
統合失調症の人への抗精神病薬と日本人の国民性について
精神科の薬に限らず、治療に使われる薬全般はその疾患を改善する方向に作用する。ただし、副作用がきついため身体あるいは精神にかなりストレスになることもある。例えば抗がん剤や膠原病に対するステロイドなどである。
これは、リスクとベネフィットを勘案して処方されるため、患者さん本人に副作用などが説明されていることがほとんどである。本人に話さない方が良い場合は、家族に説明されている。
その点では、身体科の薬は非常に紛れがないと言うか、クリアカットだと思う。
精神科では特に入院時に、病識が欠如している人への向精神薬は本人に副作用などを説明せずに処方されることもある。
また外来治療で十分に説明をされずに副作用が強い向精神薬を投薬するケースでは、中断率は高くなる。従って本人にフィットした薬でも経過が思わしくないこともある。
向精神薬でも病識が保たれている患者さんに対する薬は、診察時に副作用の説明もされることが多いし、効果がある時に本人もそれを感じ取れることが多い。これは身体科の薬に似ている。これらの薬は、抗不安薬や抗うつ剤と呼ばれるカテゴリーに入る向精神薬である。
結局だが、病識のある人に副作用などの説明をせずに向精神薬を処方することは、治療的に損な選択肢だと思う。なぜなら、手順的ミスで治療が中断したりするからである。
一方、病識がない内因性精神病に対する抗精神病薬は、説明がされないか、されても不十分なこともよくあるので、外来だと治療が続かないこともしばしばである。これは外来治療を続けるかどうかは患者さんの任意と言うことも大きい。
これは身体疾患ではあまり見られないケースだと想像する。
基本的に、例えば代表的な内因性精神病の統合失調症でさえ、抗精神病薬やその他の薬は、本人の精神的ストレスを減少させる方向に作用する。例えば不眠が改善するとか、幻聴、恐怖、不安を減らすなどである。
ただし、その疾患が重ければ重いほど、そのプラスの効果を本人が実感できない。これは疾患の座がそういう判断をする同じ脳だからであろう。
ここが精神病の治療における障壁の1つだと思う
本人が、薬がどのように効いているかどうかわからない時、周囲の人が指摘して気づくこともあるが、その理解は曖昧なことが意外に多い。
従ってその指摘が、治療継続の強いモチベーションになるかと言うと、そこまではない。
一方、これまで記載した内容と矛盾するが、どのように薬が効いて、どこが良くなっているのかさっぱりわかってないのに、服薬をしてくれる統合失調症の人も意外にいる。これは不思議なことだと思う。
これは薬好きの日本人の国民性と、病前性格的に素直で疑うことが少ないことも関係している。
新型コロナワクチンが嫌いだった欧米の人(特にアメリカ人)たちは、日本人に比べ疑い深いし、他人を信用しない国民性なので、陰謀論的な思考パターンになりやすい。銃の所持をやめられないのもこれが影響している。
日本に比べ、欧米では統合失調症の患者さんへの持続性抗精神病薬の処方率が段違いに高い。これはそれくらいしないと、自ら服薬などしてくれないのだと思う。
日本人の持続性抗精神病薬の処方率の低さは、日本人の国民性をよく表している。
オリジナルの映画パピヨン
上の動画は、1973年のオリジナルの映画パピヨンの最後の場面。
映画パピヨンは、作家アンリ・シャリエール本人の壮絶な実体験を基にした終身刑囚、パピヨンの脱獄劇を映画化したものである。臨場感がある凄い映画。
主人公は、胸に蝶のタトゥーをしていることからパピヨンと呼ばれていた。パピヨンはスティーブ・マックイーンが演じている。彼は金庫破りで捕まったが殺人罪に問われ(冤罪)、フランスの刑務所から南米の仏領ギニアの監獄へ送られた。脱獄などほぼ不可能な環境である。
