こんにちは、フォトグラファーの森藤ヒサシです。
フジコン金賞パーティーの時のスナップ
みなさん、
写真上手く撮りたいなー!
なんて思ったりしますか?
今は、誰でもスマホやコンデジで
簡単に写真が撮れる時代ですよね。
みんなが写真撮れるからこそ、
そしてSNSに写真をアップするからこそ、
もっと写真を上手く撮れたらいいな!
なんて思ってる人、多いんですよね。
アドバンスコース1期生のみんな!
30年前、
まさかこんなに誰でも簡単に写真が撮れる時代が来るとは
思いませんでした。
だって私は、
写真の技術を学ぶために、
写真が上手になるために、
めっちゃ高い学費を支払い、
写真の勉強したんですもんね。
入学費を入れると、
日本で600万円くらい。
アメリカでも同じくらい
学費を払ってるのです。
さらにそのための生活費やアパート代などを入れると、
何千万円もかけて、
写真の勉強してきたのです。
そう思うと、
そこまでかける必要があったかどうかはわかりませんが、
写真の知識や技術は、
人に教えられるくらいに、
身についたのです。
まあ、
めっちゃ暗室に入って、
化学薬品を使って現像液や定着液、
酢酸くさい、停止液を作ったりしたことなんか、
今は、全く必要がなかったり、
露出を知るために、
細かい数字を覚えて撮影に生かすことも、
ほとんど必要がなくなってしまいましたけどね。
そこまで、写真の知識や技術があって、
どうすれば、写真がうまく撮れるか?
と言うこともわかっているのに、
なぜか、一般の人に写真を教えるのには、
抵抗がありました。
それはただ単に自分の中で作っていたブロックに過ぎず、
いざ、フォトグラファー養成講座ベーシックコースが始まってみると、
教えるのがすごい楽しいことに気づいたのです。
たぶん、一般向けのセミナーに対しても、
自分のええカッコしいの部分があって、
抵抗していただけなんですよね。
カッコ悪く教えられないとか、
教えるの下手だったらどうしようとか・・・
ベーシックコースも、毎回たくさんの人たちに、
受講してもらいました。
ほんと感謝感謝です。
そして、半年後、
もっと写真がうまくなりたい!
写真をプロとしてやっていきたい!
と言う人のために、
アドバンスコースがスタートしました。
このコースは、
4回コースになっていて、
それぞれが1日みっちり写真を学びます。
午前中講義をし、
午後はワークショップ、
そのあとはモデルを使って少人数での実技の撮影、
そして、撮影したデータを提出してもらい、
その写真の講評をします。
これは、
1日の中で、学んで、見て、やってみて、復習する、
と言うサイクルなので、
写真の上達が、
めっちゃ早いのです。
このシステムは、実は、PGCの写真集プロジェクトで、
私がすごく写真が上達した時のやり方。
そのブログ↓
そのときやったことが、
自分の中で、一番上達が早いと思ったので、
このシステムを取り入れたのです。
しかも、私が20年以上学んできた写真の技術と知識の中で、
いらない要素は省いて、
ここだけやれば絶対上手くなる、
という要素だけを残して凝縮した内容なので、
短期間で上達していくのです。
このシステムはほんとすごい!!
1回目はインドアロケーション
2回目はアウトドアロケーション
3回目は大型ストロボの使い方
4回目はすべての復習
(当初3,4回目は合宿形式で写真漬けになります)
と言うカリキュラムで、
ポートレートを撮影する上で、
一通りなんでも撮れるようになるのです。
最後の合宿も、
めっちゃ楽しかったー!!
実習シーン
ワークショップシーン
このアドバンスコースは、
今まで20期以上やってきて、
のべ200名以上の卒業生がいます。
私が大変だった時にきてくれた人たちなので、
とてもうれしかったですし、
感謝している人たちです。
フォトグラファー養成講座
というコミュニティは、
私たちが初めて作ったコミュニティ。
アウトドアロケーションにてのデモ
それまで、本田健コミュニティに属していたり、
PGCという団体に属していたり、
他の経営者グループに属していることはあったのですが、
自分初のコミュニティができるというのは、
なんとも嬉しいものです。
このコミュニティができたのも、
ある意味、㈱小貫写真館を追い出されたからこそ。
不思議なものですね。
何かを失うと、
何かを得ることができるのです。
なくしたものばかり追い求めていては、
ずっと同じところに立ち尽くしたまま。
でも、なくしたからこそ、
次につながる行動をしていくと、
新たに得られるものもあるのです。
受講生の作品、いいでしょ!!まだみんなプロじゃない頃
このコミュニティは、
とても私の心を癒してくれましたし、
私も成長することができました。
そして、このアドバンスコースの後、
さらに、上級のマスターコースとつづき、
みんなのエネルギーももらいながら、
次のステップへと進むのです。
よー、がんばりました!!
