福井駅から、いよいよ今回の旅の本題であるハピラインふくい・IRいしかわ鉄道乗りつぶしスタートです……と思ったら、最初に乗った列車はまさかの……。
乗りつぶし開始直後から、まさかの行動へ!私の駅めぐり旅らしい展開です。
前回までのお話
北陸三セク旅、前回は新大阪駅から特急サンダーバードで敦賀駅へ向かうところまでをご紹介しました。
北陸新幹線敦賀延伸後、北陸本線から誕生した第三セクター路線を巡る旅も、いよいよ本番です。
敦賀駅
サンダーバードの乗降ホームは従来の地表ホームではなく、北陸新幹線駅舎側に設けられています。
敦賀からは北陸新幹線駅めぐりをしたので、その様子はこちらをご覧ください。
さて、ここから一気に福井駅へジャンプします。
福井駅からスタート
では福井駅から、今回の旅の目的である、旧北陸本線を転換したハピラインふくい・IRいしかわ鉄道乗りつぶしスタートです。
今日は福井市内泊なので、福井周辺のハピラインふくい駅訪問を進めていきます。
ハピラインふくい駅名標
初めて見たハピラインふくいの駅名標。
案内パネルを見て「パステルカラーが多いなあ、特にピンク系だなあ」と思っていたのですが、駅名標もこんなにかわいいデザインでした。
これ、ハピラインふくいが好きになってしまいそうです。
武生方面へ
まずは武生方面へ向かいます。
……あれ、あの列車はもしかして。
ハピラインふくい線から分岐
そうなんですよね。
乗車した列車は、まさかの越美北線の列車でした。途中で北陸本線から分岐します。
乗車した列車
乗車したのはキハ120形。
スタートしたつもりだったのですが、こちらはJR西日本の路線なので新規乗車区間にはなりません。
いきなり予定どおりには進みませんでしたが、もちろん作戦どおり。
越前花堂駅駅名標
下車したのは越前花堂駅。
JR・国鉄時代から、北陸本線と越美北線のホームが離れている駅として知られていました。
どうして最初にJR西日本の列車へ乗ったのかというと、復路でハピラインふくいの列車に乗ればよいですし、一度越前花堂で降りれば駅訪問もできるからです。
越前花堂駅
ということで、越前花堂駅を訪問します。
こちらはJR時代に訪問済みです。
越前花堂駅は昭和35年(1960年)12月15日、越美北線開業時に設置された駅です。当初は越美北線ホームのみでしたが、昭和43年(1968年)のダイヤ改正時に北陸本線ホームが増設され、現在の形になりました。現在はハピラインふくい+JR西日本越美北線の共同使用駅となっています。
構内通路
お話ししたとおり、越美北線とハピラインふくい(旧北陸本線)の構内は離れているため地表移動になります。
以前は草地の細道を歩いて移動していましたが、現在は北陸新幹線高架橋建設に合わせて整備され、高架下通路で移動できるようになりました。
ハピラインふくい駅名標
ハピラインふくい側はもちろんピンク仕様。
北陸本線時代とはずいぶん雰囲気が変わりました。
駅舎
JR時代とほぼ変わらない駅舎。
変わったのは背後に北陸新幹線高架橋ができたことくらいでしょうか。
券売機
左側がハピラインふくい券売機兼ICOCAチャージ機、右側がJR西日本のICOCA対応券売機(現在は撤去されている可能性があります)。
越美北線は交通系ICカード非対応のため、JR西日本のICOCAでありながらJR西日本路線では使えないという、少し不思議な状態になっています。
出札・改札
現在は無人駅。
改札にはハピラインふくい専用の簡易ICリーダーが設置されています。
駅前
福井市街地ですが高層建築は少なく静かな景色。
駅前道路の先には福井鉄道福武線が走っているはずですが、この位置からは見えません。
ズームしてみました
今のスマホのデジタルズーム性能、本当にすごいですねえ。
福井鉄道福武線の踏切が確認できました。
では次の駅へ向かいます。
大土呂駅
次は大土呂駅。
復路は時間の都合で駅訪問が難しそうなので、往路でできるだけ多く回っておきます。
大土呂駅は明治29年(1896年)7月15日、北陸線敦賀~福井間開業時に設置された駅です。
昭和23年(1948年)の福井地震では駅舎が被災し、その後再建された木造駅舎が現在も使われているとされます。
福井周辺の駅舎を訪問すると、この地震後に再建された駅がけっこうあるみたいで影響の大きさを感じます。
ということで、どんな地震だったのか調べてみました。
福井地震と「フェニックス」の記憶
1948年(昭和23年)6月28日に発生した福井地震は、福井市を中心に壊滅的な被害をもたらしました。市街地の大半が倒壊・焼失し、時代は戦後の混乱期、福井は一時「絶望の街」とまで呼ばれたんだそうです。しかし、ここからの復興が福井の人々の凄いところ。市民は互いに助け合い、商店は瓦礫の中でいち早く営業を再開し、鉄道・道路・学校などの公共インフラも驚異的なスピードで復旧したんだそうです。
この姿が「不死鳥(フェニックス)のように甦った福井」と称され、以後、フェニックスは福井の復興と誇りの象徴に。現在のフェニックス通りやフェニックスまつり、フェニックス・プラザなどの名称は、この精神を未来へ伝えるためのものです。福井の街並みが広い道路と耐震性の高い都市計画で整備されたのも、この地震を契機とした復興の成果です。
では、大土呂駅に戻りますよ。
構内
大土呂駅も1線撤去されていますが利用者は比較的多い駅でした。
駅名標
駅舎
現駅舎は福井地震後の復旧時期、昭和20年代後半頃に整備されたものとみられ、正面庇が大きく張り出した木造駅舎が特徴です。
次回は、鯖江・武生周辺の駅をご紹介します。
(令和6年5月撮影)
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