
昔は診断の際に現在の発達障害の概念がなかった
2000年頃まで、駆け出しの頃に診ていた患者さんに思い出し、「あの人たちは今も謎のままだ」と思う人々がいた。
当時、自分の精神科医としての技量が上がっているはずなのに、「これだ!」と思うような診断がつかないもどかしさを感じていた。
例えば表情が硬く、しかも時々、幻聴や幻視を訴えはするが、目の動きなどを含めたその人全体の印象が、統合失調症とは思えないような人である。
このような人は時に昏迷にもなるので、色々症状を箇条書きにして行くなら、統合失調症で良さそうなものだが、その人を診れば明らかに統合失調症とは思えないのである。
そのような人たちも、2010年前後には診断の位置がはっきりするようになった。このブログは2006年の夏頃に始まっており、継時的に読んでいくと、次第にその辺りが整理されてきたことがわかる。
例えば2008年の以下の記事。
この記事では以下のような文章で始まっている。
精神医療の中で、僕が最も自信を持っており、また誇りにしているのは「統合失調症の診断」である。これはたぶん、精神科医になってからの環境、教育によるところが大きいと思っている。
僕が精神科医になってから、「統合失調症ではない」と否定的に診断した人は、間違っていたことが1度もない。最もよくわからないのが、統合失調症でないと診断して、その後時間が経ってからもそうなった人がいないこと。これはちょっとした謎であった。
逆に「統合失調症である」と肯定的に診断して、実はそうではなかった人は過去にいることはいる。ここ数年では1名のアスペルガー症候群である。この子は時間が経ってから訂正したが、この子が僕の目を一時にせよ欺いたことも、ずっと謎であった。
以上抜粋。
このように長く精神科医療に就いていて、ASD、ADHDの概念はまさにパラダイムシフトと言えた。
以下のような記事もある。これは2017年の記事。
少なくとも、僕はいわゆるASDとADHDの概念が精神科に入ってきたことで、精神科の診断治療においてストレスが減少したことは確かである。