
精神科病院での身体拘束と裁判
幻覚妄想が原因となっている興奮、暴力は言葉では鎮静できない
これは精神医療では特に言われていないが、医療従事者はそのように理解している。いわゆる「Out of Control」の言葉の意味通りである。
「Out of Control」の日本語の意味は、「制御不能な」「手に負えない」「収拾がつかない」と言ったところである。以下は、2009年の古い記事。
一部抜粋。
彼は今までになかったようなことをやり始めようとしていたので、少し上がっているのではないかと思った。僕がそれを指摘すると、
out of controlですよ。
とニヤリ。僕は、
それが自分で言えたらたいしたものだよ。
と言った。本当にそう思ったし。
この人の診断は躁うつ病だが、幻覚妄想を伴い非定型精神病的だと思う。こういう人は統合失調感情障害とは僕は言わない。医師によれば非定型精神病と診断する人もきっといると思う。
彼には数々の武勇伝がある。
ところが、最後の長い約1年ほど入院の後、以前には予測していなかったほど落ち着いてきた。1型躁状態がなくなり、また被害妄想が消失したからである。2型躁状態もほとんどみられなくなっていた。軽度のうつ状態があることはあるが、苦痛がなく治療を要さないほどなのである。
彼には躁状態であれ、うつ状態であれ、洞察が全然できなかったので、病識が欠如していると言えた。ところが、この日は「out of controlですよ」と言い、照れ笑いしていたので、以前と随分違うと思った。
以上。
精神科病院の中で、その瞬間の興奮、暴力が言葉で鎮静できないのなら、薬(特に注射剤)で鎮静するか、隔離などを行うしかない。
薬と隔離による結果の共通点としては、興奮や暴力が本人、医療スタッフ、他の入院患者さんに影響が及ばないこと。ただし、筋注または静注する際や隔離する過程で医療スタッフが怪我をすることはある。
隔離のみ行うと精神症状によれば患者本人が大怪我をするリスクがある。例えば自ら頭を壁にぶつけ続けて脳挫傷を起こすなどである。
これはいかにもなさそうな事例だが、大学病院で研修医をしていた当時、実際にそういう青年がいた。ただし、実際に脳挫傷を起こした以後、その青年は激しい興奮が激減したと言う。昔に行われていたロボトミーに似た転帰になったのである。
この場合、もし脳挫傷が生じた件について家族が裁判を起こしたら、大学病院側が負ける事例である。この自傷行為の結果が以前より精神症状が良くなったから問題にならなかったが、もし植物状態とか死亡だったとしたら裁判になってもおかしくない。(実際には裁判にはなってない)
隔離されてなお興奮が続く事例は少なくはないが、患者さん自身が自ら骨折するほど興奮するレベルの人は稀である。
身体拘束するかどうかには三原則があり、「切迫性」「非代替性」「一時的」である。つまり、それしか患者さんを守る手段がない状況で、一時的に行うと言ったところだと思う。
状況的に隔離しないで身体拘束するケースは高齢者の認知症患者くらいで、若い世代の激しい興奮状態を呈した患者さんを身体拘束する場合、既に隔離されていることが多い。もちろん、他の患者さんに見せられないと言うのもある。
隔離して更に身体拘束まで実施することは法律的には明確ではなくグレーゾーンである。東京都では禁止されているらしい。
身体拘束しないで上記のような事故が起こった場合、ほぼ病院側が負けている。
身体拘束が問題になるのは、時に体を動かさない(せない)結果、時に肺塞栓症が起こるからである。これは航空機でのエコノミー症候群と似た病態である。
