kyupinの日記 気が向けば更新 -9ページ目

現在の病院内のマスク着用状況

僕は幾つかの身体科に定期的に受診しているが、どこの病院、クリニックでも外来待合室はマスク必須である。

 

もしかしたら全国的にはマスクが必要でない病院、クリニックもあるかもしれないが、稀だと思う。精神科でも外来待合室ではマスク必須な病院がほとんど全てである。

 

日本が海外に比べこのように神経質な対応をするのは、国民性もありそうである。

 

歯科はマスクを外さないと診療できないので、診察室に入るまでがマスク必須である。また院外処方の薬局でもマスクが必要なところが多い。待合室があるようなところは特にそうである。

 

ある日、凄く院外薬局が混んでいて、おそらく10人以上待合室に座って待っていた。ところが1名だけマスクをしておらず、この薬局はマスクをしていなくても注意されないんだと思った。それでもマナー的に皆気にしてマスクを着用していたのである。

 

稀に新型コロナ自体、否定している医師がおり、そのようなクリニックはマスク着用不要である。それどころかマスク禁止のところさえある。このような医師は間違いなく新型コロナワクチンも否定している。

 

新型コロナの流行で、2020年春から2022年までの3年間は海外旅行に行けなかった。この期間は国内旅行もままならない状況だった。

 

2023年の春に久しぶりに海外旅行に出かけたところ、空港でも街中でもマスクをしている人がほとんど皆無だったことに驚愕した。周囲に合わせないと変なので、旅行中マスクを外して活動したが、まさに異世界と言えた。

 

海外では、日本のマスク着用状況と全く異なっていたのである。

 

現在2025年、日本でも街中でマスクなしの人がだいぶん増えたが、なおちらほらマスクをしている人がいる。

 

外の世界はかなりマスク着用が緩んできたというか、警戒感が薄れてきている。

 

僕は病院内のマスク義務について、将来どうなっていくのか少し心配している。

 

なぜならマスクを極めて厳格に着用していることも、おそらく免疫系に悪影響があるように思うからである。

 

参考

 

 

 

 

 

昔は診断の際に現在の発達障害の概念がなかった

2000年頃まで、駆け出しの頃に診ていた患者さんに思い出し、「あの人たちは今も謎のままだ」と思う人々がいた。

 

当時、自分の精神科医としての技量が上がっているはずなのに、「これだ!」と思うような診断がつかないもどかしさを感じていた。

 

例えば表情が硬く、しかも時々、幻聴や幻視を訴えはするが、目の動きなどを含めたその人全体の印象が、統合失調症とは思えないような人である。

 

このような人は時に昏迷にもなるので、色々症状を箇条書きにして行くなら、統合失調症で良さそうなものだが、その人を診れば明らかに統合失調症とは思えないのである。

 

そのような人たちも、2010年前後には診断の位置がはっきりするようになった。このブログは2006年の夏頃に始まっており、継時的に読んでいくと、次第にその辺りが整理されてきたことがわかる。

 

例えば2008年の以下の記事。

 

 

この記事では以下のような文章で始まっている。

 

精神医療の中で、僕が最も自信を持っており、また誇りにしているのは「統合失調症の診断」である。これはたぶん、精神科医になってからの環境、教育によるところが大きいと思っている。

僕が精神科医になってから、「統合失調症ではない」と否定的に診断した人は、間違っていたことが1度もない。最もよくわからないのが、統合失調症でないと診断して、その後時間が経ってからもそうなった人がいないこと。これはちょっとした謎であった。

逆に「統合失調症である」と肯定的に診断して、実はそうではなかった人は過去にいることはいる。ここ数年では1名のアスペルガー症候群である。この子は時間が経ってから訂正したが、この子が僕の目を一時にせよ欺いたことも、ずっと謎であった。

 

以上抜粋。

 

このように長く精神科医療に就いていて、ASD、ADHDの概念はまさにパラダイムシフトと言えた。

 

以下のような記事もある。これは2017年の記事。

 

 

少なくとも、僕はいわゆるASDとADHDの概念が精神科に入ってきたことで、精神科の診断治療においてストレスが減少したことは確かである。

 

 

 

