フォトグラファーのヒッキーこと森藤ヒサシです。

 

 

アメリカからの帰国。

例のごとく、

ドタバタで日本に帰国しましたが、

そのあとも色々な出来事が!

帰国からの総集編です。

 

 

 

前回までのブログもよかったら読んでください。↓↓↓

 

 

 

幼少期からアシスタント時代まで

アメリカ編その1

アメリカ編その2


アメリカ編その3

アメリカ編その4

 

無事に日本に帰ってきました!


と言いたいところですが、

LAXでのドタバタ劇があり、

せっかく、みんな見送りに来てくれたのに、

会えなかったことに、

罪悪感を覚えつつ、

成田に到着しました。

 

 

日本に戻ってきた瞬間は、

竜宮城から帰ってきた、

浦島太郎の気持ちのような感じ。

 

浦島太郎の気持ちも、

よーわからんけどね。

 

 

水戸に帰ってきて、

早速、翌日から㈱小貫写真館で、働くことに。

 

 

オイオイ、休ませて!

 

 

とも思いながら、

4年間も、アメリカに行かせてくれていたので、

出社しました。

 

 


帰ってきた頃の家族写真

 

 

まだ、うちの写真館では、働いたことがないので、

システムもよくわかっていません。

 

スタジオの機材も、

使ったことのないストロボやカメラ。

 

 

なのですが、

午後に撮影に来るお客様を

 

“ヒサシ、撮影しろ!”

 

と、急遽撮影することに。

 

 

えっ?まじで??

 

 

ブルックス大学で、ストロボは使っていましたが、

まったく別物。

 

写真館のスタジオなので、

ライトは天井からぶら下がっている、

鉄でできた大きなもの。

 

ストロボのジェネレーターは、

壁に埋め込まれたもので、

まったく、操作の仕方がわかりません。

 

カメラも使ったことのないカメラだし、

よくもまあ、

まだ、会社の機材の使い方も教わらないまま、

私に撮影させたなー、

と思います。

 

 

撮影は、誰もヘルプしてくれません。

 

意地悪みたいのもの。

 

 

 

今思うと、

お客様にすっごく失礼したなー、

と反省。

 

 

 

そして、露出もきちんと測れないまま、

撮影だったので、

超露出オーバーの写真になってしまいました。

 

大失敗です。

 

 

幸い、ネガフィルムでの撮影なので、

露出オーバーでも、

プリントする時に

明るさを調整でき、

なんとか、お客様にお渡しできたのですが、

ライティングもボロボロ。

 

苦々しい思い出、

初日を終えたのでした。

 

 

でも、今でも、

その撮影だけは覚えているんですよね。

 

 

 

 

そこから、数ヶ月。

 

ほとんど記憶がありません。

 

一体、何を撮影していたのか?

 

プライベートではどうしていたのか?

 

 

ただ覚えているのは、

たまに、スタジオで撮影をしていたのですが、

写真がまったく思ったように撮れないこと。

 

 

ブルックスを学部最優秀賞で、

意気揚々と帰国したにもかかわらず、

写真が下手になった感じがして、

何をどうしたらいいのかわからず、

とにかく、もがいていました。

 

 

そこだけは、覚えてるんですよね。

 

 

 

なので、この頃の、スナップ写真は、

一枚もないのです。


たまに、まっきーに国際電話かけていたのを

思い出します。

 

 

でも、まだ国際電話、

高かったなー。

 

 

超葛藤していた、

1996年の4,5月でした!

 

 

 

ブルックス時代のセルフポートレート

 

 

 

 

それから、

6月までの記憶がほとんどないのです。

 

 

とにかく、

写真がアメリカの頃と違い、

まったく、上手に撮れず、

自信がなくなってきていました。

 

 

わずかだけ覚えているのが、

4月に、業界で、展示会があり、

そこで、デジタルでの出力を、

見て興味が湧いたことや、
(実は、デジカメは、まだ一般的にはなっていない時代)

同じ、ブルックス出身の秋葉くんに、

その会場で、久々に会ったことくらいかな?

 

 

6月になり、

初めて、PGCと言う団体の勉強会に参加しました。

 

 

このPGCと言う団体は、

パイオニアグリーンサークル(Pioneer Green Circle)の略で、

次世代の写真館経営者の集まりで、

30代40代の写真館の後継の人を中心に、

最新の技術、経営などの勉強をする会です。

 

 

そのころは、姉がこの団体に所属しているのですが、

この時は、姉の代わりに参加したのです。

 

 

今でも覚えているのが、

この時の講師が、

福井の横山スタジオの、

横山正さん。

 

横山さんは、

コマーシャルスタジオ出身で、

写真館の後継。

 

おっ、似てる!!

