接遇 | kyupinの日記 気が向けば更新

病院の口コミと職員の接遇の話

僕の大学時代の同級生は、結構県内で開業している。もちろんその同級生の地元の都道府県に戻り開業している人もいるが、僕が直接関係するのは市内かその周辺の市町村で開業している同級生である。なぜなら僕が受診することがあるから。

 

一方、受診したことがないが、病院職員から悪い評判を聴くことがある。これは悲しいことである。

 

精神科以外のたとえば内科では、同級生から「彼は腕の良い医師だ」と聴き、それを根拠に受診することもある。例えば大規模の民間病院の雇われ院長をしている友人に、「胃カメラをするなら、どの同級生が良いか?」を聴き、推奨された医院に受診するなどである。これはかなり確からしい評価だと思う。

 

一方、上記に記載した職員から聴く評判の悪い医院は、いったいどうなっているのか気になる。

 

高校時代の同級生が地元に戻り開業しているケースがある。これは評判を母親から聴くことがあるが、この評価が悲惨だと、やはりちょっと滅入る。そう親しくなかった友人でもそうである。

 

ひとつの方法として、その個人病院の口コミ評価は一応、全てが正しいとは思っていないが、多少は参考になる。

 

時々、受付の職員の接遇が悪いために低評価の医院は友人がかわいそうに思う。これは自分の病院でも長い期間起こっていたことで、なぜそのような事態になるのか理解できるからである。

 

いったん職員として採用した場合、これは相当まずいと思われる接遇しかできないケース(精神科の女性患者さんに、「あなたは朝潮に似ていますね」などと言ってしまうような職員)でも容易に解雇できない。試用期間でさえそうである。今の日本は容易には解雇できない国なのである。おそらく「接遇が悪い」ことが労働評価として抽象的なのもあると思う。

 

また接遇が悪いような職員は他の職員との人間関係も良くないので、結果的に良い職員が辞める事態になる。これは由々しきことで、時間が経つと相対的に接遇面で質の悪い職員が残るような状況になる。このようなことが口コミ評価を下げるのである。

 

 

 

 

解雇で揉め労基などが入ると判定負けして和解金を支払う羽目になる。今の日本はこんな風なのである。

 

 

この接客業に向かない人たちを簡単に解雇できない労働慣習は、日本の共産主義的な労働者保護から来ている。以下は、はさみ先生の指摘。

 

 

口コミは特に精神科以外では技量の評価はアテにならないが、職員の接遇の悪さは比較的信頼性が高い。

 

また、このような事態になるのは、接遇が悪い人は面接時にはあまりわからないこともあると思う。