思い出しながら書いていて、
一人感慨にふけっています。
一人では、なかなかできないものが、
まわりの応援があることで、
自分以上の力を発揮することって
ありますよね。
私自身、
ついついなんでも一人で頑張ろうとしてしまう癖があるのですが、
まわりの応援があって、
達成できたことがあります。
今回は、
2013年の富士フィルム営業写真コンテストで、
金賞を受賞した話をしますね。
長いので、2回に分けますね。
えっ?いつも長いって??
すみません。
2011年からFacebookで写真のコラムを始め、
それをきっかけに2012年から
フォトグラファー養成講座というセミナーをスタートしました。
スタートしたはいいものの、
途中途中うまくいかないこともたくさんありました。
まず最初、
自分主催でセミナーをやるのには、
すごく抵抗がありました。
私よりも写真がうまい人はたくさんいるし、
教えるのが得意な人もたくさんいる。
それなのに、その人たちを差し置いて、
自分でセミナーを主催していいのだろうか?
そんなことも考えながら、
自分の中で、
必死に"自分がセミナーをやるべき理由”を探し出し、
納得をさせていました。
例えば、自分がセミナーをやらなければならない理由というのは、
こんな感じ。
私よりも、写真がうまいし、教えるのもうまいカメラマンは、世の中にはたくさんいる。
でも、その人たちは自分でセミナーをしようとも思っていないので、自分でセミナーをしようと、思った人が、
セミナーをやるべきじゃないか!
また、私には、私なりの伝え方がある。
私なりの伝え方で、それに共感してくれる人がきてくれたら、それで良いんじゃないか!
一生懸命、やるべき理由考えていたんですよね。
もちろん、やらない理由は、
この何十倍も考えることはできましたが、
それは、ただの言い訳にしかならないし、
やらないことで、後悔したくはなかったのです。
でも、不思議なもので、
自分でセミナーをやっていくうちに、
なんの抵抗も無くなってくるんですよね。
あれだけ抵抗があったのに、
セミナーをやっているのが、
当たり前のように思えてくるのです。
また、セミナーは自分たちで集客するのですが、
人を集められないと、
自分の中で、無価値感が出てきます。
私のセミナーが面白くんないからじゃないか?
こんなもの本当に役に立つのか?
私自身の人間性があかんのじゃないか?
そんな無価値感にもやられました。
まあ、タイミングが悪かったから集客ができてなかったんだよね。
今回は、発信のやり方が間違えていたのかもしれないね。
と、思うようにして、
セミナーを継続してきました。
もちろん、
みんなに飽きないようにするために、
セミナーも毎回バージョンアップさせてきましたし、
わたしも、常にアンテナを立てて、
最新情報を入れようとしていました。
2012年にスタートしたフォトグラファー養成講座は、
私にとって、とてもたいへんな時期だったからこそ、
必死に120%の力を入れてセミナーをしましたし、
心から、みんながどうやったら上達するだろう、
と考え、頑張ってきました。
私もみんなの力になれるよう、
みんなのことを応援したつもりです。
すると、そのエネルギーは、
みんなから応援という力で、
返ってきたのです。
マスターコースの1期が終わり、
2013年のある日の午前中、
八ヶ岳に車で行く途中に、
1本の電話がなりました。
それは、私が写真のプリントを
外注している、プロカラーラボの担当者、澤田さんからでした。
彼とは仲がいいので、
いつものように、気軽に、
おはよう、どうしたの?
と電話に出たら、
おめでとうございます。
オヌキさんがフジコンの金賞を受賞しました!
と言うのです!
(この時は、オヌキヒサシというカタカナ名にしていました)
私は絶句!!
