フォトグラファーのヒッキーこと森藤ヒサシです。
アメリカ留学編ラスト。
ブルックスで受けた、色々なクラス
そして、ドキドキの卒業式、
さらに、帰国までの総集編です。
前回までのブログもよかったら読んでください。↓↓↓
幼少期からアシスタント時代まで
アメリカ編その1
アメリカ編その2
アメリカ編その3
ブルックスのアッパークラスでは、
ポートレートメジャー、そして、
カラーテクノロジーメジャーの
ダブルメジャーで行こうと決心。
ちなみに、メジャーというのは、
専門ということね。
人物写真専門と、
カラー技術専門ということ。
このメジャー以外にも、
取りたい、選択できるクラスがあり、
そこで、ネイチャー(自然)やアーキテクチャー(建築)
のクラスを選択。
ねいちゃーですよ。
おねいちゃんではありません。
ネイチャークラスの時、サンディエゴズーーにて
まっきーとの付き合いも順調。
多分。
ケンカはしてたけどねー。
そんなわけで、ブルックス後半の
アッパークラスの話です。
ポートレートメジャーで、
とにかく、人物撮影ばかりしていたのですが、
写真というものが、楽しくなりはじめていて、
他のものも、どんどん勉強したいと思っていました。
楽しくなると、なんでも吸収したくなりますよね。
そんな超まじめに、写真を楽しんでた時代です。
ブルックスは、サンタバーバラにあるため、
海に潜って撮影する、
アンダーシーのクラスや、
先日話した、ゾーンシステムのクラスなど、
面白そうなクラスが
アッパークラスにはあります。
とはいえ、
そのクラスは、いつでもやっているわけではなく、
1年で1回。6回に1回しかないので、
タイミングが合わず、受けられませんでした。
その代わりといっちゃなんですが、
大自然の写真に興味も出てきたので、
ネイチャーのクラスと
アーキテクチャーのクラスを取りました。
これが、本当に面白かった!!!
まず、ネイチャークラス。
たいした景色ではないところで、
1日中、写真を撮りまくる。
虫や草、川の流れ、
などなど。
今まで、壮大な風景しか撮ってこなかった私には、
超新鮮。
えっ、こんな場所で、撮るん??
という感じ。
でも、別にきれいな風景じゃなくても、
探せば、被写体はいくらでもあるんですよね。
そんなことに気づかせてもらったり、
私の作品のベースになることを学んだりと、
実は、このクラスで今に生きている事、めっちゃあるんです。
面白かったのが、
フィールドトリップと言って、
遠くへ行って、野外授業、みたいなものがあるのですが、
二泊三日のフィールドトリップで、
サンタバーバラから500km以上離れた砂漠地帯に、
現地集合で、集まるのです。
普通、フィールドトリップといったら、
みんなで、バスに乗って、どっかにいくのかと思うじゃないですか?
現地集合ですよ!
アホか!
と思いました。
本当に、まわりは何もないところ。
一応、ステートパークなのですが、
ほぼ砂漠。
到着した時は、
こんなところで、本当にいいの?
と思いましたが、
みんなちゃんと集まるんですよね。
みんな、1本ネジが外れているような人たちなので、
なんとも思っていないし、
自分だけが、おかしいのかと思ってしまいました。
そして、そこにテントをはって、キャンプをして、
写真を撮る。
今となっては、いい思い出です。
そうそう、そのころは、
全部、フィルムなので、
どんな感じで撮影できたかは、
帰って、現像しないとわかりません。
今思うと、よーやってたわ!
ブルックスの日本人の仲間たち!!あまりブログで書いてないけど。
そして、アーキテクチャーのクラス。
これも勉強になったー。
今、建築の写真も依頼されるので、
撮りにいくのですが、
自信を持って撮影できているのは、
このクラスで学んだことが大きいのです。
超高層ビルから、
大豪邸の部屋の写真まで、
色々な建築写真撮りました。
中でも、大豪邸にアポを取り、
訪問して、撮影させてもらう経験は、
日本では味わえない。
だって、サンタバーバラって、
超お金持ちが住んでいる町で、
その大豪邸、撮影できるんですよ。
すごいでしょ!!
