皆さま、おはようございます!
今朝も無人駅を熱く語らせていただきます。
改めて言うのもなんですけど、駅って本当に面白いんですよ。
駅舎やホームを見ながら
その駅の生い立ちを推理するのが楽しくて楽しくて…
この面白さを知ったら駅にハマること間違いなしです。
先月、四国を旅した際に
徳島線・阿波山川(あわやまかわ)駅に訪れました。
棒線構造の無人駅なのに古い駅舎が残る阿波山川駅、
そこには何か秘密がありそうですね。
まずはこちら、レンタカーを利用してやって来た阿波山川駅です。
ネットで調べたところ、阿波山川駅の開業年は明治33年らしい。
開業当時から使用されてる駅舎なのかを知りたいところでしたが、
竣工年を示す建物財産標は見当たりませんでした。
ホームがこれ1本だけだったのには驚きました。
駅舎の大きさを考えたら、もっと大きな構内があってもいいはず。
ここで、その理由が知りたくなるのがマニア心というやつです。
駅をくまなく眺めることにしました。
阿波山川駅を正面から。
開業時は地域名でもある「湯立(ゆだて)駅」を名乗っていたらしい。
ちなみに阿波山川駅、5年前までは駅員配置駅だったそうです。
山川町の中心にあって乗車人数もそれなりにある駅なのに無人駅とか、
JR四国の経費節減策は本当に徹底してますな。
ホームの向かい側が木材置き場になっていて、
阿波山川駅の駅舎が大きい理由には
これが大きく関わっているのではないかと思いましたら、
実はそれよりも、もっともっと前のことが関係していたようなのです。
阿波山川駅が属する徳島線ですが、その前身は私鉄の徳島鉄道で、
明治32年~33年にかけて
徳島駅-船戸駅(現在は廃駅)の区間が開通しました。
徳島鉄道が開通するちょい前の明治29年には
山川町の高越鉱山が開坑しており、
採掘された鉱石が、ここ阿波山川駅から出荷されるようになったそうで。
こちらは昭和22年に撮影された駅周辺の航空写真ですが、
現在の旅客ホームの他に、当時は荷役ホームや側線もあったようですね。
明治40年の徳島鉄道の国有化後も鉱石輸送の盛況は続きますが…
高越鉱山は出鉱量が減少したことから、昭和46年に閉抗してしまいました。
その後は阿波山川駅も
鉱石輸送の基地から高越山観光の玄関駅へ姿を変えていったようです。
大きな駅舎は鉱物輸送で盛況だった時代の名残りだったんでしょうね。
なお、駅舎の竣工年のことですが、
駅舎からせり出た母屋根で、こんなものを見つけました。
構造物として利用されている古レールですが、
ここに「BV & COLD 1895 N.T.K」の刻印が!
1895年(明治28年)、ボルコウ・ホーン社(英国)製で
駅の開業年よりも古いレールですけど、
徳島鉄道の敷設の際に用いられたものではないかと。
駅舎もそれに併せて建てられたってことでFAじゃないかしら?
阿波山川駅にはアルファベットの「A」だらけの古い駅名標もあるし、
これだから無人駅巡りは止められないのですよね~
訪問駅リスト(JR線)
徳島線(よしの川ブルーライン)
↑(佃駅方面)
阿波山川駅(平成27年9月1日)
↓(佐古駅方面)
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