kyupinの日記 気が向けば更新 -13ページ目

特定の恐怖と先祖から受け継がれた遺伝子

 

 

2013年に「特定の恐怖症」の記事がある。以下、重要な部分を抜粋。

 

このような病態は、精神科では「特定の恐怖症」と言われる。

近年の疫学的研究から、恐怖症は単一の精神障害として、米国で最も多い疾患とされている。全人口の5~10%がこの疾患に苦しんでいる。恐怖症は、DSMⅣでは広場恐怖以外に、「特定の恐怖症」と「社会恐怖」を挙げている。ここで言う社会恐怖とは、日本では社会不安障害とか社交不安障害と呼ばれる疾患である。

これらの疾患は、病院に受診しない人が相当にいると思われる。これは、上に出てきた雷恐怖の女性も、あのような高齢で産まれて初めて受診しているのを見てもわかる。

恐怖症は、認知及び行動療法の他、3環系抗うつ剤、モノアミン酸化酵素阻害薬、及びβブロッカーなどの薬物で軽快することがわかっている。

一般に、特定の恐怖は社会恐怖より発生率が高い。特定の恐怖症は、女性では最も多くみられる精神障害といわれている。男女比は1:2であるが、血液、注射、怪我に対する恐怖症は1:1に近いらしい。恐怖の対象が自然環境や血液、注射、怪我などの場合、好発年齢は5~9歳であるが、より高い年齢でも発症する。

特定の恐怖症における恐怖の対象となる物及び状況には、出現頻度の高い順に、

動物、嵐、高所、病気、怪我、死。

である。従って、今回の女性の場合、頻度の高い「嵐」とみなして良いと思われる。

 

以上、抜粋内容である。僕はずっと以前から特定の恐怖症の対象は祖先の記憶と関係しているのでは?と考えていた。ただし、これが正しいかどうかは自信がない。動物や昆虫の様子を観察していると、そのようなことを想像してしまうのである。

 

例えば、ある昆虫の幼虫は形状、色、模様などをヘビに似せることで鳥などに捕食される確率を下げ、生存確率を高めることが知られている。Googleで検索すると以下のような写真が上がってくる。

 

ヘビに似たイモムシの幼虫

 

これは現在、生きている鳥がヘビに捕食されたわけではなく、鳥の祖先の体験が「ヘビはリスキーな生物」として記憶され遺伝子に刻み込まれているのである。おそらくヘビに捕食された鳥は子孫を残せないので、仲間がヘビに襲われて捕食された場面の記憶から遺伝子に刻み込まれたものと思われる。

 

また、ヒトはゴキブリが嫌いな人が圧倒的に多い。ゴキブリは「特定の恐怖症」の対象になっていることもあるほどである。これはヒトに進化する以前の生物が、ゴキブリに捕食されていた時代があったことと関係があるらしい。

 

つまり、ヒトの遺伝子に「ゴキブリは怖い」という情報がインプットされているのであろう。女性に特定の恐怖症が多い理由は、このような生物に襲われた際、男性より死に至る確率が高いことも関係しているのでは?とも思う。

 

上に挙げた出現頻度の高い順、「動物、嵐、高所、病気、怪我、死」だが、ゴキブリのようにヒトがヒトになるまえの原始的な生物から受け継がれているものもありそうである。

 

そう思う理由は、進化の過程で、より未分化で脆弱な生物ほどこのような潜在的なリスクを遺伝子に取り込みやすいと思うからである。特に1位が動物なのは非常に興味深い。

 

実はこの順位は、進化的に古い時代の順であって、頻度の低いものほどヒトに近い生物により遺伝子に刻まれているようにも思う。

 

例えば、ネアンデルタール人は共食い(カニバリズム)をしていたという話も聴くが、死者を弔う儀式もしていたと推測する学者もいる。つまり、カニバリズムをしていたとしても文化的レベルはそこまで低くはなかった。また、このようなことを行うことは、ネアンデルタール人がヒトの死という現象をその集団全てと共有できていたことも想像できると思う。

 

なお、ホモサピエンスとネアンデルタール人は混血はしたが、ネアンデルタールはホモサピエンスの直接の祖先ではないとされている。

 

死、怪我、病気はある程度の文化的?水準が高くならないと意識できないと思うので、これらはヒトないしヒトに近い生物の実際の体験や目撃により遺伝子に記録されたような気がしている。

 

それに対し同じ神経症圏内でも、社会不安障害は、現在のヒトに近い文化水準にならないと問題にされにくい病態だと思う。

 

社会不安障害の遺伝子情報は、きっと特定の恐怖症の遺伝子情報に比べ遥かに新しいのだろう。

 

 

 

 

 

お腹の袋の中に赤ちゃんが入っている天然のカンガルー

 