パピヨンはそこで債権偽造で捕らえられたルイ・ドガと出会う。ルイ・ドガはダスティン・ホフマンが演じている。ルイ・ドガはお金は持っているため、パピヨンは彼を守ってやる条件で、脱獄のための資金的な援助を得るようにしたのである。最初は打算的な関係だったが、この映画を通じて男同士の強い友情を描いている。その辺りがリメイク映画との相違点。
この映画は幾つか医学的な点で興味深い見どころがある。
パピヨンとルイ・ドガは、ジャングルの劣悪な環境の労務に従事するが、そこはマラリアに罹患しかねないのである。彼らはマラリアの特効薬、キニーネを手に入れ服薬する場面がある。
パピヨンは何度か脱走して捕えられるが、ある脱走の途上、ハンセン病で隔離された村にたどり着く。細かいところは忘れてしまったが、ハンセン病に罹患したその村の長が差し出す飲み物を飲んだのである。
ハンセン病は一般の人に誤解されているが、95%の人は生まれつきないし自然に免疫を持っているため感染しない。ある程度濃厚に接触したとしても、感染し発病する人は最初から決まっているような感染症である。
パピヨンはハンセン病の男から移らないのを知っていたのか?と言われる。(実はそんなはずはない。パピヨンは状況的に拒否できず飲まざるを得なかった)
パピヨンは脱走中に捕らえられ、真っ暗な独房に入れられる。その時、ルイ・ドガは彼が栄養失調で弱らないようにパパイヤのようなものを食事と一緒に出すように手配するが、バレてしまうのである。
パピヨンは、誰がパパイヤを入れたのか言うように詰問され暴行を受ける。ある時、あまりに苛烈だったため、一瞬話しそうになるが、認知症になったように振る舞い話すことはなかった。
パピヨンは決してルイ・ドガを売らなかったのである。
また真っ暗な独房にずっと入れられていたために、ビタミンDが不足し歯が抜けてしまう場面がある。長期間食事を減らされ、栄養補給のためにゴキブリ?のような虫を捕らえて食べることもしている。
最後、上の動画のように大量のココナッツの実を集め浮力のある筏を作り、島を脱出するのである。ルイ・ドガとの会話にあるように、ルイ・ドガはパピヨンが生きて逃れられるとは思っていない。
この後、パピヨンはベネズエラに渡り、当初は逮捕され監獄に収監されるが、最終的にベネズエラ市民権を得た。(映画は筏で海洋に出る場面で終わっている)
この映画は、皆、受刑者が薄汚れていて、時間が経つにつれて更に汚くなる。
またスティーブ・マックイーンはこの映画のために自分の歯を抜歯して撮影に臨んだらしい。なんと言うプロフェッショナルだろうか!と思う。
自分の体の一部を失う覚悟でこの映画の主人公を演じるスティーブ・マックイーン。
これと似たような事例として、1978年のモハメッド・アリvsレオン・スピンクス第1戦がある。この試合、テレビでハラハラしながらライブで観ていた記憶があり、自分はレオン・スピンクスがどう観ても勝ったと思った。しかし結果は2-1のスピンクスの際どい判定勝ちだった。どう判定すればSplit Decisionになるのだろうか?と思ったものだ。
この試合、レオン・スピンクスは自分の前歯を全て抜歯して試合に臨んでいる。試合を観ていれば、スピンクスの前歯が全てないのはすぐにわかる。スピンクスは、歯を抜歯することによりモハメッド・アリのパンチのダメージをかなり減弱させたのである。
余談だが、精神科医はスティーブ・マックイーンやレオン・スピンクスほどの覚悟で治療で患者さんに対峙しない。
なぜなら、そのレベルのエネルギーを注いでしまうと、患者さんにむしろマイナスになるからである。
精神科治療的には、おかしな距離感と言うことなんだろう。
参考
以下はパピヨンのリメイク映画 このリメイク映画は画面が明るすぎると思う。
エイリアンと倫理の話
今日は終戦記念日である。時々、思っていたこと。