機内で起こるエコノミー症候群では時々足を動かしたり、伸ばすなどの軽い運動を行い、しっかり水分を摂るように言われることが多いが、身体拘束されている場合、前半があまりできない。激しい興奮状態では病態そのものが脱水を起こしやすい上に、水分補給させることも難しいことも多い。(激しい興奮状態で点滴をする場合、そのために身体拘束が必要になる)
激しい興奮状態で事故を避ける目的の身体拘束も、別の事故が起こるリスクを孕んでいる。
日本は海外に比べ身体拘束が多いと言われており、とりわけ身体拘束の長い病院がある。このような身体拘束の事故では、外からだと、どのレベルの精神症状で身体拘束を行ったのか良くわからず、コメントしようがないことが多い。
身体拘束中に事故が起これば、精神科病院側の責任についてかなり厳しいことはわかっているので、よほどのことがあり、やむなく身体拘束したのでしょう、と言ったところである。
身体拘束中の事故は裁判ではほとんどの病院が負けている。
ひとつ言えるのは、昨日まで非常に精神症状が悪く、その日の状態が一見良さそうな時、すぐに身体拘束を終了して良いのか?と言う専門性のある診たてである。それは精神保健指定医の判断だと思う。外見で静かそうに見えても「内的不穏」が見えることがあるからである。
法律家が、「その日の状態が一見良さそうな」状況を見て、その日の身体拘束を違法とするのなら、それは精神保健指定医と言う専門家を侮辱している。
近い将来、そのようなリスクしかない患者さんは受け入れられない(つまり入院を断る)ということも起こりかねない裁判結果が続いている。
精神科病院の患者さんの入院治療での人権の制限は、医療側からどこまで行うかと言う線引きが難しい。
ネコはなぜ高いところに登るのか?
家ネコは高いところが好きと言う話だが、ノラネコも木に登ったり、このように高いところに登っているのをよく見る。
このネコも高いところに登りポーズを取っていた。ノラネコが高い場所に登るのは、狩りの時広く見渡す必要があるのと、危険を避けるためだと思う。多分本能的なものだろう。
このネコも妙に落ち着いていた。
この地域は多くのノラネコが住んでいるが、犬の散歩コースでもある。ノラネコは犬は嫌い。
散歩中の犬が来ると避けることがほとんどである。自分のテリトリーに入って来るのが嫌な部分もあると思うが、単に強弱もあると思う。自分のテリトリーに犬が入ってきているのに避けているから。
この地域のネコたちは円満な関係なのか、喧嘩をしているのを見たことがない。しかし犬は自ら避けているのである。
参考
以下はネコの喧嘩の記事だが、今回の記事の場所とは異なる。ここは犬の散歩が禁じられていて、ネコしかいない。今の散歩コースは、意外に犬の散歩ができるコースなのでネコの喧嘩を見ないのかもしれない。
惑星ソラリス、NHK BS 2026年9月10日(木)午後1:00〜放送
過去ログに「惑星ソラリス」と言う記事がある。この記事を挙げた意図は最後の以下の部分である。自我障害について言及している。
普通、人間は自分の考えていることが他人に知られないからこそ、心の平穏が保たれる。
それが簡単に外部に漏れることは大きな恐怖なのである。統合失調症の人たちの自我障害症状はこのような精神所見も含まれている。
これらの映画は、少し形を変えて、統合失調症の人たちの膨大な恐怖感のほんの一部を表現していると思う。
以上。
惑星ソラリスは、アマゾンプライムビデオでも観られない作品である。今回、明日 2026年9月10日(木)午後1:00からNHKBSで放送されるらしい。興味のある人は録画し、暇な時に観ると良いと思う。
紹介したのに変なことを言うが、この映画はカンヌ映画祭審査員特別グランプリ受賞しているものの、それほど面白い映画ではない。おそらく随分退屈な映画だと思う人の方が多いだろう。
向精神薬は服薬し続けることで効果が減弱するのか?