 

これはオーストラリア、パースで撮影。花が咲いた草のようなものを食べている。周囲では鳥の鳴き声がしている。あまり近づくと逃げてしまうかもしれないので、赤ちゃんが袋から顔を出しているかどうかは確認できなかった。

 

 

これは写真。iPhoneで撮影。

 

 

子供を産んでいる割に体が小さいので、おそらく若いカンガルーなんだろうと思った。

 

 

ここには写っていないが、この動画の直後に、なんとおしっこをしていた。そのおしっこをしている風が、ノラネコそっくりなのには驚いた。

 

 

 

病院の口コミと職員の接遇の話

僕の大学時代の同級生は、結構県内で開業している。もちろんその同級生の地元の都道府県に戻り開業している人もいるが、僕が直接関係するのは市内かその周辺の市町村で開業している同級生である。なぜなら僕が受診することがあるから。

 

一方、受診したことがないが、病院職員から悪い評判を聴くことがある。これは悲しいことである。

 

精神科以外のたとえば内科では、同級生から「彼は腕の良い医師だ」と聴き、それを根拠に受診することもある。例えば大規模の民間病院の雇われ院長をしている友人に、「胃カメラをするなら、どの同級生が良いか?」を聴き、推奨された医院に受診するなどである。これはかなり確からしい評価だと思う。

 

一方、上記に記載した職員から聴く評判の悪い医院は、いったいどうなっているのか気になる。

 

高校時代の同級生が地元に戻り開業しているケースがある。これは評判を母親から聴くことがあるが、この評価が悲惨だと、やはりちょっと滅入る。そう親しくなかった友人でもそうである。

 

ひとつの方法として、その個人病院の口コミ評価は一応、全てが正しいとは思っていないが、多少は参考になる。

 

時々、受付の職員の接遇が悪いために低評価の医院は友人がかわいそうに思う。これは自分の病院でも長い期間起こっていたことで、なぜそのような事態になるのか理解できるからである。

 

いったん職員として採用した場合、これは相当まずいと思われる接遇しかできないケース(精神科の女性患者さんに、「あなたは朝潮に似ていますね」などと言ってしまうような職員)でも容易に解雇できない。試用期間でさえそうである。今の日本は容易には解雇できない国なのである。おそらく「接遇が悪い」ことが労働評価として抽象的なのもあると思う。

 

また接遇が悪いような職員は他の職員との人間関係も良くないので、結果的に良い職員が辞める事態になる。これは由々しきことで、時間が経つと相対的に接遇面で質の悪い職員が残るような状況になる。このようなことが口コミ評価を下げるのである。

 

 

 

 

解雇で揉め労基などが入ると判定負けして和解金を支払う羽目になる。今の日本はこんな風なのである。

 

 

この接客業に向かない人たちを簡単に解雇できない労働慣習は、日本の共産主義的な労働者保護から来ている。以下は、はさみ先生の指摘。

 

 

口コミは特に精神科以外では技量の評価はアテにならないが、職員の接遇の悪さは比較的信頼性が高い。

 

また、このような事態になるのは、接遇が悪い人は面接時にはあまりわからないこともあると思う。

 

 

Instant Crush

 

 

Daft Punkはフランスの電子音楽デュオである。1990年代初めから活動し始め2021年に解散している。彼らはヘルメットを被り顔さえ分からず黒子に徹しており、他の有名ミュージシャンを楽器演奏でサポートしている。タイプ的にはClean Banditのメンバーの立ち位置に似ている。Aviciiより少し演奏家寄りと言ったところか。

 

なお、バンド名はイギリスの音楽雑誌?で酷評され「daft」と言われたことに由来する。daftとは「愚かな、くだらない、バカげた」と言った意味である。その2人はこのdaftを気に入り、バンド名に採用している。

 

彼らの作品のうち、Instant Crushという名曲がある。彼らの名盤random access memoriesに収録されている。当初、僕はInstant CrushをJulian Casablancasが歌っていることに気付かなかった。なぜなら彼はInstant Crushをファルセットで歌っていたからである。

 

Julian Casablancasはイケメンミュージシャンで実業家とミス・デンマークの母親から出生。後に母は離婚し画家と再婚。その画家の父親から音楽を勧められたという話である。彼はThe Strokesのヴォーカルであるが、今はThe Voidzというバンドでも活動している。なお、The Strokesは解散しているわけではない。

 

Instant Crushは、不思議な名曲で何度聴いても飽きない。現在、YouTube動画はアメブロに貼ってもYouTubeにリンクされるだけで画像が出ないことが多い。そのため、Instant Crushのショート動画でサビの部分だけ一番上にアップしている。下にYouTubeのInstant Crushのリンクを貼っている。これは公式ミュージックビデオである。