過去の宇宙人の映画では好戦的に描かれていることが多い。彼らは侵略目的で地球にやって来ているのである。これは本当にそうなのか?と言う話。
第二次世界大戦以後、今でも世界各地で紛争や戦争が絶えない。しかし、戦争にも一定のルールがあるようには見える。例えば通常兵器のみで戦い、核兵器を使わないなどである。現代社会で核兵器を使う可能性がある国はおそらくイスラエルだけだと思う。
第二次世界大戦のドイツ各地の空襲では、イギリスとアメリカでは明確に戦略的相違があった。イギリスは夜間の無差別爆撃を行い、アメリは昼間に高度な爆撃照準器を用いた視認による精密爆撃を行っている。倫理的なものを考慮してアメリカは爆撃対象を工場、発電所、油田などのインフラに絞っていたのである。
アメリカも日本との戦争では時間が経つと一般市民への無差別爆撃や原爆投下を行っている。戦争に倫理的なものを見出すとすれば、そのような配慮をしていると言ったところだと思う。
歴史的には、戦争も次第に倫理的なルールが発展してきたように見える。大昔の戦争は、かなり悲惨だったからである。例を挙げると13世紀のバグダードの戦い。
本当に、当時のモンゴルは野蛮な国だったと思う。
遠い未来、地球人が太陽系外の宇宙旅行ができるようになった時、ある惑星の知的生命体に対して破壊的、侵略的に接するだろうか?と言う疑問はある。
平和とか倫理などの概念が発達しないようでは、太陽系以外の宇宙旅行が可能になる高度な文明まで発達しえないような気がするからである。
逆に言えば、平和とか倫理などの概念がない知的生命体は、宇宙旅行が出来るレベルまでに至らず、倫理的なルールのない大戦争で滅んでしまうだろう。
これは宇宙人が地球に到達していた?としても、その気配が全くなく、地球人が侵略された歴史が皆無なのがそれを暗示していると思う。
TNR(捕獲、不妊去勢手術、帰す)
上のポスターは、さくらねこについての説明。散歩するエリアはさくら耳カットのネコが多い。おそらく95%以上。
しかし時に新入りのネコがいるし、稀に仔猫も数匹いたりするので、徹底されてはない。多分100%は無理なんだと思う。
最近見た新顔。まだ身体が小さいが、既にさくら耳カットされている。
よく思うが、ぶちネコは自分でデザインを決められないのが辛いよね。
このネコがどのようにこのエリアに紛れ込んだのかわからない。捨てられたわけでなさそうである。たくさんのネコを見ていると平均してメスネコの方が身体が小さいことに気付く。
このグレーのネコは3年前には既にここにいた。何歳かは不明だが、ノラネコにしてはまあまあ長生きのネコである。暑いのもあるのか、何かしら病気があるのか、毛艶がまるでない。
しっぽに枯れ葉が付いているよ。
いつか紹介したツンデレの茅森さん。このネコは今日も暑いのに元気そうである。
最近気付いたことは、ノラネコたちはおしなべて子供が嫌い。
僕がなぜかノラネコに好かれていることの裏返しなんだと思う。僕は決してネコに触ろうとしない。ほどほどの距離感が良いのだろう。
他、ネコたちは、子供が大声を出すのも嫌っていると思う。
治療薬による悪化は時に気付きにくいこと
精神科薬に限らず大抵の薬には副作用がある。漢方薬は天然由来なので副作用がないと思われがちだが、決してそうではない。以下はAIによる漢方の副作用について。
胃の不調:吐き気や下痢
皮膚の症状:発疹やかゆみ
偽アルドステロン症:甘草(かんぞう)という成分で、むくみや血圧上昇、手足のしびれが起きる
間質性肺炎:黄芩(おうごん)などの成分で、空咳や息切れ、発熱が起きる
肝機能障害:全身のだるさや黄疸(おうだん)が出る
特に間質性肺炎は重篤な副作用である。また、漢方薬は長期に服用すると効きにくくなる傾向がある。また、複数の漢方薬を服用していると生薬が重複することがあることも注意したい。
認知症でしばしば処方される抑肝散は甘草が含まれており上記、偽アルドステロン症を惹起するリスクがある。