診察時に書く紹介状について

精神科に限らないが、身体科や精神科に紹介状を書かないといけない時がある。例えば進学や転勤などの転居。この場合は即必要なことは稀なので数日待ってもらう。週初であれば週末までに書くと伝えることが多い。明日転居するとか急ぐ場合は、なんとかその日の午後に書くか、間に合わない場合は紹介状を郵送する。

 

MRIなどを撮らないといけない時は脳神経外科に紹介する。今は単科民間精神科病院でもMRIを院内で撮影できるところもあるが、かなり稀である。中核病院であれば院内にあるのですぐに予約が取れる。CTやMRIを撮影する場合も、その日に撮影は無理なので紹介状は数日待ってもらう。

 

このように書いていくと、紹介状は数日待って取りに来てもらうことが多い。なぜ今日の記事でこんなことを書くかと言えば、診察中に何枚にも及ぶ紹介状を書くと時間をとられ、他の患者さんが待たないといけないからである。この関係がわかっていない人がたまにいる。

 

紹介状ができるまで数日かかるのは、他の患者さんがあまり待たなくて良くなるからである。

 

他、他県などに紹介する場合、生活歴や治療状況が詳しく書かれている紹介状が望ましい。そのように書くと、次に行った精神科病院やクリニックで無駄な試行錯誤が減り,ひいては患者さんの利益にもなる。紹介状については過去ログの神田橋先生の記事に詳しい。

 

 

僕は、紹介状の返書に「詳細な紹介状ありがとうございます」と記載されていることが多い。

 

しかし、診察中に書かざるを得ない紹介状がある。例えば、僕が主治医の入院患者さんが院内で急変し、中核病院の救急外来に搬送しないといけない時である。これは搬送する救急車が病院に着くまでに書かないといけない。これは急変する前からの病状を書くため、身体的状況を記載することが主になる。例えば体温や脈拍数、検査所見などである。

 

この場合でも、全ての患者さんのサマリーを書いているので、紹介状の末尾に精神科のサマリーをコピペ添付する。特に精神科を持つ中核病院は精神科サマリーがあったほうが良い。従って急を要する紹介状も詳しく書いていることが多い。

 

そこまで急に搬送しなくて良い場合では、紹介状ができるタイミングで救急車を呼ぶが、このケースでも、診察時間に書かなくてはならないことは同じである。

 

外来患者さんには、稀にこの関係がわかっていないか、気付けない人がいる。救急車が来れば外来の診察室から出て病棟に上がり、救急隊員に身体状況を説明しなくてはならない。

 

つまり、簡単に言えば、外来患者さんを診ている場合ではないのである。

 

外来患者さんに何時頃来てくださいと伝えていても、そのような状況だと、待ってもらわざるを得ない。

 

救急隊員に説明している時に、後方から凄い剣幕で「時間を守っていない」とか言われても困る。あの場面は、きっと救急隊員もびっくりしたと思う。

 

このようなことから、病院にもよると思うが、紹介状はその日の診察中に書いてもらえることはそう多くはない。

 

また、患者さんから見た主治医は1人だけど、その主治医は、外来、入院患者を多く受け持っているのである。

 

最後につけ加えると、精神科医は、そのような事態も料金に含まれている。

 

 

 

 

学生運動を経験した高校教師の話

旧帝大及び国立大学医学部が、かつて1年だけ非常に難しかった年がある。その年は東大の入試が学生運動の影響で中止された年で、本来、東大に入るレベルの学生が地方の大学に入学せざるを得なかった。その年とは1969年である。

 

1969年東大安田講堂事件の画像

 

僕が高校時代、その当時に学生時代を送った先生が何人かいた。授業をせずに学生時代の面白い話ばかりするのである。僕たちは厳しく授業をされるより、遥かに楽しめたので、彼らを歓迎した。

 

当時の大学生は、東大に限らず授業はあまり行われず、しばしば学生運動のデモに参加していた。その先生が言うには、腕を友人と組んで練り歩くのは良いが、一番先頭とか道に近い端にいると、機動隊の人たちに激しく蹴られるので、それを避けるように練り歩かないといけない。

 