 

と共感しました。

 

 

コマーシャルのテクニックを生かして、

婚礼の前撮りに力を入れて、

相当数のお客様がきているらしいのです。

 

 

横山さんに、めっちゃ興味を持ち、

そのあと、横山さんと連絡を取り、

福井まで、同じPGCで、ブルックス出身の秋葉くんと一緒に、

電車を乗り継ぎ、福井の横山スタジオまで訪ねて行ったのです。

 

途中、富山から、

ブルックスの先輩の根岸さんも合流。

 

楽しい旅行がてらの、

初の写真館見学。

 

 

いやー、刺激になった!

 

 

 

今思うと、

この頃から、

行動力はあったんだよね。

思ったら、即行動していた!

 

 

 

そこで、一つ悩みが解決したのです。

 

帰国して、

うちのスタジオのライティングで撮影し、

まったく上手くいかないことに、

悩んでいましたが、

 

そーか、コマーシャルのライティング使うのありなんだ!

 

と、パッカーンしたのです!!

 

 

こうしなきゃならない!

 

と言うのを、外すのに、

最初の刺激を与えてくれたのが、

この横山さん。

 

 

今でも、おつきあいさせていただいていますが、

常に、新しいことをやっていて、

尊敬できる業界の先輩なのです。

 

 

 

そして、一緒に行った秋葉くんは、

同い年と言うこともあり、

このあと、お互いが刺激しあい、

成長をしていくのです。

 

 

そして、こんなに面白い勉強ができるのであれば、

PGCに入ってみたいと思い、

この後、姉と交代して、PGCに入会するのです。

 

 

このPGCも、数年後、関東PGCの運営委員、副代表、代表となり、

全国のトップである議長まで務めるのですが、

それは、また後々お伝えします。

 

 

 

さて、みなさんが気になっている、

まっきーとの、当時のお話です。

 

 

えっ、気になってないって?

 

 

まあ、それは、それで、

話したいので、お伝えします。

 

 

 

帰国後、

お互い離れ離れになり、

国際電話も、時差や、料金のこともあり、

メールでのやりとりをしていました。

 

 

そのメール、

驚くことなかれ、

全て、ローマ字で、タイプしていたのです。

 

なぜかと言うと、

アメリカのコンピューターは、

1996年の頃は、まだ日本語に対応していなかったのです。

 

すごいでしょ!

 

 

こんな感じ。

 

 

Makichan gennki?

Kyouha,PGC toiuatsumariniittekitanndayo.

sokode,sugokuomoshiroihitoto deattannda.

Akibakunnmo kitetayo,

Hayaku aitaina!

 

 

超読みにくいっしょ!

 

なんて書いたかと言うと、まあそのままなんだけど、

 

まきちゃん、元気?

今日はPGCと言う集まりに行ってきたよ。

そこですごく面白い人と出会ったんだ。

秋葉くんもきてたよ!

早く会いたいな!

 

 

 

これが、ほぼ毎日。

 

よーやってたねー。

 

 

それでも、Eメールというものができるようになり、

少しは便利になってきたのです。

 

 

24年前は、まだまだそんな世界。

 

ちなみにモデムは

14.4k bps

という、今の何百分の1の遅さ。

 

 

 

ネットにつなげるまでも、

遅かった!!!

 

 

この頃の写真、本当少ないねー。

一人で、撮影してもしょうがないので、

撮っていなかったのが、よくわかる。

 

 

そんなわけで、

遠距離恋愛は続いているのでした。

 

 

 

 

日本に帰ってきて、数ヶ月、

PGC(Pioneer Green Circle)と言う、

30代40代の写真館の後継の人を中心とする、

次世代の写真館経営者の集まりに入会し、

悩んでいた、日本での、写真のレベルアップに

少しずつ、解消し始めるのです。

 

 

 

セルフポートレート 

 

 

 

1996の夏、

PGCに入会し、

今まで、写真しか勉強していないところから、

写真の技術だけではなく、

人間力や、経営など、

色々な勉強ができるのを、

とても楽しく思えるようになってきました。

 

 

だって、

28才まで、

ほぼ、写真の勉強しかしてきてないんですよ。

 

経営、人間力、マーケティング、店作り、

なんて、考えたこともほとんどありません。

 

どう、写真が上手くなるか、しか、

考えてきていないので、

ある意味、おバカさん。

 

 

 

今思うと、

もっと、若い時に、

いろいろ勉強しておけばよかった、

と後悔もしています。

 