精神科の西洋薬の場合、効果の方角が精神なのでそれに明らかに沿わない副作用は医師も認知しやすい。例えば中毒疹、ふらつき、口渇、便秘、体重増加。手指振戦、倦怠感などである。
また、精神に近いが本人が訴えやすい副作用もわかりやすい。眠さや不眠などである。
このブログのリスペリドンのテーマ、最初の記事(リスパダール)に以下のような記載をしている。以下、一部抜粋。
リスパダールが発売された当初、最も驚いたのは、これを服用した時に悪化する人が随分といたことである。それまで精神科薬物を服用して元の精神症状を悪化させる可能性がある薬物は限られていた。添付書類を見るとわかるが、たいていの抗精神病薬の副作用として精神面の変調は記載してある。しかしそんな副作用は実際はあまりないのだ。警戒しなくてはいけなかったのは、クロフェクトン、オーラップ、PZCなどの賦活系の薬物。それ以外の薬物はあまり注意しなくても良かった。しかしリスパダールを処方すると、本来の症状を悪化させうるので、変更の時に決断が必要だった。ある患者さんは、ある時、血だらけで来院した。痒いからと言いカッターナイフで肌を切り刻んでいた。もともとそんな風な患者ではないのに、リスパダールを使っただけでこれだ。こんな風な事態は非定型抗精神病薬を使う限り、基本的に覚悟しておかないといけない。何度か痛い目にあうと、次第にリスパダールは使い辛くなる。しかしよい薬であるのは間違いないので、徐々に新規の処方を再開しリスパダールを処方する人数が多くなっていった。
これは精神症状に対して治療薬を処方しているのに、その方角の精神症状を悪化させると言う特別な副作用?である。
抗精神病薬は自分の場合、定型抗精神病薬しかない時代から診療を始めたので、定型と非定型抗精神病薬の間のギャップと言うかある種の違和感があるが、今の若い精神科医はどのような感触なのだろうか?と時々思う。
定型抗精神病薬は錐体外路系の副作用が多いが、精神そのものを悪化させることがあまりないことは、非定型抗精神病薬の精神への悪影響に気づきやすい点だと思う。
いつかも記載したが、最も良くないのは、抗精神病薬による悪化に気付けず、他の抗精神病薬を追加処方することである。
ここで注意したいのは、非定型抗精神病薬による精神面の悪化に対し、定型抗精神病薬(ハロペリドールなど)を追加した際になにがしか良くなったりすること。精神科医は、「この人は難治性なのでこのような併用も必要」と判断しやすい。このような経過の時、まだ定型抗精神病薬単剤処方の方がずっとマシである。理想的には、悪化させている非定型抗精神病薬を他の非定型抗精神病薬へ切り替え、それがフィットするのが最も良い。
このように考えると、経験が少ない精神科医であればあるほど、抗精神病薬は単剤処方に努めると言う方針は極めて正しい。
なお、僕は患者さんによれば、非定型抗精神病薬でさえ、難治性の人には併用療法が必要なことがあると言う考え方である。これは最も理想的な統合失調症への抗精神病薬がクロザピンであることといくらか整合性がある。(クロザピンは多くのレセプターに作用するタイプ)
現在、外来では抗精神病薬は基本2剤までに処方制限されているので、このような失敗を多少は抑制していると思う。
入院では治療の難しい人を対象にしているためか、この2剤制限がない。従って経験が少ない精神科医が治療すると、薬が噛み合わず悲惨な併用療法になっていたりする。
抗精神病薬は幻覚や妄想など精神症状そのものに作用する薬である。これは当初、気付きにくかったとしても、試行錯誤しているうちにその薬が精神面を悪化させていることに気付くチャンスがある。
