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惑星ソラリス、NHK BS 2026年9月10日(木)午後1:00〜放送

 

 

 

過去ログに「惑星ソラリス」と言う記事がある。この記事を挙げた意図は最後の以下の部分である。自我障害について言及している。

普通、人間は自分の考えていることが他人に知られないからこそ、心の平穏が保たれる。

それが簡単に外部に漏れることは大きな恐怖なのである。統合失調症の人たちの自我障害症状はこのような精神所見も含まれている。

これらの映画は、少し形を変えて、統合失調症の人たちの膨大な恐怖感のほんの一部を表現していると思う。

 

以上。

 

惑星ソラリスは、アマゾンプライムビデオでも観られない作品である。今回、明日 2026年9月10日(木)午後1:00からNHKBSで放送されるらしい。興味のある人は録画し、暇な時に観ると良いと思う。

 

紹介したのに変なことを言うが、この映画はカンヌ映画祭審査員特別グランプリ受賞しているものの、それほど面白い映画ではない。おそらく随分退屈な映画だと思う人の方が多いだろう。

 

 

向精神薬は服薬し続けることで効果が減弱するのか?

結論から先に言えば、向精神薬のタイプにより長期服薬により減弱するものとそうでないものがある。

 

精神科、心療内科で処方されることはないが、例えばアルコールはヒトを酩酊させ、脳に作用する薬と言える。アルコールは長期連用で強くなるように、精神への作用は次第に減弱するように見える。アルコールをひとつの向精神薬とみなせば、次第に効果が減弱する薬と言える。

 

また、脳内でアルコールが作用する部分に近いベンゾジアゼピン系の抗不安薬、眠剤は次第に効果が薄れ、必要な用量が増えていく傾向がある。ベンゾジアゼピンは長期服用で効果が減弱するタイプの薬である。

 

抗精神病薬は、まず定型抗精神病薬について。ここで言う定型抗精神病薬とは、ハロペリドール、チミペロン、コントミン、レボトミンなどの歴史が古い抗精神病薬である。

 

定型抗精神病薬は長期服用することで当初見られた副作用が次第に薄れる傾向はある。例えば眠さなどは、服薬し続けるうちに次第に軽くなる。しかし臨床的に長期連用したからと言って、次第に効果が薄らぐようには見えない。治療後、当初は少ない用量で治療できていたのに、時間が経ちその数倍必要になる人は病状そのものの進行によることが多い。

 

特にハロペリドール、チミペロンについては筋注薬は時間が経っても、1アンプルないし2アンプルの安定した効果を発揮する。

 

コントミンやレボトミンなどのフェノチアジン系の定型抗精神病薬は、ブチロフェノン系に比べ作用するレセプターに広がりがある。例えばフェノチアジン系の抗ヒスタミン作用は、ここだけ見れば、長期服用でやや効果が薄れていくように思われる。それは時間が経つと鎮静的な効果が薄れて服用しやすくなるからである。

 

コントミン、レボトミンはさまざまなレセプターへの作用のトータルが抗精神病作用なので、一部のレセプターへの効果が減弱したとしても総合的にはそれほど減弱するようには見えない。減弱したとしてもたいした減弱とはみなせないのである。

 

しかし特殊例は注意すべきだと思う。昔、レボトミン2000㎎などの驚異的と言える?処方を目撃することがあった。レボトミン2000㎎でも普通に歩ける理由は、その人の抗精神病薬に対するある種の生体防御反応が起こっているからであろう。レセプターの数やその立体構造が変容しているからこそ、その用量に耐えられる。これは、次第に効果が薄れるとは言えないと思う。

 

非定型抗精神病薬は、レセプターへの作用に広がりがあるオランザピン、クエチアピン、クロザピンと、レセプターに比較的ピンポイントに効果を及ぼすアリピプラゾール、ブレクスプラゾールのようなタイプに分けて考えた方が良さそうである。

 

オランザピンのようなレセプターに広く作用を及ぼすタイプは、一部に作用が減弱するものがあってもトータルではそこまで減弱しているようには見えない。副作用に慣れる傾向があるのは、定型抗精神病薬のコントミンと同様である。なぜ一部の作用が弱まるのに、トータルでは抗精神病作用が維持されるのかはよくわからない。

 

アリピプラゾールはピンポイントタイプでもアンタゴニストとアゴニストの双方の作用を持つ。このうちアンタゴニストは遮断的な作用で、一般的な定型抗精神病薬の作用に似ている。この作用は安定的で時間が経っても減弱するように見えない。

 

