kyupinの日記 気が向けば更新 -15ページ目

原爆が投下される前の原爆ドーム

 

今年の春、嫁さんと広島市に旅行した。過去ログには広島市で開催された国際学会の記事がある。(2001年国際神経精神薬理学会)

 

今回はその時以来の広島市観光だった。実に約25年ぶりである。

 

 

 

広島市に行くと、いつも懐かしい気持ちになる。おそらく子供頃、オヤジが広島市民球場にカープの試合を観に連れて行ってくれたことや、高校時代、広島市まで新幹線で駿河台予備校の模試を受けに行っていたこともあるのだろう。

 

今回、平和記念公園を観光したが、不思議なことに原爆ドームを初めて近くで観た気がした。以下は、現在の原爆ドームの写真である。下の写真には歴史的なことも記載されている。原爆ドームは原爆投下される前は、広島県産業奨励館と言われていたらしい。

 

 

 

一番最初に挙げた写真は皆あまり見る機会がないと思うが、原爆が投下される前の原爆ドームの建物の古い写真である。

 

ここで、原爆投下前後の映像をアップする。この映像は資料館のものである。

 

 

 

 

 

広島は戦前の大都市だったのがわかる。平和記念公園には海外からの観光客も多くおり、とても良いことだと思った。

 

以上、大幅に削除してアップしています。

 

参考

 

 

写真以外の削除した文章のスクリーンショット追加。この内容以外では、ロシアとウクライナで行われている戦争とイスラエルとイランの最近の紛争についての話だった。主な内容は、イスラエルのネタニヤフ首相は、イランとの戦争に負けそうになったら、原爆をイランに落としかねないことと。また、そのようなこともイランの政治家はわかっており、そうならないような根回しをしていたこと、彼らがイラン国民を大切にしていたことなどに言及している。

 

 

 

もう一度、書き換えてもアップできない話

今回は原爆ドームなどの話なので、文章中になんらかの禁止用語があるのかもしれないです。しかし、下書き保存すらできない。

 

途中まではアップできたので、それまでの記事をアップすることはできるかもだが、尻切れというか、相当に間が抜けた感じになる。

 

アメブロもどこが悪いのか明確に指摘してくれないと書く方はわからないと思う。

アメブロの不具合で現在ブログはアップできません

 

こう言う感じで完成しているのだが、以下のような表示が出て、なぜかアップできない。そのような不具合は、アメブロサポートでは報告されていないようなので、対策できないです。

 

精神科、心療内科クリニックの落下傘開業

精神科や心療内科に限らないが、医師がゆかりのない都市でクリニックを開業することを落下傘開業と呼んだりする。開業当初は患者さんはゼロであり、新患が来ない限り全く仕事がない状況である。徐々に患者さんが増えていくことで、やっと通常の経営状態になる。

 

僕が卒業した当時、このような開業は非常にリスクが高いと言われていた。オーベンによれば、週に何日かは単科精神科病院で外勤し、収入をある程度確保しなければ、すぐに破綻すると話していた。

 

今から考えると想像がつかないが、経営を安定させるために19床ほどベッドを持つクリニックもあった。当時、沖縄県を除き新規に精神科病院は開業できなかった。しかし、クリニックに限り19床だけベッドを持つことは許されていたのだろう。

 

有床だともちろん当直医が必要だし、夜勤もローテーションで回せる看護師さんも必要な上、給食も出さなくてはならない。僕は何がどう言う風に経営的に安定するのかさっぱりわからなかった。オーベンによると、1名入院患者がいると毎日〇〇人分の外来患者が増えることに等しいとか話していたが、ピンとこなかった。

 

当時、当直医を雇ったりすると赤字になるので、毎日院長が当直をしていた。これだと院長は旅行もできない。当時の僕の感覚だと、将来、精神科のクリニックが今日のように増えていくことは想像できなかった。

 

このように書いているとわかるが、それくらい患者さんが精神科に寄りつかない、あるいは、それくらい精神科の敷居が高かったのである。真に重い精神病患者さんは旧来の精神科病院で診ないと、クリニックでは治療は無理である。つまりそこまで重くない、軽い神経症レベルの人たちの精神科受診の心のハードルがずいぶんと下がったと言うことなんだろう。

 

当時から、精神科を全面に出すと更に新患が来ないので、精神科医でも表向きは心療内科を標榜していた。実は精神科と心療内科は異なり、心療内科はむしろ内科に近い。

 

僕は落下傘開業をした精神科医を何人か知っているが、彼らによれば、開業後、半年以上、診察室で精神科雑誌などの読書をして過ごしていたと言う。それでも受付職員の給与やフロアの賃料や駐車場代もかかるので、ランニングコストはバカにならない。しばらく無職どころかマイナス経済でもやっていけるくらいの資金が必要で、アルバイト料なども計算に入れ、開業計画を立てていたのだろう。

 

このような落下傘開業とは異なり、ある精神科病院から大量に患者さんを引っ張り、あるいは囲い込み開業する医師もいた。このようなやり方はトラブルの原因になる。その病院の院長に根回ししないで開業するのは、経営の妨害行為とみなされ、嫌がらせされたりしたらしい。