精神面への悪影響も、イライラ感、怒りっぽさ、不眠など軽微なものから、幻覚妄想そのものの悪化まで多様である。精神症状の悪化の場合、前者の軽微なものの方がむしろ認知しやすい。幻覚妄想は処方した瞬間に効くわけではないし、しばらく経過を診る必要もあるので、悪影響の確認が遅れると長患いになりやすい。
抗精神病薬ではない向精神薬、例えばアリセプト(ドネペジル)は、しばしば精神症状を悪化させる。これは興奮しやすい、怒りっぽいなど賦活系の悪化である。しかし認知症そのものにBPSDと言う精神症状があるので、そのようなことが起こり得るという治療イメージが必要だと思う。
このBPSDとは、認知症による脳の障害(中核症状)を背景に本人の性格、体の不調、周囲の環境などが影響し出現する不安、幻覚、徘徊、暴言などの精神・行動の症状である。
つまりアリセプトのこの有害作用は、同じ認知症の症状のラインに載っているのである。だからこそ、治療イメージが必要だと思う。なお、認知症に対する薬でも、メマンチンや抑肝散はBPSDをかえって悪化させることはほぼない。
不安に使われるベンゾジアゼピンとSSRIは、ベンゾジアゼピンは同じ不安に沿った副作用が皆無であることに対し、SSRIはそうではない。つまりSSRIは不安、緊張をかえって悪化させることがある。ただし身体への副作用や依存性に関してはベンゾジアゼピンは遥かにSSRIに比べ劣るので、徐々に処方が控えられている。
ベンゾジアゼピンやSSRIはコミュニケーションがかなり取れる患者さんを対象にしているので、このような副作用が出たとき、わりあい速やかに対応できるのが良い。服薬してかえって悪化した時、通院を止めてしまう人も多いと思う。
特殊な例として、新規抗てんかん薬による精神への副作用を挙げたい。これはリエゾンの現場で時々診る悪化である。特に精神を悪化させる新規抗てんかん薬は、イーケプラ(レベチラセタム)、トピナ(トピラマート)、フィコンパ(ペランパネル)の3剤であるが、身体科ではトピナやフィコンパなどを処方されていることが滅多にない。
この中でイーケプラは身体科では多く処方されており、リエゾンでの悪化場面を時々診る。しかもその悪化に身体科の医師や看護師は気付いていないことが多い。イーケプラはイライラ、易刺激性、攻撃性、気分変動、抑うつ、不安などの悪化が診られ、高齢者ではアリセプト(ドネペジル)の精神症状の悪化の規模を大きくした印象である。
フィコンパは易刺激性、攻撃性、怒りっぽさなどの精神症状の悪化を来たすことがあり、イーケプラに似ている。過去ログで、抗てんかん薬の悪化はイライラ感を伴う躁状態のように見えると記載しているが、この2剤はそうである。
一方、トピナは上の2剤とは少し異なり、認知機能低下、思考の遅さ、抑うつなどがあるが、トピナは経験的には「うつ」にいくらか有効なことがある。認知機能の低下や思考の遅さは本人が自覚できることも多い。これはイーケプラやフィコンパとの相違だと思う。
トピナは時に幻覚妄想を惹起することがあり、元々精神症状がある人は注意を要する。トピナで幻覚妄想を惹起するような際、躁状態のようにも見える。また真の精神病ではないので、重篤に見える幻覚妄想でもトピナ中止後、消褪しやすい。
特に新規抗てんかん薬を処方後、人が変わったように見える時、副作用ではないか?と言う治療スタンスが必要だと思う。
抗てんかん薬では、ラミクタール(ラモトリギン)、バルプロ酸、カルバマゼピンは気分安定化薬として精神症状に処方されている。抗てんかん薬は良くも悪くも精神面に影響しやすい向精神薬と言える。
これら向精神薬による精神症状への副作用を診ていると、患者さん本人の洞察と言う点で、同じ副作用でも、イライラ感、不安感などと、内因性精神病的な精神症状の副作用(躁状態、幻覚妄想)は全く異なる。前者は本人が意識できるが、後者は全く病識が持てないのである。
つまり病識は疾患そのものに由来せず、精神症状の内容の方がむしろ関係が深いのだろう。









