フォトグラファーのヒッキーこと森藤ヒサシです。
アメリカ留学編、
まっきーと付き合い始めたあと、
ニューヨークへ行ったり、エミさんと出逢い、
写真が楽しくなってきて、
様々な写真を学び、旅行を楽しんでいるまとめです。
前回まで、
老舗写真館の四代目として生まれたものの、
写真をコンプレックスに持ちながら、
写真の大学、コマーシャルフォトの会社に行き、
ライバルとも言える友人と出会い、
もう一度、写真を勉強したいと思い、
アメリカ留学に行きます。
そして、フレズノでの語学留学後、
ブルックス写真大学に入学でき、
初めて、写真を褒められ、写真に自信を持てるようになってきたとき、
色々ありながらも、まっきーと付き合い始めるのです。
そのブログもよかったら読んでください。↓↓↓
幼少期からアシスタント時代まで
アメリカ編その1
初めてのNY
まあ、私も、人の出会いの話や、
恋話は、好きなので、
わかりますけどね^^^
ただ、書いている私は、
『まじ、こんなん書いてええん?』
と思いながら、
まっきーに無断で写真を使い、
予想通りに、怒られているのでした。
そんなわけで、
とりあえず付き合い始めた私たちが、
初めて、ニューヨークに行くのです。
27年前の、タイムズスクエア
今まで、
ニューヨークに行った回数は、
20回くらいでしょうか?
ニューヨークに行くたびに、
エネルギッシュな街に感化され、
自分自身もエネルギーをもらって帰ってきます。
今でも、ニューヨークでは、
カメラを片手に、ニューヨークの街並みを
撮影し続けていますが、
まっきーと一緒に行くときは、
基本的には、バラバラ行動。
私は、撮影したいので、
数時間、一人で撮影に集中。
まっきーは、そんな私に付き合うのも大変なので、
ショッピングしたり、
街をぶらぶらしたり、
で、適当に待ち合わせる、
と言う、
うちらスタイルのニューヨークでの過ごし方。
私は、ニューヨークが大好きなのですが、
そのきっかけが、この初めてのニューヨークの旅なのです。
フラットアイアンビル
1993年9月初め、
まっきーと付き合い始め、
"どこか旅行に行こう!"
と言うことで、
ニューヨークに行くことになりました。
と言っても、
二人旅ではなく、
なぜか、韓国人の女の子との友人、
サンスーと、3人での旅。
今思うと、なんで3人だったのか、不思議。
友人のサンスーと photo by macky
私は、初めてのニューヨーク。
まっきーは大学生以来の2回目。
ニューヨークは知っていますが、
どんな街で、何がどこにあるのか、
全くわかりません。
1993年当時は、
インターネットや携帯は存在していないので、
調べるものは、
"地球の歩き方"
くらい。
それも、日本語で書いてあるものは、
LAのリトルトーキョーまで行かないと買えないので、
170km離れているリトルトーキョーのヤオハンの本屋で、
日本の値段よりも、2倍くらいの値段でしか買えない、
"地球の歩き方 ニューヨーク"
を書いました。
1週間の旅行なので、
せっかく東海岸に行くのだから、
フリーポートでショッピングしたり、
ボストンにもいきたい!
と言う計画。
メイン州のフリーポートには、
大きなアウトレットがあります。
今と違って、まだまだ、
アウトレットショッピングモールは、
アメリカにも少なく、
日本には、まだアウトレットが入ってきていない時代。
そこで、ラルフの洋服を買いたい!
と思い、
フリーポートまで、レンタカーで行ったのです。
めっちゃ遠かったのは、覚えてるけど、
あまり、買い物しなかったなー。
CKのセーター買ったのは、覚えてる。
まっきーと、付き合い始めたばかりなので、
コールハーンの靴、買ってあげた気がする。
今思い出した!!
まだ、この頃は、
付き合い始めて、1,2週間。
通常は、ロマンス期、と言って、
ラブラブの時期なのですが、
なぜか、早くも車の中で喧嘩勃発。
これが、初喧嘩だったw
そのあと、3000回以上のバトルをするのですが、
1回目の喧嘩が、このフリーポートに行く途中の、
車の中だったのは覚えてる。
なんで、喧嘩したかは、全く覚えていないけど、
昔から、おこりっぽかったんだねー。多分。
あっ、私のことです。
フリーポートの帰りに、ボストンに寄ります。
ボストンでは、
日本の英会話スクール時代の、
ほかまくんが、ボストンに留学していたので、
遠距離電話をかけ、ボストンで久々の再会。
日本時代、よく英会話スクールの後、
一緒に、飲んでた友人なのです。
ニューヨークに戻り、
とにかく、歩き回りました。
ブロードウェイのあたりから、
自由の女神が見える、
バッテリーパークまで、
往復。
棒が足のようになって、
疲れ果てたのだけは覚えています。
だって、10km以上、歩いてるんだからね。
カメラや荷物持って!!
