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医学部の在学中の留年、卒後の同窓会、人間模様のことなど

大学の同窓会は4〜5年に一度開催され、僕はほぼ毎回出席している。同窓生が多く参加するかと言うと、そうでもなく市内に住んでいても滅多に来ないか、見たことがない人もいる。

 

同窓会は卒業年次が基準であり、元々同級生だった人でも留年があると同窓生にはならない。僕の親しい友人は多くが進学過程で留年したため、同窓会で会えないのは残念である。

 

逆に元々上の学年だったが、留年になり同窓生になった人もいる。彼らは同級生に親しい人があまりいないので、同窓会に来ないように見えるがそうでもない。同窓会に来るかどうかは留年後の同級生との付き合いの良し悪しなど社交性が関係している。僕は上の学年だったが留年し同級生になった友人が比較的多い。

 

卒業して何年も経つと驚くのは、学生時代の面影が全くない同級生がいることである。同窓会の会場で、親しい友人に「あれは一体誰だ?」と聴くことがある。誰だったのか、想像もつかないレベルである。あれは禿げてしまうと分かりにくくなるとかの問題ではないような気がする。根本的に人が変わっている印象である。

 

凄く老けてしまって、元同級生という感じではない人もいる。これだけ時間が経つと、入学時、現役・浪人の誤差はなくなってしまう。

 

僕は比較的学生時代の面影が残っているらしく、「全然変わっていない」とか「いったい何食べているんだ?」などと言われる。

 

医学部に入学すると頭が良い奴がわかりにくい。しかし頭が悪い奴は比較的わかる。

 

と言う傾向がある。入学生は入学試験をクリアしているので、一定の水準には達しているはずだが、色々話している時や一緒に実験をしている際に、「こいつは頭が切れる」とか「あれ?頭が悪くないか?」などと気付くのである。この感覚は状況的におそらくIQを反映していると思う。

 

従って、あまり話したこともないとか、苗字のあいうえお順が遠すぎて一緒に実験もしないような人は頭が良いかどうかが分かりにくい。

 

一方、頭が悪い人は身近で評判になっていたりして、比較的わかってしまうのは悲しいことである。頭が悪いとみなされている学生が留年するかと言うとそうでもなく、かえって留年、国試浪人なしで医師になる確率が高い。これはきっと本人に自覚があるからだと思う。一方、脳の疾患ないし障害があるとまた話は別である。2008年の過去ログに以下のような記事を挙げている。

 

 

留年を繰り返してやっと卒業になるとか、放校になる人は、意外に現役生が多い印象である。ここで言う放校とは、大学をクビになることである。個人的に彼らの社会的ないし精神医学的予後について特に興味を持っており、たまにわかる範囲で調査することがある。結果だが、彼らの多くが国立医学部に再入学している。

 

これが国立の医学部でも成立しているので、タバコも勉学には大して影響しないような印象である。また大学医学部に入学する素質と、入学後きちんと授業に出席して学士試験を合格していく能力や素質?は異なっているのが見て取れる。

 

1人、僕の数年後輩だが、留年を繰り返しており、些細なことだろうが警察のお世話にもなり(警察署員に名前を覚えられている)、どう見ても放校になるであろうと思われる友人がいた。彼はさほど頭も良くない印象だった(一緒に話していて頭がよくないのがわかるレベル)。

 

ある他の友人から、その後の消息を今年初めて聴いたのだが、なんと実際に放校になり、僕と同じ大学医学部に再入学し、2回目は無事卒業して随分以前に開業もしているらしい。このような事例が多いかどうかまでは自信がない。なお、一度放校になったが同じ大学に再入学した僕の親しい友人は、2回目は無事卒業、国家試験も一発で合格し、今は大規模民間病院の院長をしている。

 

