オカルトとデジタル
IT社会になった現代社会でも、科学的には説明できない「オカルトの考え方」はデジタルと五分五分に考慮されることがある。
最初に言っておくが、自分は理系の思考で生きているが、オカルト的思考を排除していない。
精神科でも極めてオカルト的な場面に遭遇することがある。過去ログにあるが、保護室に入ってるのに、その患者さんの重要人物が入院したことがわかるなどである。また、親子で同時に別な場所で同じ幻覚を体験したという話も紹介している。
精神科以外でも、例えば産婦人科などで「つわり体験」を夫がするという話を聴く。これは科学的に明快に説明できないのではないかと思う。
もう少し日常的なあるいは遊びの世界で考えてみよう。オカルトとデジタルの長い論争があるものに麻雀がある。これは言い換えると、麻雀の牌あるいは勝敗に流れがあるのか?と言ったものである。
自分の考え方だが、間違いなく麻雀には流れがあり、デジタル的考え方にとらわれる人たちには圧倒的に経験値、あるいはそれ以外の無形なものが不足している。
ただし、麻雀の流れが明瞭な時とそうでないときがあるので、一見、デジタル的に説明できなくもない点は注意したい。
一般に麻雀というゲームは、科学的に説明できない場面にしばしば遭遇する。
普通に考えると麻雀牌は自動的にアトランダムに積まれており、一連の局および半荘には流れなど起こりえない。これは科学的な見解である。一方、オカルト的考え方には科学的根拠がない。
麻雀をしていると、このリーチは間違いなく一発ツモになるなど明確にわかる場面があり、その時はチー・ポンも入らない。あるとき、これは100%一発ツモになると思ったことがあった。上家がチーを入れるか長考していたが、このような時はなぜかチーをしないのである。そのまま四暗刻の一発ツモになった。
また、ある1局の直後の局で誰がどのような手組をし、どのような牌姿から、誰に放銃するか、またどの程度の点数かまでわかることがある。
これがオカルトでなくてなんであろう!
つまり、麻雀には毎回、機械的に積まれている麻雀牌のはずなのに、一連の局には因果関係が存在するように見えるのである。これが麻雀の流れである。
一般に、年配の麻雀プロの強者はほとんどがオカルト的考え方(流れはある)をしており、若い年代では比較的強者でもデジタルの人がいる。
麻雀界では、このデジタル対オカルトの論争が未だに続いているが、なかなか結論など出ないのではないかと思われる。デジタル的考え方の人々は、流れ的考え方をする人たちを「ガレナー」と揶揄している。
日本プロ麻雀連盟の最強クラスの1人、元鳳凰位、瀬戸熊直樹プロは若い頃はデジタル的考え方だったという。彼の解説中に出てきたが、彼の奥さんは麻雀がうまいらしく、その影響を受けていわゆる流れ的考え方に変わったようである。彼はその流れ的な麻雀理論?を「態勢論」と言っている。あるいは漢字は「体勢論」かもしれない。
以下の滝沢プロの四暗刻の瀬戸熊プロの解説にはその理論が良くあらわれている。
かなり強いプロでも本当に手組や読みが上手い人とそれほどではない人がいるが、説明のつかない強さを発揮するプロもいる。たとえば前原雄大プロなどはその典型だと思う。彼の強さこそ、まさにオカルトそのものである。荒正義プロは、前原プロのことを「持っているものが違うよね」などと表現している。
もし前原雄大プロと一緒に麻雀をしたら、そのワケの分からない強さに最初は腹が立ち、次第に呆れ果てるのではないかと思う。彼はヒキが強いが、本来、ヒキの強弱はデジタルでは説明がつかない。
反論があると思うのでもう少し説明すると、プロは他の対局者の捨て牌から牌姿を予測し牌山にある牌の分布を読んで搭子を選んでいるので、ヒキはデジタルでも説明できるというものである(例えば両面を選択せず牌山に残っている辺張受けを残すなど)。
これはプロレベルではもちろんそうだが、元々、牌山など読めない初心者の頃から、個人のヒキの強弱は顕れている。だから、ヒキの強弱はオカルト的なものを多く含んでいると思う。
細かいことを言うと、麻雀的な流れ上にある手役とそうでない手役がある。最も流れ的なものに沿わない手役は、国士無双だと思われる。これは全くツキがない日でも突然上がれることがある上、これを和了したからと言って、バカつき状態になりにくいことも流れに沿わない点だと思う。