 

 

Instant Crushとは、「一瞬の一目惚れ」といった感じである。ストーリー的には友人に会った時、その友人の彼女に惚れてしまい、本人があれこれ身の振り方に迷い、苦しむという内容である。

 

医学部では時々、実際に起こっているストーリーなのでそれも気に入っていた。具体的には、「友人は明らかに自分より容姿ではイケていないが、彼女は凄く可愛い」という現実である。

 

このような事件は、本人がその時付き合っていた彼女を振ると言った悲惨な結末に繋がることもあるので、当事者にとっては宜しくないと言えた。

 

Instant Crushは、The Strokesのいかなる楽曲より遥かに素晴らしい。The Strokesにも名曲はあるが、Instant Crushは飛び抜けて格調が高いと思う。下にThe Strokesの代表曲を貼っておく。

 

 

 

 

ところで、Julian Casablancasは、僕がThe Strokesの楽曲を初めて聴いた当時はさほど思っていなかったが、実に才能豊かである。

 

下の動画は、The Voidzの2019年のおそらくメキシコでのライブである。このライブも素晴らしいもので、聴き始めると病みつきになり何度も聴いてしまうような演奏だと思う。なお、このライブにはInstant Crushは演奏されていない。そもそもInstant Crushは、ライブ演奏にむかない楽曲だと思う。

 

Julian Casablancasはライブ時の状態が、かなり雑と言うか、歌詞を忘れたり、泥酔して歌っていたり、歌う際の姿勢も悪い。

 

しかし、それもJulian Casablancasらしいというか、彼の個性だと思い許容するだけの圧倒的な才能を持ち合わせている。

 

 

上に挙げたライブの最初の1曲目のギターのリフは、ちょっとJoy divisionに似ている。しかしずっと聴いていると、Joy divisionより遥かに明るい。Joy divisionのように陰鬱で暗い演奏はやはり特殊なんだろうと思ったりしたのである。

 

本人にとって重大な懸念

あまり多くはないが、精神科外来に家族だけが初診し家族の精神症状について相談を受けることがある。

 

僕は一時期、公的機関で精神科の健康相談をやっていた。これは平日の午後に予定されており、誰もやろうとしないため仕方なく受けた。毎週ではなく、月に1回しかなかったことも受けた理由の1つである。そもそも、自分の午後の休日を仕事と大差ない業務で潰すのは痛すぎると言えた。

 

興味を持っていた点として、このような相談機関にいかなる人たちが受診するのか?もあった。半日に2人までに受診が制限されていたため、時間をかけて話を聴くことができる。基本、治療ではないので薬を処方しないことが前提であるものの、例えば統合失調症と思われる事例だと、精神科受診すべきことを家族に推奨する流れになる。

 

相談後、どのような転帰になったかを相談室の担当者から聴くこともできた。僕が時間が経ち、このボランティアに近い健康相談を辞めたのは、あまりにも精神科受診に繋がらなかったからである。

 

やはり、家族を精神科に受診させようとしない人たちは特別な感覚の集団だと思った。

 

本題に戻るが、「子供(とは言え成人)が車に乗る際に、度々人と接触して怪我をさせていないかと警察署に確認に行く」という奇妙な相談があった。これは例えばコンビニの駐車場に停める際に車の後部に人がいると、もしかしたら当たったかも?と言う懸念から来る。

 

まさに一般の人がほとんど考えないような「本人にとっての重大な懸念」である。懸念というより大きな不安と言っても良い。

 

しかも警察署に行く際、必ず家族を連れて行くらしい。これは家族にとってバカバカしいと思うような内容な上に、毎日のように振り回されているため、ウンザリして相談に至ったのである。

 

一般的なことを言えば、車の後部に後部に人がいてゆっくり停車する際に当たったら、車の衝撃でわかると思う。また怪我をするほどの衝撃なら、コンビニの前だけに周囲は大騒ぎになるであろう。

 

これは精神科的には強迫症状と呼ばれ、治療可能な症状である。

 

精神科に受診すればフルボキサミンなどのSSRIが処方されることが多い。旧来の薬だとアナフラニールだが、アナフラニールよりSSRIの方が有効率が高いし副作用も少ない。

 

このようなことを懸念する人は、その相談の症状だけでなく、他にも日常生活に支障を来たすほどの症状を持っていることが多い。

 

このような相談では、家族にいかなる精神科的症状があるかを説明し、精神科病院やクリニックを紹介して相談業務を終了する流れになる。家族が生活上の工夫をしてなんとかなるものではないからである。

 

順調に行けば軽快まで至りそうな事例だが、このようなケースでさえ、精神科受診までさせられないのである。

 

その実りのなさを感じることが多かったことも、健康相談を辞めた理由であった。