また、ダブルメジャーということで、
カラーのクラスも3クラス受講し、
色を見る力を養いました。
カラークラスでも、
すっごい長い時間、暗室に入ってプリントするのですが、
カラーの暗室というのは、
闇の世界。
白黒をプリントする暗室に、
赤いランプがついているのは、
見たことがある人多いと思います。
でも、カラー暗室は、何も見えないのです。
何がどこにあるのか、
本当に手探りじゃないとわからない。
でも、
本当に真っ暗の世界って、
個人的には、あんがいおもしろく、
まあまあ好きだったわ〜。
今思うと、
超懐かしい。
ポートレートで撮影したもの、
大自然の風景、
課題のものから、
自分の好きなものまで、
自分の好きなように、
カラープリントできるのです。
今は、デジカメで撮影して、
プリンターで、出力できるので、
カラーで撮影したものを、
自分でプリントアウトできるのは、
あたりまえのように思えるでしょうが、
いやいや、
当時、カラープリントを、
自分でプリントできるなんて、
超贅沢なことだったんですよねー。
まあ、何はともあれ、
このアッパークラスでは、
楽しくなってきた写真の様々な分野を学べて、
いい時間過ごせたのです。
まあ、それも、
まっきーが、ヘルプしてくれていたおかげ
というのもあるね。
と、書いておかなきゃね。
骨折しながら、撮影しなきゃならないときや、
インフルエンザで、死にそうになったときなど、
まじ、お世話になったわー。
今思い出した。
こうやって、
昔を振り返るって、いいね。
感謝できるわーーーー。
友人のミッキーの結婚式で!
ちょうど野茂が来た時。よくドジャーススタジアム行った!
二人でゴルフ!
ブルックス大学時代、
日本の大学と違い、
写真が楽しくなり、
真面目に、写真を学びました。
ようもまー、
20数年間、真面目にやってこなかったのに、
この3年間は、一生懸命やったなー、
と思います。
とはいえ、
要領も良くなり、
遊ぶ時は遊んで、
学ぶ時は学ぶ、
という感じで、
充実した日々を過ごしていました。
いよいよ、3年が経ち、
最後のクラスです。
卒業式の後、両親と、Mr.Brooksと
ササキスタジオで、
アシスタントとして働いてた頃、
カメラマンに、
「なぜ、このライティングなのか?」
を聞いても、
「この商品を撮る時は、このライティングなんだ」
と具体的には、教えてもらうことが
できませんでした。
日本の大学でも、
概要は教えてもらっても、
具体的には、教えてもらえなかった気がします。
というのも、
私が、音楽ばかりやっていて、
写真を適当にしかやっていなかったからかもしれませんが・・・
ブルックスでは、
色々なことを、具体的に、実践的に教えてくれました。
やればやるほど教えてくれるし、
個人的に質問しても、
ロジックでもわかるように、
詳しく教えてくれたのです。
それは本当によかったこと!!
よく例えるのですが、
日本は徒弟制度の世界。
「技術は目で見て盗め」
って言ったりしますよね。
でも、欧米では、
技術や知識を、具体的に、ロジックで
説明してくれるのです。
どうしても、日本人は、
欧米の人に比べると、説明するのが下手、
という国民性もあるかもしれません。
でも、欧米では、
知識や技術を具体的に教えてくれたり、
共有してくれるので、
それは、私にとってもとても勉強になったのです。
本当に勉強になったし、
まあまあきつかったけど、
今思うと、楽しい3年間でした。
そんなわけで、
最後のクラス、
ポートレート4では、
卒業写真展用の写真づくりをしました。
最後のポートフォリオづくりですね。
今でも、大切に保管してあります。
ポートレートクラスの先生Mr.Harman
3年間撮影してきた写真を見返し、
そして、自分でいいと思うものを、
めっちゃ大きくプリントしました。
フレームも写真を引き立たせる
超重要なアイテム。
フレーム屋さんで、
自分の写真に合うフレームを探し回り、
サイズに合わせて、オーダーメイドで、
装丁して貰うのです。
卒業写真展で展示した写真
自分でも、この3年間、
よー頑張ってきたなー、
と、感慨にふけながら、
卒業式を迎えたのでした。
卒業式には、
私の両親もわざわざ日本から足を運んで、
来てくれました。
卒業写真展で両親と
このあと、
父親とぶつかっていくのですが、
今思うと、愛されてたんですよねー。
感謝だわー。
卒業式が始まり、
卒業書の授与が終わり、
いよいよ、
学部最優秀賞の発表です。
自分の中では、
精一杯がんばった。
でも、最優秀賞をもらえるかどうかはわからりません。
隣では、まっきーも
手を握りながら、
必死に祈ってくれています。
そこで、
名前が呼ばれました。
『Hisashi Onuki!!!!』
呼ばれた瞬間、
なんとも言えない感情が溢れてきました。
まっきーとすぐにハグし、
両親も喜んでくれました。
それまで生きてきた人生の中で、
最高の瞬間でした。
この呼ばれるまでの、
わずか5秒。
すっごく長い時間に感じました。
3年間がんばってきたこと、
写真に自信が持てて、楽しくなってきたこと、
暗室に、すごく長い時間閉じこもり、プリントしたこと、
必死にロケハンしていたこと、
重いカメラを担いで、動き回ったこと、
ナショナルパーク巡りをしたこと、
素晴らしい彼女や友達に巡り会えたこと、
わずか5秒という一瞬で、
3年間の思い出が、
ドバーッと押し寄せてきた感じ。
そして、その瞬間、私の名前が呼ばれたのです。
Thank you so much!!