憧れの金賞です。
富士フィルム営業写真コンテストとは、
私たち写真館業界の最高峰のコンテスト。
私も、ずっとこの賞に憧れ、
写真を頑張ってきたと言っても、
過言ではありません。
10000点以上の作品の中で、
1点しか選ばれません。
とにかく言葉が出てこない中で、
ほんとですか?
と答えるのが精一杯。
車の助手席には、まっきーが乗っています。
まっきーも私が驚いているのがわかっているので、
電話を切った後、
金賞だってよ!
と、まっきーに伝えると、
えーーーーーーーー!
やったーーーー!
おめでとう!!
と激喜びしてくれたのです。
ヒサシさんが、がんばったから、
神様がご褒美くれたんだね!
㈱小貫写真館を追い出されて2年半、
落ち込みながらも、
必死に頑張ってきました。
まっきーはそれを知っているからこそ、
そう言ってくれたのです。
もう泣きそうです。
そして、まっきーは、
受講生のみんなが、応援してくれているからこそ、
金賞が取れたんだね!
とも、付け加えました。
そうなんです。
私一人では一馬力しかありません。
みんなが応援してくれたから、
受賞できたんだと
納得しました。
フォトグラファー養成講座のみんなは、
写真のレベルも高く、
教えている私も、彼らに負けないように、
いい写真を撮ろうと、
必死で頑張ってきました。
そして、みんなもそんな私に対して、
ヒッキー先生!
と慕ってくれたからこそ、
みんなのエネルギーが集まって、
金賞を受賞できたのです。
まじで感謝感謝なのです。
富士フィルム営業写真コンテスト(以下フジコン)は、
写真業界の芥川賞とも呼ばれるくらい、
プロの写真家の中で権威のある賞。
写真館業界の中では、
この賞に入ることを目的として、
毎年頑張っている人も少なくありません。
もちろん私も、
いつかはフジコンの金賞を取りたい!
と思っていましたが、
まさか、本当に受賞できるとは思っていませんでした。
2013年の第50回富士フィルム営業写真コンテストの
金賞を受賞できたのは、
今思うと、宇宙からのプレゼントだったように思うのです。
フジコン上位入賞の仲間と!
岡村、げんちゃん、あこちゃんも一緒だった!
私が、28才で帰国し、
㈱小貫写真館の四代目の経営者として、
水戸に戻った時は、
写真館業界のことは、
ほとんど知りませんでした。
日芸を出た後、
コマーシャルの世界に入り、
その後、アメリカに留学したため、
写真のことは分かり始めても、
写真館業界で、
どんな写真家がいるか、
どう言う団体があるか、
など、知らなかったのです。
すぐにPGCに入会し、
たくさんの友人ができ、
いい先輩に囲まれ、
だんだん業界のことがわかってくると、
富士フィルム営業写真コンテストというものが、
この業界の中で一番の権威のある賞であることを知ったのです。
帰国後翌年から、
このフジコンに応募をし始めました。
しかし、ものの見事に入選せず、落選。
フジコンは、1万数千点の中から、
130点ほど、入選することができます。
確率は1%
そのうち上位入賞は16-18点くらいなので、
0.1%。
金賞に至っては、
1/10000の確率です。
上位入賞すると、
帝国ホテルで授賞式があります。
フジコンを目指す多くのフォトグラファー は、
目指せ帝国!
と言って頑張っているくらいです。
当時私は、アメリカから帰ってきたばかりで、
日本の写真館の写真とは、
毛色が違っていたので、
最初の頃は、入選しないことに対して、
しょうがない、と思っていました。
しかし、そこから5年ほど入選することもないと、
フジコンとは相性が悪い!
フジコンは古い!
とまで思い始めていました。
(まあ、自分が入選しないことに対して、
相手のせいにしてしまってもいたのです。
まるで子供。反省です。)
30代中盤に差し掛かり、
ようやく、はじめてテーマ賞という賞を
受賞することができました。
この時も嬉しかったわー!
