
カプリ島、青の洞窟内で聴く船頭さんの歌声、口笛
青の洞窟はおそらく世界中にあると思うが、イタリア・カプリ島の青の洞窟は本家の青の洞窟である。天候が悪く海が荒れると行けないことも多いらしい。この日は好天に恵まれたので良かった。
カプリ島の玄関口、マリーナ・グランデ(Marina Grande)港から小さな船で青の洞窟に向かう。
映像を見るとわかるが、太陽の光が海水を透して幻想的な青い光を放っている。ここではサービス?で先頭さんの歌声と口笛が聴ける。おそらくサンタルチア。
カプリ島の港を出て青の洞窟に向かっているところ。
険しい崖になっている。
洞窟内は青く幻想的。
太陽光が見えるのは青の洞窟の出入り口だが、船の底にへらべったくならないと、波の上下で頭を潰されるリスクがある。船底には海水が上がっているし、服が汚れるなどと言っておれない。
イタリアのどこの観光地もオーバーツーリズムで人が多過ぎる。カプリ島も非常に観光客が多かった。
カプリ島にはナポリの港からフェリーや高速船で向かう。旅行会社のツアーではなく、自分で行こうとすると、イタリアの観光地はいずれも犯罪都市なので、ロストバゲージやスリに逢う危険性が増し難易度が高い。ホテルの前でポーターがスーツケースを運ぶ際に泥棒に盗まれるリスクすらある。
カプリ島は行く際に個人でフェリーを利用するので一層リスクが高いと思う。しかし、カプリ島に着いてしまえば、そこまで犯罪にあうリスクはなさそうに思った。
カプリ島の近くに、アマルフィという風光明媚な観光地があるが、交通の便が悪く、難易度はカプリ島より高いと思う。アマルフィもやはりナポリからフェリーや鉄道で行くが距離がある。
精神科病院での身体拘束と裁判(補足)
隔離して更に身体拘束すると言う事例について、この機会なのでもう少し記載。
基本、身体拘束は患者さん本人の身体、生命に危険性がある時に許されている。つまり身体拘束をしないと周囲(特に医師、看護師)に危害が及ぶ時は、隔離だけで十分で、身体拘束する必要などないと言う考え方である。裁判になると、そう言う判断をされることがほとんどである。
実際のところ、隔離だけでは本人が死亡するとか大けがをするような精神症状は滅多にない。前回の記事で記載した何度も壁に頭をぶつけて脳挫傷を起こしかねないとか、重いジル・ド・ラ・トゥレット症候群などで自ら眼を突いて失明するような際は、身体拘束もやむを得ない。他に良い方法があるかもしれないが、容易に思いつかないからである。
本人が周囲に危害を及ぼしかねない重篤な病状で隔離だけ実施し、身体拘束しない場合、例えば看護者が食事を持って行ったり、隔離室の中を掃除したりする際に、体当たりされて肋骨や腕を骨折したり、あるいは急に殴られて眼窩底骨折などが起こりうる。(実際にこのようなことは起こっている)。
精神科病院にとって、そもそもそのレベルの患者さんを身体拘束することは職員が大怪我をするリスクがあるため、行いたくないことである。また隔離や身体拘束を行うと、何度も本人の様子を確認し、カルテへ記載しなくてはならない義務があるなど多くの業務が増える。
それでも身体拘束をするしかないと思われる時は、一度にまとまった人数の職員(特に男性職員)を隔離室に集め、集団で身体拘束するしかない。これはその日の出勤している職員の状況など条件が揃わないとできないことでもある。
そのようなことがあるため、僕の記憶の限り、隔離して更に身体拘束したことはない。もしかしたら昔にあったかもしれないが憶えていない。それは病院で身体拘束するだけのマンパワーが揃わないこともあるが、実際にその方法しかない状況が自分の病院ではまず起こらないこともある。措置入院を断るなど、このような重い人は最初から診ない方針なのである。これは僕が決めたことではなく、前の院長が大昔に決めた。そのため民間の精神科病院なのに男性職員が相対的に少ない。
このように、種々の制約及びリスクがあり、隔離+身体拘束は稀にしか行われない医療である。
隔離の際に、本人は死亡や大怪我のリスクがないが、周囲の看護者に死亡ないし大怪我のリスクがある場合、身体拘束しない場合、職場の労働環境が劇的に悪化する。