僕の親しい脳外科医の友人は、高校時代、同じ理系クラスに地方大学医学部に現役入学した同級生がいたと言う。その高校は浪人生は国立医学部に多く合格しているが、現役で合格する人は少なく、現役で合格したのは脳外科医になった友人とその地方大学に合格した2名だけだったと言う。その同級生は4年目に進学過程を抜けられず放校になったらしい。しかし1浪か2浪くらいして旧帝大医学部に再び合格を果たした。しかしその続きがあり、2回目も放校になり今は予備校教師をしているらしい。(医師になれなかった事例)。

 

彼の友人の敗因のひとつは、僕が卒業した大学のように留年は多いが面倒見が良い大学を選ばなかったからと思う。つまり出席にさほど厳しくなく、留年時に生化学や生理学の教室に属してお手伝いするなどの大学側のサポートである。

 

この教室でお手伝いするのは必ずしも義務ではなく強い推奨であった。しかしこれをするかしないかでは卒業確率が大違いで、その学生の人柄が教授などに共有されて、「あの学生を放校にするのは惜しい」などと言う、ある意味、頓珍漢な高評価に繋がり、放校を免れたりするのである。

 

僕が驚くのは、教授が学生に思い入れが生じ、精神科教授が「うつ病の診断書」まで書き、放校が避けられない状況でウルトラCで放校を免れ、今は医師として働いている事例もあることである。僕は25年くらい前に「なぜ、そこまでして彼を救ったのですか?」と直接、教授に聴いたことがある。教授は「親の気持ちになれば、彼を放校になどできない」と言う、よくわからない返答であった。

 

一方、教養で留年を重ねると、教養の教授は血も涙もないので速やかに放校になる。つまり教養部(つまり医進過程)を抜けられるかどうかは、予後に関して大違いである。

 

この辺りの進級、留年、卒業の難易度の大学差については以下の記事に記載している。

 

 

その脳外科医の友人は、彼が高校卒業後、まだ在学中に、彼の高校から東大理Ⅲの合格者が出たことに驚愕していた。

 

僕の卒業した高校は地方の公立進学校だったが、2年先輩に東大理Ⅲ合格者がいたこともあり、友人が驚愕したことに僕はむしろ驚愕した。後にその先輩が理Ⅲに合格したのは、地方公立高校としては、かなりの確率の低い事例だったことに気付いたのである。

 

僕の小学生時代の友人で、後にラサールとか灘高レベルの高校に進学し、東大理Ⅲに合格した親しい友人がいたが、凄く頭が良いレベルではなかった。これは脳の質的なものを言っており、実際一緒に色々遊んだり勉強したりした際の印象である。彼もそれはわかっており、高校卒業直後「僕の合格は同窓生の中で2大奇跡のひとつと言われている」などと話していた。

 

なお、逆に僕が地方高校を卒業後、国立医学部に現役合格したことに驚いたなどと言った。つまり、それくらい地方公立高校は下に見られていたのである。

 

実際、私立有名進学校と地方公立高校から国立医学部に合格する難易度の相違は、同級生のレベルと教師の能力にあると考えている。また、高校の同級生が当然多くが合格できると思っている心理状況は大きい。

 

うちには子供がいないが、もしいたとしたら是非私立進学高校に行かせたいと思ったであろう。

 

つまり人生のどの時点で苦労するかの違いである。トータルで見ると、おそらく有名な私立進学高校の方が、入学試験までの苦労が少なく、試験も楽に合格できるのでは?と想像している。

 

 

アメブロメールでの注意点 

 

アメブロメールを送る際に、上のように「メッセージを受信しない」設定にしているとこちらから返信ができない。

 

これはメッセージが長文だった時、時間をかけて読み終わり、いざ返信しようとした際、初めてこの画面が出る謎設定で、こちらもガックリと言うか、時間を損した感じになる。

 

この設定がデフォルトなのかどうかは知らないが、時々このようなメッセージが来るので、「返信が来ないが、なぜだろう?」と思っている人もいるだろうと思う。

 