結論から先に言えば、向精神薬のタイプにより長期服薬により減弱するものとそうでないものがある。
精神科、心療内科で処方されることはないが、例えばアルコールはヒトを酩酊させ、脳に作用する薬と言える。アルコールは長期連用で強くなるように、精神への作用は次第に減弱するように見える。アルコールをひとつの向精神薬とみなせば、次第に効果が減弱する薬と言える。
また、脳内でアルコールが作用する部分に近いベンゾジアゼピン系の抗不安薬、眠剤は次第に効果が薄れ、必要な用量が増えていく傾向がある。ベンゾジアゼピンは長期服用で効果が減弱するタイプの薬である。
抗精神病薬は、まず定型抗精神病薬について。ここで言う定型抗精神病薬とは、ハロペリドール、チミペロン、コントミン、レボトミンなどの歴史が古い抗精神病薬である。
定型抗精神病薬は長期服用することで当初見られた副作用が次第に薄れる傾向はある。例えば眠さなどは、服薬し続けるうちに次第に軽くなる。しかし臨床的に長期連用したからと言って、次第に効果が薄らぐようには見えない。治療後、当初は少ない用量で治療できていたのに、時間が経ちその数倍必要になる人は病状そのものの進行によることが多い。
特にハロペリドール、チミペロンについては筋注薬は時間が経っても、1アンプルないし2アンプルの安定した効果を発揮する。
コントミンやレボトミンなどのフェノチアジン系の定型抗精神病薬は、ブチロフェノン系に比べ作用するレセプターに広がりがある。例えばフェノチアジン系の抗ヒスタミン作用は、ここだけ見れば、長期服用でやや効果が薄れていくように思われる。それは時間が経つと鎮静的な効果が薄れて服用しやすくなるからである。
コントミン、レボトミンはさまざまなレセプターへの作用のトータルが抗精神病作用なので、一部のレセプターへの効果が減弱したとしても総合的にはそれほど減弱するようには見えない。減弱したとしてもたいした減弱とはみなせないのである。
しかし特殊例は注意すべきだと思う。昔、レボトミン2000㎎などの驚異的と言える?処方を目撃することがあった。レボトミン2000㎎でも普通に歩ける理由は、その人の抗精神病薬に対するある種の生体防御反応が起こっているからであろう。レセプターの数やその立体構造が変容しているからこそ、その用量に耐えられる。これは、次第に効果が薄れるとは言えないと思う。
非定型抗精神病薬は、レセプターへの作用に広がりがあるオランザピン、クエチアピン、クロザピンと、レセプターに比較的ピンポイントに効果を及ぼすアリピプラゾール、ブレクスプラゾールのようなタイプに分けて考えた方が良さそうである。
オランザピンのようなレセプターに広く作用を及ぼすタイプは、一部に作用が減弱するものがあってもトータルではそこまで減弱しているようには見えない。副作用に慣れる傾向があるのは、定型抗精神病薬のコントミンと同様である。なぜ一部の作用が弱まるのに、トータルでは抗精神病作用が維持されるのかはよくわからない。
アリピプラゾールはピンポイントタイプでもアンタゴニストとアゴニストの双方の作用を持つ。このうちアンタゴニストは遮断的な作用で、一般的な定型抗精神病薬の作用に似ている。この作用は安定的で時間が経っても減弱するように見えない。
一方、アゴニスト作用は特に少量でその作用が顕在化するが、これは時間が経ち作用がやや減弱するように見える。非定型抗精神病薬の少量でアゴニストタイプの効果を発揮させる場合、賦活や抗うつ作用を期待することが多いが、この作用は腰折れしやすいのである。また、この作用は増量するとアンタゴニストに変化するため、増量で対応することもできない。
このようなことから、アリピプラゾールやブレクスプラゾールの賦活を目的とした少量コントロールはやや難しい。一旦、効果が減弱した場合、一時、中止し時間をおいて再び処方すると期待する効果が再現する傾向はある。
抗うつ剤のうち旧来のタイプ(トリプタノール、トフラニール、アナフラニールなど)は、長期間服用したために効果が減弱する傾向はない。次第に増える人は、むしろ副作用に慣れたためにその用量を服用できる部分が大きい。かつて古いタイプの抗うつ剤は少量で長期間続けるよりしっかりした用量を継続して服用することが推奨されていた。この傾向は旧来の4環系抗うつ剤やミルタザピンも同様である。