国士無双が例外的なのは、4面子1雀頭の和了型ではなく、おそらく大昔は和了役ではなかったこともあるのかもしれない。(中国の皇帝にしか許されていない手役だったと言う話もある)
また、比較的和了やすい手役で流れ的ではないものに七対子がある。これも元々アメリカのカードゲームから来たという話で歴史的なもの(本来、麻雀手役ではない)も関係していると思う。
女流プロは半分は芸能人的なタレントであり、本当に麻雀が上手い人はそんなに多くない。彼女たちはタレント業なので税金を納める際に、彼女たちが買う洋服代や化粧品、および遠征費用は全て経費として認められてしかるべきである。自分がそういう立場なら税務署でそう主張したい。
日本の女流プロの最強の1人、茅森早香プロ(最高位戦日本プロ麻雀協会)は実力的にずば抜けている。彼女は日本プロ麻雀連盟のプロクイーンのタイトル戦で、2年連続の準優勝に終わったが、8名による準決勝、および決勝戦でも十分にその強さを発揮していた。以下は、前回プロクィーンの準決勝で絶体絶命の状況から、字一色を和了った場面である。(実況:日吉辰哉プロ、解説は現鳳凰位、勝又健志プロ)
この局は白ポンの後、ポンできる字牌は1牌も打ち出されなかったので、全て自分のツモで和了りきった。
なお前回の女流モンド杯では、茅森早香プロはモンド杯推薦で久々に出場し優勝を果たした。決勝の最終局では、茅森早香プロ、魚谷侑未プロ、二階堂瑠美プロのうち誰が和了っても優勝という接戦だったが、早仕掛けから和了り優勝している。大本命を背負って優勝するのは、特に短期決戦のテレビ対局では容易でない。
池袋に、petit bar HONEY ‘ sという茅森早香プロと佐藤かづみプロ(いずれも最高位戦日本プロ麻雀協会)のお店がある。過去ログに「深夜の神田駅」という記事があるが、その日、 その店に行ってみようと思い立ち神田まで行った。時間がないので中央線で新宿で行き乗り換えて池袋まで行こうと思ったが、彼女たちがいるかどうかも確認していなかったし、時間が遅すぎると思いなおし神田駅の深夜の写真だけ撮影して東京駅まで帰ったのであった。
なお、佐藤かづみプロはテレビなどの対局は見たことがないが、彼女のブログのプロフィールに、子供の頃なりたかった職業は?:医者 精神科医というのがあった。
医師でもカウンセラーでもなく、具体的に「精神科医」と書かれてあるのである。
精神科医は、面白そうで、かつ簡単そうに見えるかもしれないが、前者は全くその通りだけど、なかなか大変な仕事だと思う。
本当に好きでないとやってられない、みたいな・・
参考
自分は2度死んだので多分長生きしますよ
第31期鳳凰位決定戦
最初に言っておくが、自分は理系の思考で生きているが、オカルト的思考を排除していない。
精神科でも極めてオカルト的な場面に遭遇することがある。過去ログにあるが、保護室に入ってるのに、その患者さんの重要人物が入院したことがわかるなどである。また、親子で同時に別な場所で同じ幻覚を体験したという話も紹介している。
精神科以外でも、例えば産婦人科などで「つわり体験」を夫がするという話を聴く。これは科学的に明快に説明できないのではないかと思う。
もう少し日常的なあるいは遊びの世界で考えてみよう。オカルトとデジタルの長い論争があるものに麻雀がある。これは言い換えると、麻雀の牌あるいは勝敗に流れがあるのか?と言ったものである。
自分の考え方だが、間違いなく麻雀には流れがあり、デジタル的考え方にとらわれる人たちには圧倒的に経験値、あるいはそれ以外の無形なものが不足している。
ただし、麻雀の流れが明瞭な時とそうでないときがあるので、一見、デジタル的に説明できなくもない点は注意したい。
一般に麻雀というゲームは、科学的に説明できない場面にしばしば遭遇する。
普通に考えると麻雀牌は自動的にアトランダムに積まれており、一連の局および半荘には流れなど起こりえない。これは科学的な見解である。一方、オカルト的考え方には科学的根拠がない。
麻雀をしていると、このリーチは間違いなく一発ツモになるなど明確にわかる場面があり、その時はチー・ポンも入らない。あるとき、これは100%一発ツモになると思ったことがあった。上家がチーを入れるか長考していたが、このような時はなぜかチーをしないのである。そのまま四暗刻の一発ツモになった。
また、ある1局の直後の局で誰がどのような手組をし、どのような牌姿から、誰に放銃するか、またどの程度の点数かまでわかることがある。
これがオカルトでなくてなんであろう!