日本の大学時代4年間が、特に遊びすぎでしたね。

 

 

 

 

PGCでは、年に2回の大きな研究大会の他に、

色々な同好会のようなものがありました。

 

特に、写真の技術を学べるのは、

すごくありがたかったですね。

 

 

 

アメリカで学んだライティングと、

考え方が、全く違うんですよね。

 

 

アメリカでは、

ある程度、適当なライティングでも、

ただでさえ、彫りの深い欧米人は、

かっこよく、きれいに撮影することができます。

 

でも、日本人ののっぺりした顔で、

同じライティングをすると、

のっぺりとした顔にしかならないのです。

 

 

ここで、学んだのが、

のっぺりした、日本人の顔を、

より立体的に、そして、

肌の質感を滑らかに見せる方法。

 

 

日本ならではの、

日本人をきれいに見せることのできる、

ライティングを学ぶことができたのです。

 

 

アメリカでは、アジア人用のライティングではなく、

欧米人用のライティングだったので、

全く違うんですよね。

 

 

ちなみに、この日本人用のライティングも、

とても繊細なので、日本でも、このライティングができる人は、

とても少ないです。

 

 

ハイエストライトを立てながら、

顔は、柔らかな光で、

ハイライトからシャドウまでが、

きれいなグラデーションで包まれ、

顔がとても滑らかで、立体的に表現できるのです。

 

 

この技術を習得するのにも、

時間がかかりましたが、

今も、このライティング、応用しています。

 

 

 

さらに、PGCでは、

茨城の尊敬する先輩、

吉田和正さんと出会えたことが、

私の中で、大きく人間的に、

成長できたことです。

 

 

PGCに入会したての頃、

まわりは、ほとんど知り合いがいません。

 

そんな中、優しく声をかけてくれたのが

牛久の吉田和正さん。

 

 

"茨城の吉田です、よろしくね!"

 

 

向こうから、歩み寄ってきてくれて、

すごくうれしく、

 

さらに、私のブルックス時代のポートフォリオを見た時、

 

 

”お前、ほんとすげーなー!”

 

 

と、めっちゃ認めてくれたんですよね。

 

 

 

同じ茨城と言うこともあり、

この後、色々な集まりでも、一緒になり、

飲み仲間としても、超面白く、

尊敬できる先輩なのです。

 

 

 

実は、吉田さんは、

まあまあ、おふざけもひどく、

先輩にもいたずらするし、

子供のよう。

 

 

それを、ただただ、おもしろく、

笑っていただけなのですが、

ある時、吉田さんから、

 

 

"バカできねー奴は、写真も上手くならねー!"

 

 

と言われたんですよね。

 

 

 

当時、真面目な私は、

人前で、あまりバカなことはできず、

まわりの目を気にして部分もありました。

 

 

でも、この言葉を聞いて、

 

確かにその通り!

 

と思い、

 

 

飲んで、ハダカになることもできるようになったし、

(オススメはしませんが・・・)

まあまあ、バカできるようになったんですよね。

 

 

 

まあ、アホになれたのです。

 

 

 

写真を撮る上で、

アホにならないと、

撮れない作品もあります。

 

 

決まり切ったものではなく、

ある一線を超えるような、

突き抜けた写真!

 

 

今まで、私は、きれいな写真ばかり、

追い求めてきましたけど、

何かひとつ、足りなかったんですよね。

 

 

そこから、写真でも、

決まり事ではなく、

形を崩して撮影したり、

面白いと思うことに、

トライできるようになってきたのです。

 

 

まあ、それも、

ブルックスで、

基礎ができていたからこそ、

形を崩しても、

できたことだと思うのですが・・・

 

 

ちょっと、自慢っぽい??

 

 

 

まあ、それはそれとして、

かたい写真を撮るのではなく、

まわりと、少し違う写真を撮り始めたのが、

この頃なのです。

 

 

だいぶ、吉田さんの影響を受けたんですねー。

 

 

 

まず、褒めてもらうと、

相手を信頼します。

 

さらに、相手のキャラクターに惹かれると、

相手の言葉に影響を受けやすくなるんですよね。

 

人を信じやすい、私としては、

吉田さんの、言葉に影響を受け、

大きく、人間的にも、写真的にも、成長したのです。

 

 

 

まあ、裸になるのは、どうかと思うんですけどね!

 

 

 

ちなみに、今は脱ぎません・・・・

 

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸せになる写真撮りたい方、

BLISSまたは、

パセオヌエボまで、

お問い合わせください!

 

 

 

 

最後まで、お読みいただきありがとうございました。