これは今までも何度か注意喚起していたが、メッセージを送る人は設定を確認しておいてください。

人に餌付けされているブラックスワン

 

 

 

ゴールドコーストの河川敷で観たブラックスワンの家族。オーストラリアの住人から餌付けされている。対岸からズームして撮影しているので少し映像が悪い。

 

よく見ると2羽の親ブラックスワンに加えて、やや薄汚い白黒混ざった雛が見える。これはこのブログにも一度アップしたブラックスワンの雛が大きくなったのかも?と思った。ブラックスワンは雛の時は白く、成長につれて黒い羽毛に変わるようなのである。以下は約1年半前に撮影したブラックスワン。

 

 

 

ブラックスワンはオーストラリアでも滅多に観ない野鳥である。実際、パースにはスワン川というかなり幅が広い川がある。このスワン川は本当はブラックスワン川と呼ぶべきなのだが、呼びにくいためにスワン川と短縮されている。しかし、このスワン川でさえ、ブラックスワンなど全然観ないのである。

 

 

一番上の動画では、住人がホースで水をぶっかけて他の野鳥を追い払っている。ここで追い払われる野鳥とは、シーガルやアイビスなどである。とにかく、シーガルは鳩のように何度も寄って来る。アイビスは嘴が長く、ニワトリくらいの大きさがあり街中で悠々とエサを漁っている。アイビスは日本人の感覚だと、ちょっと驚くような野鳥だと思う。

 

このような追い払い方は、シーワールドでも同じようにされていた。シーガルはとにかく愛されていない。僕はクッキーのカケラをシーガルにやったところ、シーワールドの職員から注意を受けた。日本のカラスや鳩に近い愛されなさである。日本人から見れば、シーガルは十分に美しい野鳥だと思うけど。

 

以下は随分前にアップしたシーガルの動画。

 

 

 

 

 

イルカショーで追い払われていたシーガルの夫婦?

 

 

これはキングスパークから見るパース市街。向かって左側に見える高層ビルは、エリザベスキー辺りである。海のように見えるのはスワン川。

 

 

夕刻、サウス・パースから見るエリザベスキー方面。サウスパースにはパース動物園がある。この広い川がスワン川。

 

 

 

フィラデルフィアゾンビはなぜ頭を垂れかたまっているのか?

 

 

今日はちょうどポストシーズン、ドジャース対フィリーズ戦の第1戦が行われていた(勝利投手・大谷翔平、セーブ・佐々木朗希)。

 

フィラデルフィアは麻薬中毒者の多い有名なストリートがあり、そこにいるフィラデルフィアゾンビについての話。上のニュース動画は6分弱あるが、興味のある人は観て欲しい。

 

テーマ的には、「なぜ麻薬中毒の人たちが腰を前に深く折り、頭を垂れて倒れないままになっているか?」と言ったものだ。この奇妙な現象を説明するに、僕は今も十分には考えがまとまっておらず推測の範囲のものもある。

 

最初、このようなフィラデルフィアゾンビの映像を見た時、僕はカタトニアの一種ではないかと思った。あるいは特殊なカタトニアの一型ではないかと思ったのである。

 

なおカタトニアは各論的な記事はアップしていないが、かなり前に総論的なものとして記事をアップしている。

 

 

上の記事から抜粋。

 

つまり、病棟や外来の隅で彫像のようにフリーズしている病態が、カタトニアなのである。

カタトニアはローナ・ウイングにも書籍がある。カタトニアは統合失調症や器質性精神病(例えば頭部外傷や脳炎後遺症)でも生じうるが、広汎性発達障害でもごく稀に生じ、重篤で対処が難しい病態といえる。

基本的にカタトニアは器質性の所見である。

 

以上抜粋終わり。

 

しかしである。一般的な統合失調症などの内因性精神病、あるいは脳炎後遺症、薬物中毒者などの器質性疾患のカタトニアには、少なくとも映像に見られる「腰を前に深く折り、頭を垂れて倒れないままになっている」姿勢は存在しない。

