【小5】立派な反抗期に突入。
小5の冬。三男にも反抗期がやってきた。成長過程にある当たり前のこと。ちゃんと育っている証。それは分かっている。上の子たちの時も経験してきたことなんだけど、これは何度経験しても辛い。これは入口であることも知っている。ここから口を聞かなくなる日が出てくることも。ある日突然声変わりをし、可愛らしかったあの幼い声を聞けなくなる日もくる。そして、落ち着いてきた頃には、あの子の相談役は私ではなく仲間になり、週末も仲間と過ごす日が増えてきて、手を離れていく。いつまでも幼く、いつまでもこのままであるように思ってしまっていたけれど、そんなはずはない。背だって、もう何年かしたら私を追い越すだろう。お母さんが視界に入ると勉強できない。お母さんは理解力がない。お母さんのせいで宿題ができない。三男が私を罵る言葉は数知れず。私もこの言葉に応戦。そのやり取りに私たち親子は一体何をやってるんだろうと虚しく悲しく涙が出てくる。泣いてる私を見て泣いてる私を見てくださいって感じですか?可愛そうですねぇって言ってもらいたいんですか?そうやって、俺を悪者にしたいんですか?とさらに追い打ちをかけてくる。後どれくらいその可愛らしい幼い声を聞けるのか分からないのに。最後の記憶に残る息子のその声と言葉が、トゲだらけなのは嫌だなと頭の片隅で思う。子どもはいつまでもそのままではない。お膝にちょこんと乗ってくれる可愛い時期も、いずれは卒業する。あと何年かで手を離れるんやな。その入口に入ったんやな。成長は嬉しいことだけど、やっぱり何度経験してもこの時期は悲しくて心がしんどい。「僕」から「俺」へと一人称が変わった息子の「僕」だった頃の話。僕は将来NASAで働くけど、日本に自分の家も持ちたい。その家で犬を飼うんだ。僕が仕事でいない時は、お母さんが犬の面倒見てね。大きくなったら僕はお母さんとお城みたいなお家に住むんだ。よくある子どもの夢物語だと分かっているけど、そんな事を言ってくれたこともあったなぁって涙が出ててくるのは、まだまだ私の方が子離れできていないからなんだと思う。長男、二男はすっかり落ち着いてきた。渦中の時は大変だったけど、今は三男に罵られる私を慰めてくれる。あの頃が嘘のように。だから、三男も今だけのことだから、今を上手にしのぐしかない。そうして、母としての役割を今日も果たさなくちゃなと思う。前を向いて。泣いてばかりいられない。