ようやく、
日本の写真に慣れてきたんですよね。
そのあとはコンスタントに、
毎年入選をするのですが、
上位入賞まではいきませんでした。
まだ、自分の中で、
何かが足りない、
と、もがいていた時期です。
38才の時、
アルバム賞、という賞で、
初めて上位入賞。
初帝国ホテルでした。
アルバム賞受賞の作品
そして、42才で銅賞を受賞し、
2回目の帝国。
銅賞受賞の作品
45才の時に、仲間の応援もあり、
金賞を受賞したのです。
こう書くと、
まあまあ順調な感じもしますよね。
フジコン受賞時のコメントです↓
https://www.youtube.com/watch?v=F70zjQ6aR4w&feature=youtu.be
でも、このフジコンの金賞を受賞するまで、
様々な葛藤がありました。
大学生の頃までは、
写真に対してコンプレックスがあり、
写真を本当に嫌いになりそうな時代もありました。
ササキスタジオでは、ライバルができて、
写真で負けたくないと思い始めました。
ブルックス大学で初めて写真を褒められ、
"もしかしたらやればできるのでは?"と思い始め、
その後、必死で頑張って結果、
ブルックス大学を首席で卒業できました。
日本に帰国し、写真に悩み、
一時は、写真よりも経営の方に力を入れ始めようとした時、
まっきーのおかげで本田健と出会いました。
そこで初めて、
”私は写真が好きなんだ!”
と気づき、
"写真を通して、たくさんの人に幸せを感じてもらいたい!"
と自分のライフワークを進もうと思い始めます。
しかし、フォトグラファーとして活動を広めたくとも、
写真館の経営も忙しく、身動きが取れなくなっていました。
東日本大震災をきっかけに、父親との確執で、
㈱小貫写真館から追い出されることにより、強引に、
経営をしなくていいい、
フォトグラファーとしてだけ活動する状態
になったのです。
一時は超落ち込みながらも、東京で、
ブランディングフォトとファミリーフォトを中心に撮影をしながら、
フォトグラファー養成講座を立ち上げ、
多くの受講生からもエネルギーをもらい、
自分のライフワークを進めた結果、
フジコンの金賞を受賞することができたのです。
もし、そのまま㈱小貫写真館にいたのであれば、
まだまだ自己中心的で、
感謝することもできずにいて、
ライフワークも思うように進まず、
フジコンの金賞を受賞することはできなかったでしょう。
追い出されたことで、
今までいた環境のありがたさを知り、
助けてくれた友人、メンター、
そして応援してくれた仲間に感謝することができた
からこそ、受賞できたと思うのです。
これは、宇宙からのプレゼント。
それ以外には考えられないのです。
ライフワークを生きるため、
そして、真剣に写真と向き合うため、
感謝が足りなかったことを気づかせるため、
私を㈱小貫写真館から追い出したのです。
追い出されて2年半、
父親に対して憎しみだけを持って生きてきましたが、
ようやく、感謝が芽生え始めるのです。
すべては宇宙の采配だったのかもしれません。
そして、このフジコン金賞をきっかけに
㈱小貫写真館に戻ることを決意するのです。
なぜかまっきーもスピーチ
すべては必然!
という言葉、
みなさん、聞いたことありますよね。
今まで、起こったことは、
偶然ではなく、
すべて起こるべくして起こったこと。
私は、とても悲しく辛いことも、
めっちゃうれしかったことも、
すべて必然だと思うのです。
そしてその出来事は、
自分の人生のゴールまでに通る、
マイルストーンのようなもので、
人生の中、ところどころで、
感情を揺さぶられながら、
起こる出来事なのです。
フジコン金賞パーティーの時の写真
私のライフワークを
シンプルに言うと、
写真を通して、幸せな人を増やすこと
です。
もちろんその中には、
写真の素晴らしさを伝える
ということも入っているし、
家族写真が日本全国どの家庭にも飾ってあるような社会を作る
ということも含まれています。
とにかく、
私の今世の生きている目的は、
写真を通して、
何かを人に伝えることである、
ということを、
10数年前に気づいたのです。
私の人生を振り返ると、
生まれたのは、
130年続く写真館を営んでいる家。
後継者、四代目として育てられ、
小さい頃から写真に囲まれてきました。
中高と写真部にも所属し、
一般の大学を受験したけど、受験に失敗し、
日大芸術学部の写真学科しか受からず、
さらに、コマーシャル業界、
アメリカの写真大学留学と、
結局小さい頃から、
ずっと、写真が私のそばにあったんですよね。
写真にコンプレックスもありましたが、
人との出会い、
色々な出来事によって、
そのコンプレックスも少なくなり、
本田健のセミナーで、
私は写真が好き!