 

あれは長年、精神科病院の病棟で診察していても、あるいは警察署から連れて来られる犯罪者の診察でも診たことがない姿勢である。あの姿勢には謎があると思った。

 

フィラデルフィアゾンビは主にフェンタニルを常用していることが知られている。それ以外の違法薬物もあるかもしれないが、ここ10年くらいで急激に薬物中毒者達に使われ始めたのがフェンタニルである。

 

フェンタニル は鎮痛剤として使用される非常に強力な合成オピオイドで、他の薬物とともに、麻酔、集中治療室での鎮痛、鎮静のために処方され、術後鎮痛や癌性疼痛の鎮痛にも適応がある。鎮痛効果はモルヒネの数十倍から百倍もあり、疼痛がない人が用いると多幸感もある。

 

副作用として呼吸抑制があり、オピオイド耐性がない人では致死量は僅か2mgと言われている。皮下注射や静注だと1mgでも死亡しかねない。2mgと言ってもピンと来ないかもしれないが、塩の粒2〜3粒くらいである。

 

実際、フェンタニルのために有名なミュージシャンが亡くなっている。例えばプリンスやトム・ペティなどである。

 

 

 

フェンタニルがどこで製造され、どこからアメリカに持ち込まれているかだが、製造元はおそらく中国である。トランプ大統領が前回の任期中に中国に対し、「フェンタニルをアメリカに持ち込まないでくれ」とスピーチするニュース動画を見たことがある。フェンタニルはメキシコなどのアメリアの周辺国にまず持ち込まれて、アメリカ国内に流入しているようである。

 

中国の真の目的だが、儲けるとか金銭的なものだけでなく、アメリカの国力を弱らせる戦略もあるようである。これはまさに21世紀のアヘン戦争と言える。今回、トランプが中国へ極めて高い関税を設定したのは、フェンタニル持ち込みの報復と見ることもできる。

 

アメリカと中国は貿易戦争が既に勃発しており、今も継続中なのである。

 

フィラデルフィアゾンビの話に戻るが、おそらくフェンタニルが単剤で摂取されないことが、ゾンビ様の奇妙な姿勢を来すことと関係している。

 

フェンタニルはヘロインなどより遥かに安価であり、簡単に製造できるという。フェンタニルはキシラジンと混ぜて流通しているらしい。キシラジンは本来、獣医が牛や馬などを眠らせるために使う鎮静剤及び筋弛緩薬であり、これをヒトが摂取すると強力な中枢神経抑制作用が得られる。

 

なぜフェンタニルにキシラジンを混ぜるかだが、フェンタニルは強力な鎮痛作用を持つものの、作用時間が1〜2時間と非常に短いことから来る。つまりフェンタニル摂取者は、単剤では多幸感が長くは続かないのである。作用時間が短いと中毒者は何度も摂取しなくてはならない。この薬理特性はフェンタニルで死亡事故が起こりやすい原因の1つだと思う。

 

キシラジンは作用持続時間が4〜6時間と長いため、フェンタニルと混ぜると多幸感が長く続くように感じるらしい。キシラジンはフェンタニルの効果を延長させるための添加物のようなものである。

 

キシラジンは動物用の薬剤なので、獣医などを経て安価で手に入る。フェンタニルも旧来の麻薬よりは安いかもしれないが末端ではそれなりに高価なので、麻薬密売人は安価なキシラジンを混ぜることで利益率を高めようとする。売人、中毒者双方にとって、キシラジンを混ぜることはメリットがあると言ったところである。

 

キシラジンは鎮静、筋弛緩、鎮痛作用を持ち、中枢神経系のα2アドレナリン受容体作動薬である。これらの薬理作用がフェンタニルと共にフィラデルフィアゾンビの奇妙な姿勢や身体症状を脚色している。

 