ありがとう!
その言葉しか出てきませんでした。
今まで、
そういう賞は取ったこともありません。
いつも、ダメダメな人間だったので、
"どうせダメだよな!"
といつもあきらめてきたのです。
一生懸命、取り組んでこなかったにね。
なので、今回も、
"どうせダメなんだろうなー?"
と思っていました。
なので、
名前を呼ばれた時は、
その分だけ、感動したのです。
やればできる!
楽しむことが、1番の上達の秘訣!
それが、一番この学校で学んだこと。
そんなわけで、
最高の卒業式を終え、
2ヶ月間、最後の旅行をし、
いよいよ、日本の帰途につくのでした!
卒業式の後、エミさんが両親を招待して、ディナーをご馳走してくれました>
サンタフェにて
今ニューヨークで活躍している、ゆみちゃんと
しゅんちゃんと
ゆみちゃんとみゆきちゃんと、旅行行ったわー。
ブルックスメンバーでの食事会
いやー、こんなに長く書く予定じゃなかったんだけど、
アメリカ編、長くなってしまったわー。
では、
日本での、PGC時代へ
1996年3月。
まるまる4年のアメリカ留学を終え、
日本に帰国しました。
サンタバーバラのビーチで!
愛車の4runnner!
とまあ、簡単にそう言いたいのですが、
LAX(ロサンゼルスエアポート)では、
相変わらずのドタバタ劇が!
前日の夜、サンタバーバラの友人たちが、
最後のお別れ会をしてくれていました。
そして、翌朝、ロサンゼルスに向かい、
飛行機に乗るはずだったのです。
多分12時くらいのフライト。
LAXには、離陸の2時間前、
10時までに行けばOK。
サンタバーバラの友人たちも、
送りに来てくれるはずでした!
8時前にサンタバーバラを出発。
渋滞もあり、10時過ぎにLAX に到着しました。
ところが、
エアラインのカウンターで、
チェックインをしている時、
"お急ぎください!”
と、係の人が言うんですよね。
えっ??
"11時のフライトです。”
なんと、離陸まで、
あと30分くらいしかないのです。
そこから、超ダッシュ!!
まっきーは、そのあとしばらくサンタバーバラに残るので、
しばらく、会えません。
その別れを惜しむ時間もないまま、
ダッシュで、ゲートに向かわなければなりません。
まっきーは、
大泣きしています。
しばらく会えなくなりますからね。
本当だったら、
そこで、もっと別れを惜しむのでしょうが、
私は、飛行機に遅れないようにするために、
それどころではありませんでした。
じゃあねーーーー!
大泣きしている、まっきーを置き去りにして、
超あせって、ゲートに向かったのです。
見送りに来る、友人も、
ようやくLAXに到着した様子。
一言も、話せないまま、
私は、走り去って行ったのでした。
ホント、ごめん。
心の中で、謝りながら、
相変わらず、大ボケな自分自身に、
“またやっちまった!”
と、反省しているのでした。
後から聞いた話ですが、
友人たちも、
呆れていたそうです。
そして、日本に帰国。
長い夢から、覚めたような、気持ちと
これから、㈱小貫写真館で頑張っていこうと言う気持ちで、
成田に降り立ちました。
つづく
幸せになる写真撮りたい方、
BLISSまたは、
パセオヌエボまで、
お問い合わせください!
最後まで、お読みいただきありがとうございました。