あの機動隊員に蹴られた日には、彼らの靴は相当に重いのもあり、骨折までしなくても大変な打撲になったらしい。当時、どの家庭でも大学に行ける時代ではなく、勉強もしないで彼らの仕事を増やすだけのデモは、彼らの階級闘争的な恨みも買ったと言う。

 

何度もデモに参加していると、機動隊のお兄さん達とお互い顔を覚えるので、目が合った瞬間、「また、来ている!」と言うノリだった。

 

真の学生運動家は放校になることも稀ではなく、どちらかと言うと、全く学生運動をする気がないか、学生運動には共感できないような学生が、後に大学に残り大学の教官になった。そのようなことから、当時に学生で後に教官になった人に優秀な人が少ないのは当たり前と話していた。

 

この話はどのくらい信憑性があるのかわからなかったが、確かに教養課程でつまらない教官がいたのも確かである。

 

僕が入学時、既に学生運動は収束しており、もしそのような学生運動をしていたとしたら、むしろかなりの変わり者と思われていた時代である。しかし企業の警戒感も残っており、採用する際にどのような学生生活を送っていたか調査が行われていた。学生の兄弟が他大学にいた場合、それも調査するのである。

 

僕は教養課程の1年目は下宿していたが、下宿のオヤジが言う通り、さまざまな会社から調査の電話がかかってきていた。どのようなことを聴かれたか、その詳細をそのオヤジが教えてくれるので、「そこまで調べるんだ」と驚いた。

 

医学部の友人の話では、このように調査をする理由は、うっかり学生運動家を採用してしまうと、後に労働組合の大物になったりし、会社が傾きかねないからだという。

 

学生運動は医学部卒後の当時のインターン制度も関係していたので、僕より10年以上先輩医師には学生運動をしていた人もいる。彼らは放校にならなかった場合、卒業して医師になった以降も、学生運動を金銭面で支援していた。

 

これが、僕には最もわからないところである。学生時代はともかく医師になって働いているのに、反社的な行動もしかねない学生運動家を支援する?と言ったところである。

 

僕から見ると、当時の学生運動はある種の社会的な麻疹のようなもので、学生の視野狭窄か錯覚に他ならないと思っていた。

 

おそらく、よど号ハイジャック事件で北朝鮮に亡命した活動家たちは、実際に北朝鮮の社会を見て、愕然としたのではないかと思う。

 

当時、医学部を放校になった人は海外に渡り心理療法を学び、後に帰国して精神科病院に勤めている人もいた。もちろん医師免許はないが、その頃は心理療法家には正式な国家資格などなかったのでそれで良かったのである。

 

うまくしたもので、そういう左派の精神科病院が、彼ら、つまりかつての学生運動家を支援している形になっているのはとても興味深いと思う。

 

参考

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セルシン静注体験記

僕は、大学時代の同級生の内科クリニックで毎年胃カメラをしている。これは内科の同級生に信頼できる医師を聴いて選んだのである。同じ科の医師に聴いて「彼は上手い」と言うなら、大丈夫だろうという判断である。

 

よく考えると、同じ科でどの医師が良いか聴くのは、その医師には失礼な話である。しかし内科は専門性が分かれているし、気心が知れた友人ならそのようなことは心配するに及ばない。そもそも内科でも同じ専門であれば聴けるわけがない。

 

聴いた結果だが、意外によく知っている友人を勧めてくれた。教養課程で同じフランス語クラスだったし、彼の奥さんも知っている人だったからである。彼が性格が非常に良いのも良かった。こちらも気を遣わないからである。

 

これを書いていて思ったが、医師はかなり性格に難があると言うか、気難しい人がかつては多かったが、今は洗練されてきていて、変な人が減っている印象である。これは競争がそうさせたのか、社会がそうなってきたのか、両方の要因があるような気がする。以下は昨年アップした記事である。

 

 

精神科医に変わった人が多いと言うのは、半分当たっていて、半分外れている。実は医師は平均して変わった人が多い。ちょっとでも内省できると言うか、意識が内側に向くかどうかで精神科になるかどうかが分かれるような気もする。

 

その証拠に医師になって以後、統合失調症を発症する人は精神科以外の医師が遥かに多い印象である。

 