と気づくわけです。
写真から離れようと思った時もありましたが、
結局、今までずっと写真と共に生きてきたことを考えると、
私の人生は、
写真を通して何かを伝える!
としか思えないのです。
ある意味、あきらめみたいなものです。
他のことで、何か頑張ろうとしても、
結局は写真しかないのです。
現代では、自分がやろうと思うことは、
ある程度何でも実現できると言われています。
だからこそ、
あれもやりたい、これもやりたい、
とやっているうちに、
自分は何をしたいのか、
わからなくなってしまっている人が多くいます。
私は、そういう意味でも、
写真と一緒に生きていく、
と決めたことは、
恵まれていたことだと思っています。
自分のライフワークを決める
ということは、
ある意味あきらめのようなもの。
だって、他の可能性を求めるのではなく、
その道で行くと決めることでもあるのですから。
私は、37歳の時に、
私の人生は、
写真を通して何かを伝える!
と、決めました。
それが、私の人生の目的であれば、
その人生に対して起こることは、
すべて必然なのだと思うのです。
今回、第50回の富士フィルム営業写真コンテストにおいて、
金賞を受賞できたのも、
私の人生の目的に対して、
考え方によっては、必然だったのかもしれません。
(ちょっと傲慢な言い方ですね)
私が、
写真を通して何かを伝えたい!
と心から決めたからこそ、
その一環として、
権威をつけさせてくれるためか、
伝えるのに、箔をつけさせてくれるためか、
分かりませんが、
宇宙の力が取らせてくれたのだと思っています。
そして、
この金賞を受賞するためにも、
あえて、私を㈱小貫写真館から追い出し、
写真に集中させ、
まわりの人に感謝ができるようになり、
まわりの人から応援をもらえるようになったのも、
すべてはそのように仕組まれていたのかもしれません。
そう思うと、
自分のライフワークを生きる上で起こることは、
全て必然だと思うのです。
まあ、その多くの出来事は、
怒ったり、悲しんだりして、
感情を動かされることも多いのですが、
これが必然であると思うと、
すべて感謝でしかないのです。
そんなことをフジコンの金賞を受賞した時に、
思ったことです。
私にとって、フジコンの金賞を受賞したのは、
一つのマイルストーン。
この経験を試金石として、
これからは、もっと写真の素晴らしさを伝えながら、
写真を通して、幸せになる人を増やしたいと思っています。
さて、フジコンの話になります。
フジコンは金賞を受賞すると、
金賞の受賞記念パーティーを開催するのが恒例!
私は、PAJでいつもお世話になっている椿山荘で
パーティーを開催しました。
約300名に参加していただき、
素晴らしい時間を過ごすことができました。
フォトグラファー養成講座マスターの仲間
本田健コミュニティの仲間
すべてを仕切ってくれた木立くん、
発起人になっていただいた、福家会長、小林親分、秋葉くん、
プリントを焼いてくれたプロカラーラボさん、
いつもお世話になっているフジフィルムさん、
私をささえてくれている、スタッフのみんな、
そして、愛する家族の人たち、
みんなが一堂に集い、
至福の幸せを感じさせてもらいました。
東北PGCのみんなと、
いつもの女装をしてもらって、
AKB48の恋するフォーチュンクッキーを、
みんなで踊ったのも、最高の思い出!

もし良かったら、この時踊ってる動画、見てねー。
https://www.youtube.com/watch?v=89tMNhG2HEc
上の写真クリックしてもOK!
こんな素晴らしいパーティーをさせてくれたことに対し、
これからは、真剣に、
写真を通して、幸せな人を増やす、
活動をしなければ、
と思っているのです。
つづく
6/16に、出版決定!!(1日間違えていました)
本をクリックしてね!
このフォトグラファー 養成講座ベーシックコースを
DVDにまとめたもの、まだ販売しています。
少し前のものですが、
写真の基本をお伝えしているので、
勉強になりますよ。
もし興味があれば、
こちらのwebサイトをご覧ください。
https://www.photo-bliss.com/class_beginner/dvd.html
Youtube"Hicky's Studio2020"も見てね!
https://www.youtube.com/watch?v=d7KTsSOoSWI
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