SSRI、SNRIは設定された処方用量の幅が狭く、すぐに上限の処方用量に達する。これらも長期に服用したことで効果が減弱するタイプではない。上限の用量を服薬し続けて病状が悪化したケースは、何らかの他の要因(ストレスなど)の影響の方が大きいと思う。
実際、上限用量のSSRIやSNRIを長期間続けていて、その薬に慣れて効かなくなり、他の薬に変更せざるを得なくなることがほぼない。もし抗うつ剤に慣れることで使えなくなるなら、多くのうつ病の患者さんはやがて服薬する抗うつ剤がなくなってしまうと思う。
抗うつ剤でも本邦未発売のブプロピオンは特殊だと思う。ブプロピオンは長期服薬で腰折れしやすい。これはドパミン神経系に他の神経系とは異なる特殊性があることが推測できる。
一般にパーキンソン病の薬を長期間飲み続けていると、徐々に効果の持続時間が短くなったり、効き方にムラが出たりするようになる。この傾向だが、薬に対する耐性が形成されたと言うより、病気の進行に伴って脳内でドパミンを蓄える力が低下していくことためと言われる。
抗パーキンソン病薬にはウェアリング・オフ(wearing-off)現象と言うものがあり、初期の頃は1回薬を飲むと次の服用までしっかり効果が持続するが、数年経つと薬の効き目が2〜3時間など短くなり、次の服用の前に手足が震えたり、体が動かなくなったりする「オフ」の時間が出現する。
これらはドパミン神経系の特殊性ではないかと思う。この現象は、アリピプラゾールやブレクスプラゾールの少量投与の際にも類似した現象がみられるからである。
抗てんかん薬については一部ベンゾジアゼピン系の薬があり、これらは上記に挙げたように効果が減弱すると思うが、現在の新規抗てんかん薬を含めほとんどの抗てんかん薬は効果が減弱しないと思う。もし抗てんかん薬が、アルコールのようであれば、てんかんの患者さんの長期の治療などできない。
これらのことから、向精神薬を長期に服用していて効果が減弱するものも一部にあるが、ほとんどの薬は安定的に効果が維持されることがわかると思う。
水曜日か木曜日に初診すること
精神科、心療内科で個人が経営するクリニックは週の中央の水曜日か木曜日に休診日を入れていることが多い。開院しているが、非常勤の医師の担当日と言うこともある。これは、毎日朝から夕方まで仕事をしていると体がもたないなど健康上の対応である。
個人クリニックでは昼休みを長くとり、その代わり夜8時とか9時頃まで診療していることもある。個人クリニックの医師は、日々の診療に費やすエネルギーは有床の病院に比べ遥かに大きい。これは単科精神科病院との大きな相違だと思う。以下は2003年頃のクリニックの代診、あのように恐ろしいことになるとは、の体験記である。
このようなことから、あるクリニックを初診する際、水曜日または木曜日に初診しようとすると、休診日か、初診できたとしても非常勤医師が主治医になる可能性が高い。
精神科、心療内科では非常勤の精神科医が良い医師だったとしても、治療の安定的な継続性と言う点であまり好ましくない。
大学病院は准教授クラスならともかく、まだ入局年数が少ない主治医は異動になることも良くあるので、数年で主治医交代になる。これは上に挙げた同じ理由であまり好ましくない。
一方、民間の精神科、心療内科の病院では、主治医交代は原則できないこともあるため、何曜日に初診したかの影響が長期的にも大きくなる。つまり、民間病院であるほど受診日が何曜日だったかは大きいと思う。
先日、ある知り合いの皮膚科に初診しようと思った際、電話でその日に初診できるか聴いてみた。ホームページでは、午前中の診察時間は12時30分までだった。受付の人の話では、12時30分の1分前でも受付できれば診察可能らしい。これは凄いと思った。
これに対し精神科は悲惨の一言である。
そもそもいざ初診しようと思っても、その日に受診はできず後日にやっと予約が取れるくらいである。これは地方により差があるかもしれないが、思い立った当日に初診できたら幸運だと思う。
と言うことは、精神科では初診時に曜日など選べないと思うので、医師についても選べないといったところである。
それでも精神科、心療内科の初診の曜日の意味を知っておいた方が良い。