つまり、麻雀には毎回、機械的に積まれている麻雀牌のはずなのに、一連の局には因果関係が存在するように見えるのである。これが麻雀の流れである。
一般に、年配の麻雀プロの強者はほとんどがオカルト的考え方(流れはある)をしており、若い年代では比較的強者でもデジタルの人がいる。
麻雀界では、このデジタル対オカルトの論争が未だに続いているが、なかなか結論など出ないのではないかと思われる。デジタル的考え方の人々は、流れ的考え方をする人たちを「ガレナー」と揶揄している。
日本プロ麻雀連盟の最強クラスの1人、元鳳凰位、瀬戸熊直樹プロは若い頃はデジタル的考え方だったという。彼の解説中に出てきたが、彼の奥さんは麻雀がうまいらしく、その影響を受けていわゆる流れ的考え方に変わったようである。彼はその流れ的な麻雀理論?を「態勢論」と言っている。あるいは漢字は「体勢論」かもしれない。
以下の滝沢プロの四暗刻の瀬戸熊プロの解説にはその理論が良くあらわれている。
かなり強いプロでも本当に手組や読みが上手い人とそれほどではない人がいるが、説明のつかない強さを発揮するプロもいる。たとえば前原雄大プロなどはその典型だと思う。彼の強さこそ、まさにオカルトそのものである。荒正義プロは、前原プロのことを「持っているものが違うよね」などと表現している。
もし前原雄大プロと一緒に麻雀をしたら、そのワケの分からない強さに最初は腹が立ち、次第に呆れ果てるのではないかと思う。彼はヒキが強いが、本来、ヒキの強弱はデジタルでは説明がつかない。
反論があると思うのでもう少し説明すると、プロは他の対局者の捨て牌から牌姿を予測し牌山にある牌の分布を読んで搭子を選んでいるので、ヒキはデジタルでも説明できるというものである(例えば両面を選択せず牌山に残っている辺張受けを残すなど)。
これはプロレベルではもちろんそうだが、元々、牌山など読めない初心者の頃から、個人のヒキの強弱は顕れている。だから、ヒキの強弱はオカルト的なものを多く含んでいると思う。
細かいことを言うと、麻雀的な流れ上にある手役とそうでない手役がある。最も流れ的なものに沿わない手役は、国士無双だと思われる。これは全くツキがない日でも突然上がれることがある上、これを和了したからと言って、バカつき状態になりにくいことも流れに沿わない点だと思う。
国士無双が例外的なのは、4面子1雀頭の和了型ではなく、おそらく大昔は和了役ではなかったこともあるのかもしれない。(中国の皇帝にしか許されていない手役だったと言う話もある)
また、比較的和了やすい手役で流れ的ではないものに七対子がある。これも元々アメリカのカードゲームから来たという話で歴史的なもの(本来、麻雀手役ではない)も関係していると思う。
女流プロは半分は芸能人的なタレントであり、本当に麻雀が上手い人はそんなに多くない。彼女たちはタレント業なので税金を納める際に、彼女たちが買う洋服代や化粧品、および遠征費用は全て経費として認められてしかるべきである。自分がそういう立場なら税務署でそう主張したい。
日本の女流プロの最強の1人、茅森早香プロ(最高位戦日本プロ麻雀協会)は実力的にずば抜けている。彼女は日本プロ麻雀連盟のプロクイーンのタイトル戦で、2年連続の準優勝に終わったが、8名による準決勝、および決勝戦でも十分にその強さを発揮していた。以下は、前回プロクィーンの準決勝で絶体絶命の状況から、字一色を和了った場面である。(実況:日吉辰哉プロ、解説は現鳳凰位、勝又健志プロ)
この局は白ポンの後、ポンできる字牌は1牌も打ち出されなかったので、全て自分のツモで和了りきった。
なお前回の女流モンド杯では、茅森早香プロはモンド杯推薦で久々に出場し優勝を果たした。決勝の最終局では、茅森早香プロ、魚谷侑未プロ、二階堂瑠美プロのうち誰が和了っても優勝という接戦だったが、早仕掛けから和了り優勝している。大本命を背負って優勝するのは、特に短期決戦のテレビ対局では容易でない。
池袋に、petit bar HONEY ‘ sという茅森早香プロと佐藤かづみプロ(いずれも最高位戦日本プロ麻雀協会)のお店がある。過去ログに「深夜の神田駅」という記事があるが、その日、 その店に行ってみようと思い立ち神田まで行った。時間がないので中央線で新宿で行き乗り換えて池袋まで行こうと思ったが、彼女たちがいるかどうかも確認していなかったし、時間が遅すぎると思いなおし神田駅の深夜の写真だけ撮影して東京駅まで帰ったのであった。
なお、佐藤かづみプロはテレビなどの対局は見たことがないが、彼女のブログのプロフィールに、子供の頃なりたかった職業は?:医者 精神科医というのがあった。
医師でもカウンセラーでもなく、具体的に「精神科医」と書かれてあるのである。
精神科医は、面白そうで、かつ簡単そうに見えるかもしれないが、前者は全くその通りだけど、なかなか大変な仕事だと思う。
本当に好きでないとやってられない、みたいな・・
参考
自分は2度死んだので多分長生きしますよ
第31期鳳凰位決定戦