペースは極々一般的な造り。
観光案内の掲示も見当たりませんでした。
せめて種里城跡のアピールくらいあってもイイと思うのは自分だけかな?
6キロの距離なんて気にしちゃいけません。
駅前から岩木山を眺めることも出来ましたよ。
今でも見どころが多い陸奥赤石駅でしたが、
昔は絶景がもっともっと楽しめる駅だったようです。
下は国土地理院のサイトから転載した昭和23年撮影の航空写真ですが
当時は、ホームから日本海の絶景を眺めることが出来たみたいですね。
五能線には「海が見える駅」が数多くありましたが、
陸奥赤石駅もかつてはそんな駅だったようですよ。
ところが昭和50年代半ば入ると、
駅と海岸線の間を国道101号線バイパスが開通。
併せて構内に防風林が植樹されたために、
駅から海が見えなくなっちゃったらしいです。
ちなみに防風林が並ぶ場所には昔、
列車を行き違いさせるための線路とホームがあった模様。
2枚上の航空写真を改めてご覧くだされ。
構内に残っていた両開き分岐器の遺構を眺めながら、
国鉄時代は交換設備があったのだろうと思いましたが、
昭和50年代には既に、現在の配線に変わっていたみたいですね。
国道バイパスが駅の反対側に通されたために、
駅前は車の通行量が少なく閑散とした雰囲気でしたっけ。
陸奥赤石駅は単式ホームがあるだけの棒線構造の駅でした。
赤石村が統合されて鯵ヶ沢町に変わるまでは
村のの玄関口だった陸奥赤石駅。
統合前は貨物輸送も行われていたのでしょうね。
駅舎の脇に貨物ホームの遺構がありましたよ。
最後は再び駅から見える岩木山の姿で〆ます。
五能線は岩木山の周囲に線路が伸びてますので、
岩木山が見える向きから
どの辺りまで移動したかがわかる路線でした。
もし陸奥赤石駅が昔みたいに「海が見える」状態だったら、
今頃は大勢の駅ファンが訪れていたかも。
駅舎にちょっとしたギミックが見れましたが、
まさかロボットに変形したりしませんよね?
↑(東能代駅方面)
陸奥赤石駅(平成28年11月7日)
↓(川部駅方面)
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