一方、アゴニスト作用は特に少量でその作用が顕在化するが、これは時間が経ち作用がやや減弱するように見える。非定型抗精神病薬の少量でアゴニストタイプの効果を発揮させる場合、賦活や抗うつ作用を期待することが多いが、この作用は腰折れしやすいのである。また、この作用は増量するとアンタゴニストに変化するため、増量で対応することもできない。

 

このようなことから、アリピプラゾールやブレクスプラゾールの賦活を目的とした少量コントロールはやや難しい。一旦、効果が減弱した場合、一時、中止し時間をおいて再び処方すると期待する効果が再現する傾向はある。

 

抗うつ剤のうち旧来のタイプ(トリプタノール、トフラニール、アナフラニールなど)は、長期間服用したために効果が減弱する傾向はない。次第に増える人は、むしろ副作用に慣れたためにその用量を服用できる部分が大きい。かつて古いタイプの抗うつ剤は少量で長期間続けるよりしっかりした用量を継続して服用することが推奨されていた。この傾向は旧来の4環系抗うつ剤やミルタザピンも同様である。

 

SSRI、SNRIは設定された処方用量の幅が狭く、すぐに上限の処方用量に達する。これらも長期に服用したことで効果が減弱するタイプではない。上限の用量を服薬し続けて病状が悪化したケースは、何らかの他の要因(ストレスなど)の影響の方が大きいと思う。

 

実際、上限用量のSSRIやSNRIを長期間続けていて、その薬に慣れて効かなくなり、他の薬に変更せざるを得なくなることがほぼない。もし抗うつ剤に慣れることで使えなくなるなら、多くのうつ病の患者さんはやがて服薬する抗うつ剤がなくなってしまうと思う。

 

抗うつ剤でも本邦未発売のブプロピオンは特殊だと思う。ブプロピオンは長期服薬で腰折れしやすい。これはドパミン神経系に他の神経系とは異なる特殊性があることが推測できる。

 

一般にパーキンソン病の薬を長期間飲み続けていると、徐々に効果の持続時間が短くなったり、効き方にムラが出たりするようになる。この傾向だが、薬に対する耐性が形成されたと言うより、病気の進行に伴って脳内でドパミンを蓄える力が低下していくことためと言われる。

 

抗パーキンソン病薬にはウェアリング・オフ(wearing-off)現象と言うものがあり、初期の頃は1回薬を飲むと次の服用までしっかり効果が持続するが、数年経つと薬の効き目が2〜3時間など短くなり、次の服用の前に手足が震えたり、体が動かなくなったりする「オフ」の時間が出現する。

 

これらはドパミン神経系の特殊性ではないかと思う。この現象は、アリピプラゾールやブレクスプラゾールの少量投与の際にも類似した現象がみられるからである。

 

抗てんかん薬については一部ベンゾジアゼピン系の薬があり、これらは上記に挙げたように効果が減弱すると思うが、現在の新規抗てんかん薬を含めほとんどの抗てんかん薬は効果が減弱しないと思う。もし抗てんかん薬が、アルコールのようであれば、てんかんの患者さんの長期の治療などできない。

 

これらのことから、向精神薬を長期に服用していて効果が減弱するものも一部にあるが、ほとんどの薬は安定的に効果が維持されることがわかると思う。

 

水曜日か木曜日に初診すること

精神科、心療内科で個人が経営するクリニックは週の中央の水曜日か木曜日に休診日を入れていることが多い。開院しているが、非常勤の医師の担当日と言うこともある。これは、毎日朝から夕方まで仕事をしていると体がもたないなど健康上の対応である。

 

個人クリニックでは昼休みを長くとり、その代わり夜8時とか9時頃まで診療していることもある。個人クリニックの医師は、日々の診療に費やすエネルギーは有床の病院に比べ遥かに大きい。これは単科精神科病院との大きな相違だと思う。以下は2003年頃のクリニックの代診、あのように恐ろしいことになるとは、の体験記である。

 

 

このようなことから、あるクリニックを初診する際、水曜日または木曜日に初診しようとすると、休診日か、初診できたとしても非常勤医師が主治医になる可能性が高い。

 

精神科、心療内科では非常勤の精神科医が良い医師だったとしても、治療の安定的な継続性と言う点であまり好ましくない。

 

大学病院は准教授クラスならともかく、まだ入局年数が少ない主治医は異動になることも良くあるので、数年で主治医交代になる。これは上に挙げた同じ理由であまり好ましくない。

 

一方、民間の精神科、心療内科の病院では、主治医交代は原則できないこともあるため、何曜日に初診したかの影響が長期的にも大きくなる。つまり、民間病院であるほど受診日が何曜日だったかは大きいと思う。

