皆さま、こんにちは!
廃貨車の車体を待合室に利用したダルマ駅。
車両の足(車軸)を捥がれて地べたに据え置かれている様相から、
ファンはそのように呼んでました。
有蓋車の廃車体を再利用した道南いさりび鉄道・釜屋駅
現存するダルマ駅の大部分は北海道内にありますが、
数年前までは五能線にも数駅が存在していたみたいですね。
現在は簡易駅舎に代わってしまいましたが、
ここも10年前まではダルマ駅だったらしい。
能代市内北部にあるこちらの駅でしたよ。
五能線・北能代(きたのしろ)駅です!
大正15年、羽後東雲(うごしののめ)駅として開業した駅でした。
東雲村の玄関口として開業したことから付けられた駅名でしたが
村は昭和15年に合併して消滅、
追って駅名も昭和18年に改称されたそうです。
そんな北能代駅、長らく古い木造駅舎が使われてましたが
国鉄末期にダルマ駅に改築、
平成20年に現在の駅舎に代わったんですって。
駅舎に建立年を示す建物財産票が貼られてました。
木造駅舎の基礎が残っていれば面白いな~なんて思ってましたが、
駅舎が撤去されたのは今から35年近く前のことです。
さすがにそれは残ってませんでしたね。
駅前を眺めます。
閑散とした風景でしたが、集落は駅の裏側にあるので仕方がありません。
だからなのか、駅裏にチャリンコが数台並んでましたが…
皆さん、ひょっとして線路を乗り越えて駅を利用されてる?
続いては構内を覗きますよ。
これと言って特徴が無い待合室でした…と言ったら、
地元の皆さまに怒られちゃうかな?
北能代駅は単式ホームがあるだけの棒線構造の駅でした。
どちらかといったら味気が無い感じの北能代駅でしたが、
国土地理院のサイトで昔の航空写真を見たら驚愕の事実を発見!
下は昭和23年撮影の写真ですが、見てくださいよ構内の広さを!
ホームが2本あるし…とにかく構内がめっちゃ広い!
この頃の北能代駅は相対式&島式ホームによる複合2面3線構造。
よく見ると、東側(画像の右側)に敷かれてる側線も見えますよね。
貨物ホームらしきモノも写ってるし、更に奥には荷役場らしき広場も。
この線路はどんな用途で使われていたのでしょう?
そこで調べると、東雲村にまつわるある歴史に辿り着きました。
戦前のことですが、北能代駅の南東3キロ辺りの場所に
陸軍の東雲飛行場(能代飛行場)があったんですって。
東雲飛行場は主に操縦士の演習場として使用、
大戦末期は特攻隊の訓練にも利用されたそうです。
終戦後は直ちに閉鎖されましたが、
跡地は今でも地形に形跡を留めているみたいですね。
その東雲飛行場に物資を輸送するため、
現在の向能代駅(昭和27年開業)付近で貨物列車を停め、
荷役が行われていたとのこと。
昭和23年撮影の航空写真にホームらしき構造物が写ってますが、
これが物資の荷役で使われてた施設ではないでしょうか?
かつて北能代駅の構内が広大だった理由…
五能線(単線)の本線上で列車の退避が出来ないため、
それら貨物列車を留置させるためのモノと推測しましたけど、
この件についてご存知の方がいれば是非お聞きしたい!
なお、上の画像に写る向能代駅から北に2つめの踏切ですが、
今でも「飛行場踏切」という名称が残っているそうですよ。
線路を見ると分岐器の遺構が見えました。
貨物ホームらしき構造物の端部はここに繋がってましたが、
終戦前はここで何が行われていたのでしょうか?
…以上、終戦前の様子を妄想しながら眺めた北能代駅でした。
「東雲駅」と聞くと、東京臨海副都心っぽくてカッチョえ~
とはならず、石北本線の無人駅を思い浮かべてましたが、
北海道大好きクラスタの皆さん、
この気持ちを理解してくれますよね?
↑(東能代駅方面)
北能代駅(平成28年11月8日)
↓(川部駅方面)
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