つまり、患者さん中心で人権を守れば守るほど、職場の安全性が脅かされるシーソーのような状況にある。
上の記事では、日本では労働力不足から、地方の病院で職員が足りなくなってきていると言う記載をしている。「あの精神科病院では職員が怪我をしやすい、病院は何も対処してくれない」などの話が地域の各病院の看護職員に共有されると、ますます働き手が不足すると言う事態になる。実は今風の働き方改革も無関係ではないのである。
前回の記事で、
ひとつ言えるのは、昨日まで非常に精神症状が悪く、その日の状態が一見良さそうな時、すぐに身体拘束を終了して良いのか?と言う専門性のある診たてである。それは精神保健指定医の判断だと思う。
と言う記載をしているが、身体拘束に多くの男性職員を要するような病状の患者さんの時、その瞬間良くなっているからと言って、速やかに身体拘束をやめた場合、数時間後、再び病状が悪化した際に身体拘束が出来ないリスクがある。それは職場に男性職員数などの条件が揃わないことがあるからである。
これはまだ僕が医師になった当時の話だが、看護職員を2人くらい撲殺したと言う、ちょっと信じられないレベルの患者さんが民間病院の保護室に隔離されていたらしい。食事も保護室の下にあるトレイ入れから入れて、誰も保護室に入ることなどできなかった。もちろん入浴などもさせられないし、室内の掃除もできない。薬を飲んでいたかどうかは不明である。もしかしたら食事に混ぜていたかもしれない。
この患者さんについてだが、とりわけ重かったからこのような話が出たわけではない。なぜ、このような超絶に重い患者さんを国公立の病院ではなく、民間病院が診なければならないのか?と言うことで話題になっていたのである。
この患者さんのその後の話だが、ある朝、室内で倒れていた。全く動く気配がないので、職員を多く集め恐る恐る室内に入ったところ、死亡していたと言う。
いずれにせよ、法律家は医療現場を知らなさ過ぎる。
精神科病院での身体拘束と裁判
幻覚妄想が原因となっている興奮、暴力は言葉では鎮静できない
これは精神医療では特に言われていないが、医療従事者はそのように理解している。いわゆる「Out of Control」の言葉の意味通りである。
「Out of Control」の日本語の意味は、「制御不能な」「手に負えない」「収拾がつかない」と言ったところである。以下は、2009年の古い記事。
一部抜粋。
彼は今までになかったようなことをやり始めようとしていたので、少し上がっているのではないかと思った。僕がそれを指摘すると、
out of controlですよ。
とニヤリ。僕は、
それが自分で言えたらたいしたものだよ。
と言った。本当にそう思ったし。
この人の診断は躁うつ病だが、幻覚妄想を伴い非定型精神病的だと思う。こういう人は統合失調感情障害とは僕は言わない。医師によれば非定型精神病と診断する人もきっといると思う。
彼には数々の武勇伝がある。
ところが、最後の長い約1年ほど入院の後、以前には予測していなかったほど落ち着いてきた。1型躁状態がなくなり、また被害妄想が消失したからである。2型躁状態もほとんどみられなくなっていた。軽度のうつ状態があることはあるが、苦痛がなく治療を要さないほどなのである。
彼には躁状態であれ、うつ状態であれ、洞察が全然できなかったので、病識が欠如していると言えた。ところが、この日は「out of controlですよ」と言い、照れ笑いしていたので、以前と随分違うと思った。
以上。
精神科病院の中で、その瞬間の興奮、暴力が言葉で鎮静できないのなら、薬(特に注射剤)で鎮静するか、隔離などを行うしかない。
薬と隔離による結果の共通点としては、興奮や暴力が本人、医療スタッフ、他の入院患者さんに影響が及ばないこと。ただし、筋注または静注する際や隔離する過程で医療スタッフが怪我をすることはある。
隔離のみ行うと精神症状によれば患者本人が大怪我をするリスクがある。例えば自ら頭を壁にぶつけ続けて脳挫傷を起こすなどである。
これはいかにもなさそうな事例だが、大学病院で研修医をしていた当時、実際にそういう青年がいた。ただし、実際に脳挫傷を起こした以後、その青年は激しい興奮が激減したと言う。昔に行われていたロボトミーに似た転帰になったのである。