 

典型的な事例は、ある病院に何年も勤めていて、開業の際に自分の担当患者さんを全て持っていくなどである。担当患者さん全員に開業する葉書まで送付したらしい。

 

この報復は、レセプトでの大減点であった。その院長は県内のレセプトの査定をしていたからである。実に長期間、嫌がらせの減点の査定が続いたと言う。

 

これはあまりにも酷いとその医師は怒っていたが、僕に言わせれば、

 

まあ、お互いさまということで。(コロッケ風に)

 

と言ったところだと思う。

 

あるいは、落下傘開業した際、近くの精神科病院の院長に全く挨拶がなかったと、怒っているという話も聴いた。確かにそのクリニックに最も近い精神科病院には間違いないが、遠すぎて、そのクリニック近辺からその病院に通院している患者さんなどいないって。つまり、見かけ上、その病院に迷惑をかけているようには見えなかった。

 

むしろクリニックの患者さんの病状が重い際、その患者さんを紹介されることもあるのでプラスの方が大きいと思う。

 

このような話を聴き、予測できないところまで影響を考えないといけないというか、開業には面倒なことが多すぎると思った。

 

現在、精神科クリニックは都市部では集中しすぎて、また診療報酬も相対的に下げられる方向にあるので、安定的な経営を続けることは楽ではない。

 

クリニックのスタッフ的にも、受付の人以外に看護師や精神保健福祉士はいた方が良い。臨床心理士はどのような人たちを主に診るかにもよるが、必要であれば時間単位で雇う感じになるのだろう。

 

昔は小規模であれば、受付の女性を2名くらい雇い、看護師、精神保健福祉士はゼロでやっていたようである。看護師がいないと、血液検査、リチウム血中濃度測定も容易ではない。

 

精神科クリニックは他の診療科のように医療機器があまり必要ではないので、少ない資金でもできなくはないが、凄くは利益の上がらない業種?である。1人当たりの診療の最低時間が決められているようなものなので、大量に診察することで売り上げを上げることもできない。

 

精神科のクリニックの経営は、心痛が多いわりに、儲からない仕事なのである。

 

しかし、民間の精神科病院を離れると、自分の思うように診療できるし、人の上下関係も基本なくなるので、無形のメリットもきっとあるのだろうと思う。

 

僕はクリニックを開業すると言う未来を考えたことがなく、院長を辞める時は、精神科医を辞める時になるのだろうと思う。

 

 

高級な内科医院

過去ログに中学2年くらいから高校3年生まで内科医院に通院していた話をアップしている。一番下に挙げた記事は、当時、入院していた時の話。一連のものであるが、時系列的には前後しているところがある。自分で言うのもなんだが、内容は結構面白い。

 

入院回数は3回。1度目は中学2年、2度目は高校2年、3度目は交通事故で共通一次試験と2次試験の間である。最も辛かったのは、高校2年の入院だった。その時の病院は、皆から「高級な内科医院」と呼ばれる病院だった。入院費、差額ベッド代、外来時の薬代全てが高かったからである。差額ベッド代以外、保険診療だったので、なぜそのような高い費用だったのかは不明と思ったが、今考えると、看護基準などが高かったのかもしれない。

 

また、この高校2年時の入院経験や行われた医療は、僕の人生に大きく影響したような気がしてならない。

 

医療面では、当時は全ての病院は行っていなかった注射針の使い回しをせず、毎回新しい注射針を使ってくれていたことも良かった。C型肝炎に罹患するリスクを避けられたからである。

 

後年、僕が研修医時代、外勤の単科精神科病院にアルバイトで行っていた時、注射針の使い回しをしていたことに驚愕した。当時の病棟師長さんに、「これは肝炎になるリスクがありますよ」と言うと、「毎回新品を使うのはもったいないでしょう」などと言う返事だった。おそらく院長から倹約するように言われていたからだと思う。当時、まだC型肝炎は特定されておらず、nonAnonB肝炎などと言われていた時代である。

 

僕が高校2年時に入院していた年から既に7〜8年経っており、精神科病院の絶望的とも言える医療感覚に呆れたのである。

 

プロの精神科医を目指す若い医師も十分に精神科病院に絶望できる事例だと思う。

 

この話は、医局に戻った際、「外勤先の精神科病院で注射針の使い回しのような危険なことをしてますよ」と医局長に報告したところ、「そう言うダメな病院にアルバイトに行くべきではない」と言う奇妙な返答が戻ってきた。「あんたが外勤先を決めて行くように命じているのによく言うよ」と思ったのは言うまでもない。

 

精神科医は、こう言うところでも精神医療に絶望できる良い事例だと思う。

 

今考えると、当時の精神科病院の院長は全てではないと思うが、精神科の入院患者さんを人とみなしていないと言うか、随分と下に見ていたのであろう。

 

そう考えると色々辻褄が合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この記事の中で「それだけはやめておけ」と言った友人は、現在、国公立大学医学部の臨床の教授をしている。10年くらい前、同窓会で会った時、当時とは顔が変わりすぎて、まるで教授顔?になっていたことに驚いた。