キシラジンの脳幹機能の抑制により、覚醒、平衡感覚が低下する。筋弛緩作用による影響もあるが、覚醒はしているので転倒せずに踏みとどまり、奇妙な姿勢を維持する。

 

また、小脳や網様体も抑制され姿勢制御がうまくいかなくなる。つまり脳が姿勢制御を誤作動させているものの、覚醒はかろうじてしているので、あのような奇妙な姿勢が維持されていると言ったところだと思う。

 

なおフィラデルフィアゾンビは、ゾンビ映画のように皮膚がボロボロになりやすい。これはキシラジンにより皮膚潰瘍や二次的な感染症を起こしやすいためである。

 

そのメカニズムだが、キシラジンがα2アドレナリン受容体作動薬であることが関係している。元々キシラジンは動物用の薬剤であり、ヒトに使うことは想定されていない。このαアドレナリン受容体作動薬の薬理作用により血管が収縮し末梢血管の血流が減少する。その結果、末梢の皮膚が低酸素状態になり、不潔な注射針の使用による感染症や低栄養状態も加わり、皮膚の壊死を来しやすいのである。

 

今回の記事は、フィラデルフィアゾンビのあの姿勢がカタトニアではないか?と疑ったところからスタートしている。おそらくだが、数年前にこのタイトルで書いていたなら、今回より真実を外した内容になっていた可能性が高い。

 

その後、「カタトニアにしてはあの姿勢は診たことないよな」という臨床経験から今回の記事に至ったのである。

 

今回の記事にしても正しく書けているかどうかは自信がない。

 

参考

トム・ペティに関する記事。ファンだったので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

患者さんからの希望に応じて薬を処方する医師としない医師

精神科では、内科薬、整形外科などの専門外の薬を患者さんの希望に応じて処方することがある。

 

例えば、降圧剤、高脂血症薬、抗アレルギー薬などである。患者さんの年齢にもよるが、このような慢性疾患の薬のために時間を割いて他の医院にかかりたくないということがあると思う。

 

しかしこのような薬でも副作用がないわけではないので、精神科で検査もせず漫然と処方し続けるのは好ましくない。例えば降圧剤なら血圧を測るとか血液検査などの検査を並行して行うことが多い。

 

今回は、医師により患者さんの希望に応じるハードルが高い人とそうでない人がいるという話。

 

ある職員が、自分の義母の薬を貰うために内科に受診したと言う。その義母は一時怪我をして整形外科に入院したが、入院中にドネペジルを処方されたらしい。退院後、かかりつけの内科クリニックに受診したところ、ドネペジルは専門外なので処方できないと言われ、怒っているのである。

 

ドネペジルに限れば、身体科の医師により処方されやすい薬だが、医師により評価が分かれる薬である。と言うのはドネペジルは効果を視認できない人も多いからである。

 

なお、僕のドネペジルの評価だが、かなり切れる薬だと思うが、一般に推奨されている用量は多すぎるという意見である。

 

なお、精神科医のような診察をしない身体科の医師は、微細な効果を認識できないため、ドネペジルはかえって悪化させるのでは?と思いほとんど処方しない医師と、あまり考慮なく漫然と長期処方してしまう医師に分かれる。

 

この前半の安易に処方しないと言うスタンスは、実際に悪化させることがあるので正しいと思う。むしろ漫然投与の方が問題が大きい。なぜならリエゾンで相談を受けた際、単にドネペジルを中止しただけで改善することが稀ならずあるからである。

 

僕は、担当医が義母にドネペジルを処方してくれないという話を聴いた時、上のようなことを伝えた。

 

しかし詳細を聴くと、専門外の薬は患者さんの要請に応じてほとんど処方しない医師だったようである。これは偶然、僕の同級生の開業医だったが、学生時代そこまで親しくなかったし、「彼ならそんな風だろう」と言う感想もなかった。

 