この場合、もし脳挫傷が生じた件について家族が裁判を起こしたら、大学病院側が負ける事例である。この自傷行為の結果が以前より精神症状が良くなったから問題にならなかったが、もし植物状態とか死亡だったとしたら裁判になってもおかしくない。(実際には裁判にはなってない)
隔離されてなお興奮が続く事例は少なくはないが、患者さん自身が自ら骨折するほど興奮するレベルの人は稀である。
身体拘束するかどうかには三原則があり、「切迫性」「非代替性」「一時的」である。つまり、それしか患者さんを守る手段がない状況で、一時的に行うと言ったところだと思う。
状況的に隔離しないで身体拘束するケースは高齢者の認知症患者くらいで、若い世代の激しい興奮状態を呈した患者さんを身体拘束する場合、既に隔離されていることが多い。もちろん、他の患者さんに見せられないと言うのもある。
隔離して更に身体拘束まで実施することは法律的には明確ではなくグレーゾーンである。東京都では禁止されているらしい。
身体拘束しないで上記のような事故が起こった場合、ほぼ病院側が負けている。
身体拘束が問題になるのは、時に体を動かさない(せない)結果、時に肺塞栓症が起こるからである。これは航空機でのエコノミー症候群と似た病態である。
機内で起こるエコノミー症候群では時々足を動かしたり、伸ばすなどの軽い運動を行い、しっかり水分を摂るように言われることが多いが、身体拘束されている場合、前半があまりできない。激しい興奮状態では病態そのものが脱水を起こしやすい上に、水分補給させることも難しいことも多い。(激しい興奮状態で点滴をする場合、そのために身体拘束が必要になる)
激しい興奮状態で事故を避ける目的の身体拘束も、別の事故が起こるリスクを孕んでいる。
日本は海外に比べ身体拘束が多いと言われており、とりわけ身体拘束の長い病院がある。このような身体拘束の事故では、外からだと、どのレベルの精神症状で身体拘束を行ったのか良くわからず、コメントしようがないことが多い。
身体拘束中に事故が起これば、精神科病院側の責任についてかなり厳しいことはわかっているので、よほどのことがあり、やむなく身体拘束したのでしょう、と言ったところである。
身体拘束中の事故は裁判ではほとんどの病院が負けている。
ひとつ言えるのは、昨日まで非常に精神症状が悪く、その日の状態が一見良さそうな時、すぐに身体拘束を終了して良いのか?と言う専門性のある診たてである。それは精神保健指定医の判断だと思う。外見で静かそうに見えても「内的不穏」が見えることがあるからである。
法律家が、「その日の状態が一見良さそうな」状況を見て、その日の身体拘束を違法とするのなら、それは精神保健指定医と言う専門家を侮辱している。
近い将来、そのようなリスクしかない患者さんは受け入れられない(つまり入院を断る)ということも起こりかねない裁判結果が続いている。
精神科病院の患者さんの入院治療での人権の制限は、医療側からどこまで行うかと言う線引きが難しい。
ネコはなぜ高いところに登るのか?
家ネコは高いところが好きと言う話だが、ノラネコも木に登ったり、このように高いところに登っているのをよく見る。
このネコも高いところに登りポーズを取っていた。ノラネコが高い場所に登るのは、狩りの時広く見渡す必要があるのと、危険を避けるためだと思う。多分本能的なものだろう。
このネコも妙に落ち着いていた。
この地域は多くのノラネコが住んでいるが、犬の散歩コースでもある。ノラネコは犬は嫌い。
散歩中の犬が来ると避けることがほとんどである。自分のテリトリーに入って来るのが嫌な部分もあると思うが、単に強弱もあると思う。自分のテリトリーに犬が入ってきているのに避けているから。
この地域のネコたちは円満な関係なのか、喧嘩をしているのを見たことがない。しかし犬は自ら避けているのである。
参考
以下はネコの喧嘩の記事だが、今回の記事の場所とは異なる。ここは犬の散歩が禁じられていて、ネコしかいない。今の散歩コースは、意外に犬の散歩ができるコースなのでネコの喧嘩を見ないのかもしれない。