 

先日、ある知り合いの皮膚科に初診しようと思った際、電話でその日に初診できるか聴いてみた。ホームページでは、午前中の診察時間は12時30分までだった。受付の人の話では、12時30分の1分前でも受付できれば診察可能らしい。これは凄いと思った。

 

これに対し精神科は悲惨の一言である。

 

そもそもいざ初診しようと思っても、その日に受診はできず後日にやっと予約が取れるくらいである。これは地方により差があるかもしれないが、思い立った当日に初診できたら幸運だと思う。

 

と言うことは、精神科では初診時に曜日など選べないと思うので、医師についても選べないといったところである。

 

それでも精神科、心療内科の初診の曜日の意味を知っておいた方が良い。

複数回、悪性症候群になる人

一度、悪性症候群を起こした人は再び悪性症候群になりやすいと言われている。悪性症候群はカタトニアのひとつの重篤なタイプなので、その視点では一度でもなった人は複数回なりやすいと言える。

 

この複数回、悪性症候群になりやすいと言う傾向だが、この概念が明らかになった当初は特別な副作用と思われていたのもあり、複数回悪性症候群を起こした事例は症例報告ものであった。

 

現在は悪性症候群を複数回起こす人は、個体側の脆弱性があるとされていて、悪条件が重なることで惹起しやすくなると言う考え方である。

 

この悪条件とは、薬側の要因、大用量の高力価抗精神病薬の服用やその急激な中断が挙げられる。薬以外では、ちょうど今のような高温環境、脱水、激しい運動、睡眠不足、低栄養状態などが悪条件となる。

 

例えば高用量を服薬していても悪性症候群にならない人はかなりいるように思われるので、個体側の脆弱性の要因は大きい。脆弱性のある人は低用量の抗精神病薬でも悪性症候群を惹起しうる。

 

精神疾患の要因として、例えば統合失調症や躁うつ病ではない人に対して大用量の抗精神病薬の投薬は注意を要する。とりわけ知的発達障害の人の精神病状態などである。同じ理由で発達障害の人もリスクが高い。

 

悪性症候群を起こしたら、マニュアル的には抗精神病薬を含め、向精神薬は中止するとされているが、僕はベンゾジアゼピン系の抗不安薬や眠剤は必要であれば処方する。なぜなら、その方が改善しやすいと思うからである。少なくともベンゾジアゼピンは悪性症候群の病態にそこまでマイナスに見えない。

 

この考え方だが、悪性症候群と言う病態がカタトニアの悪性タイプの1型とみなしていることがある。カタトニアはワイパックス(ロラゼパム)が推奨されている。

 

悪性症候群を生じたら、それまで服薬していた抗精神病薬を中止するが、これは即中止するのが基本である。悪性症候群は抗精神病薬の急激な中止により惹起しやすいと言われているが、既に悪性症候群が発生していれば急激な中止もやむを得ないということだろう。

 

悪性症候群に何が治療的かと言われれば、点滴が最も良い。軽い悪性症候群は点滴だけで治癒するケースもかなり多い印象である。点滴による補液は、悪性症候群に限らず、カタトニアのさまざまな症状を整え健康状態に向かわせる。使うとすれば治療薬はブロモクリプチンとダントリウムである。

 

なお、ダントリウムは添付文書に悪性症候群の治療薬として挙げられているが、ブロモクリプチンは、添付文書的には悪性症候群への適応がない。ブロモクリプチンはいくつか適応があるが、おそらくパーキンソン症候群の適応の作用が利用されている。ダントリウムは抹消に作用し、ダントリウムは中枢に作用する。

 

悪性症候群が改善すると、しばらく抗精神病薬投薬を中止か控えめに投薬するため、改善直後に再び悪性症候群になることはほとんどない。もし速やかに同じような病態になる人がいたとしたら、もはや悪性症候群とは言えず、むしろ悪性タイプのカタトニアを生じていると考えた方が合理的だと思う。

 

そもそも悪性症候群の直後は精神症状が改善することが多い。従って精神症状の清算のような時期で、薬もバランス的にあまり必要がないことの方が多い。

 

しかし統合失調症では、その霧がすっかり晴れたような病状は永遠には続かない。もし悪性症候群の後、ほぼ正常な精神状態となり、数年間、服薬も必要がない人がいたとすれば、実際そのような人も実在しそうだが、狭義の統合失調症ではなく、統合失調感情障害の方が親和性があると思う。

 

悪性症候群は熱中症と似た病態に見えるが、熱中症は血液検査でCPKが上がっていないか、上がっていても悪性症候群ほどの高値ではないと思う。熱中症は筋強剛があまりなさそうである。