でも、この街を歩いて、
どこをみても、絵になる風景に、
魅了されてしまいました。
たくさんの人種がいて、
ホームレスから、超リッチな人までいて、
混沌とした雰囲気。
このカオス的な雰囲気も好き。
42nd St.
アーティスティックなSoHoから、
ブロードウェイの華やかさ、
ビジネスマンだらけのウォールストリート、
今はなき、ツインタワー、
一度は行ってみたかったエンパイアステイトビル、
アメリカ横断ウルトラクイズでいつも最終決戦をしていた、
元パンナムビル、
ウルトラクイズと言えば、自由の女神、
お洒落なグランドセントラルステーション、
憧れの5th Ave.とティファニー。
どこをみても、
目をキョロキョロしてしまうような被写体に、
持って行ったフィルムでは足りなくなるくらい、
撮影するのです。
まだ、このときは、
まっきーとお互いバラバラに行動するのではなく、
一緒に行動してたなー。
自由の女神!
当時のニューヨークは、
まだまだ、危ないエリアもあり、
夜歩くと、なんか危険な香りがします。
42nd Stの辺りのホテルに泊まりましたが、
夜は、今と違って、出歩けない感じ。
ただ、ホテルも今と違って、安く、
5000円くらいで泊まれていた気がする。
今は、安くても、20000円はかかるけどね。
そんなこんなで、
このニューヨーク旅行がきっかけで、
その後も、ニューヨークに惹かれ、
撮影し続け、
2017年の、私の個展、
"Nature & Art"
に繋がるのです。
ちなみに、上の写真は、
1993年当時のネガフィルムで撮影した写真なので、
クォリティは、めっちゃ悪いです。
これらが、
の写真たち。
この最初のニューヨークがきっかけで、
めっちゃ写真の話です。
Monument Valley
アメリカに留学して、
写真に自信がついていくようになるとともに、
どんどん写真が好きになっていきました。
自分が撮影した写真を、
自分が納得できるまで、
暗室に入ってプリントする。
すべて、自分の意のままに、
モノを作れるという、
クリエイティブな部分が、
写真にのめり込ませたんですね。
Lower Devision最後のクラスは、
ブルックスでの前半のポートフォリオ作り。
今まで撮影してきた作品を
まとめるだけではなく、
自分で営業する際の、
営業ツールにもなるように、
写真の見せ方、貼り方、プレゼンなど
色々と習います。
さすがに、最初の方のクラスの作品は、
まだまだクォリティが低いので、
新たに、プリントをしたり、
自分が納得いくまで、暗室に入っていました。
このクラスで、
一番学んだことは、
"Zone System"
聞いたことがある方は、
よっぽど昔からの写真のマニア。
今のデジタルの世界では、
使わなくなってしまいましたが、
ゾーンシステムの考え方は、
写真づくりにおいて、
デジタルになっても変わりません。
このゾーンシステムというのは、
簡単にいうと、
Black & Whiteの写真の階調を、
いかにきれいに表現するか?
というモノ。
きれいな白黒プリントを作るための
考え方、テクニックなのです。
Bodie
ちなみに、白黒写真って、
一見簡単なように見えて、
超難しいのです。
白と黒、光と影だけで表現していて、
色がないので、
色でごまかすことができません。
シンプルだからこそ、
きれいな白黒の階調が出ていないと、
いい白黒の写真に見えない。
今では、白黒の写真をSNSなんかでアップすると、
"白黒でかっこいい!"
なんて言われますが、
それは、見慣れてないから。
"なんちゃって白黒"
の写真ばかりの気がする。
本当の白黒写真は、
超難しいのです。
Bodie
ここからちょっとマニアックな説明に入るね。
例えば、曇りの時って、
明るい部分と暗い部分のコントラストって、
低いじゃないですか?
逆に、快晴の時、
日向の部分と、暗い影の部分って、
コントラストがすごく高いですよね。
曇りの時の写真は、
写真用語で言うと、
眠い写真
になってしまい、
パキッとしません。
晴れた時の写真は、
逆に、コントラストが強すぎて、
パキパキしすぎ。
白飛びや、黒つぶれの写真になってしまい、
コントラストが強すぎる写真になってしまいます。
ゾーンシステムを使うと、
曇りの時に撮影した眠い写真でも、
コントラストを高くすることができるし、
晴れた時の
パキパキしたコントラストが強いシチュエーションでも、
コントラストを抑えることができるのです。
そして、どんな時でも、
白から黒までのきれいな階調を表現できている、
白黒写真を作ることができるのです。
それは、
撮影の時に、あえてオーバー気味に撮影したり、
アンダー気味に撮影したりしながら、
フィルムを現像する時に、
決まった時間、現像するのではなく、
時間を増やしたり、減らしたりして
調整するのです。
すっごく難しいけど、
すっごく面白い。
今まで、そんなことができるなんて知らなかったモノだから、
めっちゃはまりました。
Bodie
おかげで、白黒写真のプリント技術が
超上がりましたし、
写真を見る目が、格段にアップしたのです。
いやー、この頃
ここまで、写真バカになるとは思わないくらい、
暗室入りまくり。
日芸に通っている頃も、
暗室は入っていたのですが、
なんか、酢酸臭くて、
好きじゃなかったんですよね。
と言うよりも、
写真が好きじゃなかったから、
暗室も好きじゃなかったのかも。
今考えると、
日芸時代から、ブルックス時代にかけて、
暗室に入っている時間は、
ゆうに、1万時間を超えます。
1万時間ですよ!