さて、友人の内科クリニックで胃カメラ実施の際、喉の麻酔のキシロカインと、点滴の際にペチジンとセルシンのアンプルが処方される。用量はペチジンが35mgでセルシンが10mgアンプルである。ペチジンはよくわからないがセルシンは点滴の際にワンショットで静注されている。

 

僕は、セルシンの静注は全員にそうすることは少し怖いという感覚がある。てんかん発作でない限り、僕はセルシン10mgワンショット静注は恐ろしくてできない。そもそも事故を恐れてセルシンは可能な限りワンショット静注はしないことにしており、するなら筋注で実施する。

 

セルシン筋注はかなり局部が痛いので、患者さんが多少多幸感があったとしても、頻回に希望するようにならないと言う見通しもある。

 

夜間、輪番を受けていると、たまに不安発作でセルシンの静注を希望して来院する人がいる。大抵、女性である。うちの病院では原則、セルシンの筋注はたまにするが、静注は行なっていないと言うと、いつもかかりつけ病院で静注してもらっているので心配いらないと言う。

 

こうなるから、静注は嫌なのである。

 

彼女の言うように、毎回静注でしているなら事故の確率はほぼないし、輪番としての業務なので、つまり一見客なので、セルシン静注して帰ってもらっている。

 

友人の内科クリニックで、胃カメラのセルシン静注の際に、過去に事故が起こったことがないか聴いた。その回答だが、未だ事故が起こったことがないらしい。ただし内科病院でベンゾジアゼピン静注の事故が起こるのと、単科精神科病院で事故が起こるのとでは予想される転帰がかなり違う。死亡する確率が精神科病院の方がかなり高そうである。

 

僕がセルシンの静注にここまで敏感なのは、ちょっとした静注のやり方次第でリスクが高まるからである。それは以下の記事に記載している。

 

 

過去には関東の救急病院でロヒプノールの注射剤で死亡事故が起こった事例がある。このケースではおそらく簡単に鎮静できず、ロヒプノールを数本使ったために死亡事故となったものと思う。

 

裁判では病院が負け、まだ若い人だったため当時1億円以上の賠償金だった。重い興奮状態なら、ベンゾジアゼピンのセルシンよりセレネースやトロペロン筋注または静注の方がリスクが低い。今風にはジプレキサ筋注である。メジャートランキライザーの方が少ない用量で鎮静できる期待値が高いのも重要だと思う。

 

友人のクリニックで、事故が起こったことがないという話を聴き、そこまでセルシン静注のリスクは高くはなく、特異体質の人のみ事故が起こるのかもしれないと思った。

 

上に記載したロヒプノールの事故だけど、特異体質に加えて著しい興奮状態には致死性緊張病の要素があることも重要だと思う。そう思う理由は、その精神科救急病院ではいつも同じ手法で対処していたと思うからである。

 

僕の胃カメラでのペチジン+セルシンの処方だが、「一応、僕はアレルギー体質なので事故には気をつけておいてください」と初回に伝えた。いつも思うが、医療の検査でうっかり死亡するのは本末転倒である。

 

初めて、ペチジンとセルシンを経験した感想だが、胃カメラをした日は、一日中、多幸感ががあり、これはなんなんだ!と思った。この2つのどちらがより影響したかというと、多分セルシンよりペチジンだと思う。以下はGoogleのAIによる検索結果。

 

 

 

胃カメラ後、1日中気持ちが良い状態が続いたのは最初の2回くらいで、その後、なぜか多幸感はなくなった。薬が変わったわけではないらしいが、年に1回くらいの頻度で多幸感が馴化するものだろうか?と少し思った。

 

セルシンを10mgも静注しても1時間半くらいで目が覚める。実施後、2時間目くらいに友人から結果の説明を聴くがけっこう薬が抜けている。セルシンは意外に効果持続時間が短い実感がある。その後、車の事故が怖いので家まで歩いて帰るが、特にふらつきなどない。

 

ただし、セルシン静注後は副作用として口渇は実感する。それくらいである。

 

なお、この記事ではセルシン注射と記載しているが、現在は注射アンプルはホリゾンのみ処方されている。

 

 

参考