富山県富山市と滑川市にまたがるあいの風とやま鉄道線。2015年(平成27年)の北陸新幹線長野〜金沢間開業に伴い、旧北陸本線を引き継いだ第三セクターです。北陸三セクを乗り潰す旅、3日目は滑川駅からスタート。
前日に撮影済みの滑川駅と、木造駅舎が残る東富山駅(富山市)をご紹介します。
富山地方鉄道との乗換駅でもある滑川駅、そして明治41年(1908年)開業の歴史ある東富山駅を紹介します。
前回までのお話
北陸新幹線敦賀延伸により誕生した北陸地方の第三セクター鉄道を乗り潰す旅。前回までは富山県に寄り道して、富山地方鉄道本線の駅名標撮影などをしていました。
3日目の今日からは復路の旅。富山県から福井県へ向かい、かつての旧北陸本線を駆け抜けます。
スタートはこちら、2泊目の宿泊先の最寄り駅からです。
滑川駅
富山県滑川市にある滑川駅(あいの風とやま鉄道)、前日に駅撮影は済ませていたので、ここで紹介しましょう。
滑川駅は明治41年(1908年)11月、国有鉄道北陸本線の駅として開業しました。平成27年(2015年)の北陸新幹線長野~金沢間開業に伴い、並行在来線が第三セクター化され、現在はあいの風とやま鉄道の主要駅の一つとなっています。
一方、富山地方鉄道・滑川駅は大正2年(1913年)に立山軽便鉄道として開業した歴史ある駅。現在は地鉄本線の主要駅で、急行列車も停車します。
両社の駅は隣接していますが、駅舎は別々で、それぞれ違った雰囲気を楽しめます。
あいの風とやま鉄道滑川駅
あいの風とやま鉄道・滑川駅の駅舎
国鉄・JR時代の雰囲気を色濃く残す鉄筋平屋建ての駅舎です。
滑川駅の改札と発車標
ICOCA対応の簡易リーダーがあり、発車標は北アルプスをデザインした富山らしいもの。地域色があって良いですよね。
北陸3県の第三セクター鉄道は、境界駅にこだわらず相互乗り入れを行っており、会社が違っても利用しづらさはあまり感じません。
ただ、新潟県側のえちごトキめき鉄道 日本海ひすいラインとは、県境の泊駅で運転系統が分断されており、やや不便です。
日本海ひすいラインは開業時から気動車主体で、県境を越える利用者も少ないため、多くの列車が泊駅で折り返します。
とはいえ全くないわけではなく、糸魚川〜金沢間を直通する普通列車が1往復だけ設定されています。これが唯一の定期普通列車による県境直通運転です。
滑川駅 出札窓口
富山地方鉄道滑川駅
続いて富山地方鉄道本線の滑川駅です。
富山地方鉄道・滑川駅の駅名標
ホタルイカをモチーフにした滑川市のマスコット「キラリン」の大型パネルがとても目立ちます。「ホタルイカのまち滑川市」を強くアピールしています。
地鉄は駅間隔が短いため、前後駅に該当するあいの風とやま鉄道の駅はありません。
地鉄滑川駅 出札窓口
無人駅となっており、窓口は閉鎖されていました。
地鉄滑川駅 待合室
待合スペースのみの駅舎で、あまり広くありません。
富山地方鉄道・滑川駅の小さな駅舎
あいの風とやま鉄道の駅舎と比べるととても小さく、国鉄と地方私鉄の差を感じる光景です。
滑川駅 地下道
この地下道を通って浜手のあいの風とやま鉄道側と行き来します。
3日目の旅スタート
では、滑川駅から3日目の旅をスタートしましょう。
北陸3県2Dayパス
ここから敦賀駅まで、北陸3県の旧北陸本線を走る第三セクター3社をほぼ縦断する旅となります。復路で使ったのがこの北陸3県2Dayパス。
2,800円で越中宮崎駅〜敦賀駅まで2日間乗り放題。私は1日だけの利用ですが、途中下車や駅訪問を繰り返す旅なら、1日でも十分モトが取れます。
しかもモバイルチケットでJR西日本のtabiwaアプリから購入可能。WESTERポイントもつきます。
在来線は手放したものの、こうして連携しているのを見ると、JR西日本としても収益アップにつながるのでしょう。
滑川駅駅名標
では、スマホのバッテリーが切れないことを祈って(チケットが表示できなくなりますからね)、滑川駅からスタートです。
東富山駅
せっかくなので、あいの風とやま鉄道の途中駅にも訪問します。
東富山駅は明治41年(1908年)11月に北陸本線の駅として開業。
現在の木造駅舎は開業当時から使用されているとされ、国鉄時代の雰囲気を色濃く残しています。
平成27年(2015年)にあいの風とやま鉄道へ移管され、現在も有人駅。また近年は東側の利便性向上のため東口駅舎が整備されました。
東富山駅の木造駅舎
木造駅舎が残っています。横の“ハエタタキみたいな電柱”、まさか現役の遺構でしょうか?
東富山駅 駅舎の財産標
駅舎は明治41年財産登録。令和8年(2026年)現在、築118年です。
東富山駅前
この駅前を見て、初めて東富山駅を訪問したときのことを思い出しました。今から20年以上前、徒歩で訪問したんです。
富山港線の東岩瀬駅横の踏切を渡り、ひたすら東へ歩くとこの駅前通りにたどり着きます。元気だったなあ。
今ではもうあの距離を歩く気力はありませんが、駅舎が見えたときのホッとした気持ちは覚えています。
東富山駅 出札
私が“油庫”と呼んでいる危険物倉庫も残っていました。
油庫の財産標
こちらも明治41年生まれ。登録上は「駅灯室」と呼ばれているようです。
東富山駅 東口駅舎
20年前と変わらない東富山駅だと思っていましたが、東口の新しい駅舎を見ると時代の変化を感じます。
のんびり駅訪問しながらの復路。敦賀までたどり着くには、どのくらいの時間がかかるのでしょう。
(令和6年5月撮影)
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