 

治療者が、このような考え方をしていると、リスクのある人はそのようなスタンスで治療するので、自然と悪性症候群が避けられるのはある。

 

何も考えずに治療するのと、潜在的リスクを視野に入れて治療するのでは大きな違いがあると言ったところだと思う。

 

参考

 

 

 

特定の恐怖とネコとイヌの話

地域猫ポスター「にゃんぱく宣言」の猫

 

上はACジャパンのポスター。飼い主にネコの飼い方について注意している。

 

地域ネコになってしまったネコたちの一部は飼い主の無責任に由来する。上のポスターの最後は、多頭飼いについて注意している。

 

地域ネコ3匹、耳カットされたオスも

 

これは最近撮影した3匹のネコ。全員、お耳がカットされている。

 

地域ネコ3匹、耳カットされたオスも

 

一番前でポーズをとっているネコは、向かって左耳がカットされているのでオスネコである。

 

地域ネコ、耳カットのオス猫

 

イエネコは約13万年前、中東・北アフリカに生息していたリビアヤマネコを起源としている。暑い地域が発祥地だが、地域ネコを見ていると、寒い時期より暑い時期の方がリスクが高いように見える。実際、老齢の地域ネコは弱ってくると、うっかり暑い場所で寝ていることがある。

 

ネコは寒がりではあるが、近年のような異常な暑さになるとかなり厳しい。ネコは肉球と鼻の先でしか汗をかけないらしい。毛が生えている身体部分では汗はかけないのである。つまり身体全体に比べ汗をかける面積がかなり少ないため体温調整が難しい。

 

上に挙げた3匹のネコは涼しい場所を選んでいる。

 

地域ネコ3匹、耳カットされたオス猫も

 

地域ネコ、3匹の猫、耳カット

 

長毛種のネコも夏には夏毛に生え変わり、見た目少しすっきりしている。(上の写真ではないが)

 

茶トラ猫が地面のカリカリを食べている

 

これは小顔の人がカリカリを貰って食べているところ。

 

 

最近考えていたこと。イヌを非常に怖がる人はいるが、ネコを恐れる人はほとんどいない。上の記事では、

 

特定の恐怖症における恐怖の対象となる物及び状況には、出現頻度の高い順に、
動物、嵐、高所、病気、怪我、死。

 

と記載している。動物と言っても、怖がられるのは、ヘビ、トカゲなどのグロテスクな爬虫類と、昆虫ではないムカデ、蜘蛛などの生物、ゴキブリなどの虫(あるいは幼虫)が多い印象である。イヌについては、太古の昔にヒトの祖先がオオカミに捕食されていたと思うので怖がられるのは合理性がある。(嫌いと怖いは異なる)

 

ネコもおそらくヒトの祖先を捕食していたと思うが、ネコがヒトのコミュニティに入り込んで以降、遺伝子が書き換えられてしまったように想像する。

 

ヒトとネコが共生し始めたのは、約1万年前と言われている。9500年前(紀元前7500年)の新石器時代のキプロスでヒトとネコが一緒に埋葬された例が発見されている。当時、キプロスには野生のネコがいなかったので、ヒトがネコを船で連れてきたと考えられている。つまり当時、既にヒトとネコにはかなり密接な関係があった。

 

ヒトが農耕を始めた時代、穀物の貯蔵の際にネズミが集まるようになり、ネコを飼うことにより、ネズミを捕ってくれると言うメリットがあった。お互いウィンウィンの関係が成立していたのである。当初は、ネコがヒトの集落に(ネズミ目的で)自発的に入り込んだと思われる。

 

ヒトとネコの共生はおそらく自然発生的だったのであろう。ネコはヒトと共生するうちに、ビジュアルをより可愛く進化させた。

 

一方、ヒトとイヌの関係はずっと古く、40万年前の遺跡には既にオオカミの骨が発見されている。ヒトは狩猟などの際にイヌが手助けになるため、次第にオオカミを飼い慣らしイヌに進化させている。その点では自然発生的ではない。

 

何万年も一緒に暮らしていればヒトがイヌに対して恐怖感を抱かなくなりそうだが、現代でもネコとちょっと違う点がある。

 

例えばヒトがシベリアなどで遭難した際、野犬に襲われて死亡する危険性がある。しかしネコにはそれがない。ここがネコとイヌの大きな相違だと思う。今でもなおヒトは、イヌないしオオカミに捕食されるリスクがある。

 

イヌは、ネコに比べ遺伝子の書き換えが弱いと言ったところだと思う。