僕が通院している内科や整形外科に限っても、患者の要請に応じて比較的処方してくれる医師とそうでない医師に分かれる。

 

患者さんにとっては、簡単に処方してくれる医師が良いに決まっている。なぜなら時間が節約できるからである。

 

ずっと以前は、自立支援法は内科や外科の薬も1割負担で良いため、薬局窓口で支払う金額も減ると言うおまけ付きであった。今では自立支援法は予算が少ないので厳格に精神科ないし精神科薬の副作用止めのうち安価なものに限られている。もちろん、このようなルールはローカルな面があり、当県では比較的ルーズに運用されてきた時代が長かった。

 

その理由は、風邪でさえ例えば真冬に薄着でいるなど、精神病に由来する面が大きいとみなされていたからである。

 

訴訟とかその辺りにシビアな医師は、専門外の薬を長期処方することはリスクしかないので安易に処方しない傾向はあると思う。

 

精神科医は全てではないと思うが、降圧剤や抗コレステロール薬、湿布、軟膏くらいは患者さんの要請に応じて処方する人の方が多い印象である。そう思う理由は、院長会などの薬の査定の話の際にそのような事例がよく出て来るからである。

 

例えば、自立支援法などの運用の際に、下剤はセンノシドやマグミットは良いが新しいタイプの下剤は認められないなどと言われる。新しいタイプの下剤とは、アミティーザ、リンゼス、グーフィスなどの高価な薬である。

 

なお、マグミットは刺激系でない下剤として推奨度が高い選択肢らしいが、高マグネシウム血症を来して好ましくない人がいる。高価だけど新しいタイプの下剤の方が良い人がいるのである。

 

高マグネシウム血症の医学情報

 

高マグネシウム血症の初期症状と重症化

 

余談だが、自立支援法の予算はレケンビが発売されたために破綻寸前である。そもそも僕は自立支援法はレケンビに対して予算を割くべきではないと言う意見である。ローカルにはレケンビを自立支援法の対象にしていない都道府県もあるかもしれない。

 

精神科医が、患者さんの要請に応じて処方するかしないかについて、患者さんにとって最も大きな関心事は、自らが希望する向精神薬を主治医が処方してくれるかどうかであろう。

 

ここでもうひとつ重要な点は、希望する薬が適応内か適応外なのかも大きい。適応外は査定される云々の前に、何らかの重い副作用が出た時に困るという難点がある。

 

精神科に限れば、薬のタイプに比べ、疾患数が多く、内容も多様なので適応内処方だけでやっていくのはほぼ無理だと思う。柔軟に適応外処方もされているのが実情である。そもそも疾患によれば、適応が認められている向精神薬が存在しないことすらある。

 

患者さんの希望に応じて処方するかどうかは、医師によりかなり個人差がある印象である。医師によれば患者さんが希望する薬を、決して処方しない人までいる。だから患者さんは、担当医がどのようなタイプなのか見極めて希望するかどうかを決めた方が良い。

 

僕はかなりルーズなタイプで、禁忌でない限り、できるだけ患者さんの希望に応じることが多い。それどころか患者さん自身に処方を決めて欲しいくらいである。(北杜夫風に。実際そのような文章が出て来る)。コンサータなどの特殊な向精神薬は例外である。

 

患者さんを長く診ていると、処方する前から上手くいくかどうかわりあい見通しがつくもので、禁忌でこそないが、どう診ても上手くいきそうにないと思うことがある。このような際には、患者さんがある向精神薬を希望した際、やめておくように助言はする。

 

それでもなお服薬したいと言う人には止めないものの、僕がやめた方が良いと言う薬をそれでも欲しいと言う人はまずいない。

 

今日の記事の教訓的なものを言えば、患者さんの希望に応じてくれるかどうかは医師によると言ったところである。

 

また今後の主治医との治療関係を考慮にいれ、「希望をしない方が良いこともあるでしょう」と言うこともあると思う。