一日24時間として、
ずっと暗室にいるとして、
1年以上。
1日8時間暗室にいたとして、
3年以上かけないと、
1万時間は超えません。
いやー、よくよく考えると、
もぐらのような生活をしていたんですね。
朝から晩まで、
暗室にいたこともありますし。
ここまで、
暗室に入っていると、
不思議なモノで、
日常世界も、
白と黒だけで見えるようにもなってきます。
カラーの情報をなくし、
光と影だけの情報にする白黒チャンネルを、
自分の中で、作ることができるのです。
専門用語で言うと、
輝度だけで、
モノを見えるようになるんですよね。
今は、フォトショップなどの、写真ソフトで、
簡単に白黒にできますが、
コンピューターではなく、
自分の目で、白黒チャンネルを持てるようになったのです。
ある意味、
変態。
街の中を歩いていても、
白黒チャンネルに変えられるし、
もちろん、撮影時も、
よく白黒で見ているんですよね。
白黒じゃなくて、
X線だと、面白いのに・・・・
ちょっと、エロいので、
話を戻すね。
写真の良し悪しを判断する時に、
"カラーの写真を白黒にしても、いい写真かどうか?"
と言ったりします。
要は、カラーでも、
きれいな諧調で表現できているか、
きれいなコントラストで表現できているか、
と言うことです。
カラーの写真を白黒にした時に、
きれいな白黒写真にならなければ、
あまり良くないと判断されてしまいます。
逆に言うと、
きれいな白黒写真は、カラーでも、
きれいなカラー写真になるんですよね。
写真のコンテストで上位入賞できたり、
うちのスタッフがいつもコンテストで入賞したり、
皆さんからも写真を上手い、
と褒めていただけるのは、
この、モノを白黒で見られるようになったことが、
その要因だと思うと、
本当に、ありがたい時間過ごせました。
Mono Lake
とはいえ、
朝から晩まで、暗室に入っていると、
嫌になることもよくありました。
なんで、こんなに、暗室に入らなきゃならないんだよ!
とかね。
全く外に出れず、太陽の下に出れない時は、
一体何やってるんだろ
とかね。
そうそう、
みなさん、
"一万時間の法則"
って、聞いたことありますか?
何事をするにも、
プロレベルの技術を身につけるためには、
一万時間かかる、
と言うこと。
ここで、一万時間以上、
暗室に入っていたので、
今があるんだなー、
って本当に思う。
また、仕事を始めたり、
何か、新しいことをするのに、
"石の上にも3年"
って、言うじゃないですか?
確かに1日8時間、
毎日同じことを続けると、
3年で一万時間以上。
3年やると、一人前になるよ!
と言うことだけど、
ことわざって、
ほんと
よくできてるねー。
と、思ったりしているのでした。
Yosemite N.P.
ブルックスは3年制の大学ですが、
3年の中でも、
Lower Devision(基礎クラス)と
Upper Devision(専門クラス)
に分かれます。
Lower Devisionのクラスも
おかげさまで、順調に終わり、
Upperのクラスが始まりました。
エミさん、クリス、ニックと!
その頃、まっきーは、
サンタバーバラで日本語の塾をやっている、
"いちこさん"と知り合い、
日本語塾で、
いちこさんのヘルプをしていました。
私は、アッパーのクラスで、
最初は、ポートレート1という、
人物撮影の基礎編を受講していました。
このポートレートクラス、
先生が、Mr.Harmanという年配の先生。
まあまあ、オールドファッションで、
どちらかというと、
クラシックスタイルが好きな人なのです。
今っぽいポートレート、
というのではなく、
昔からある、
きっちり、かっちりしたポートレートを
教える先生。
とはいえ、
この先生に教えてもらったら、
ポートレートにおける、
被写体のポージング、
身体の重心、足のポーズ、手のポーズ、身体のライン、首の傾げ方、
は、
今の私のベースにもなっているのです。
このポートレートのクラスの課題で、
"子供の撮影"
がありました。
しかし、
私は、サンタバーバラで、
子供を持っている、家庭の知り合いなど、
まったく知りません。
どうすればいいか、分からず、
まっきーに相談しました。
するとまっきーは、
"今行っている塾に、
イタリア人と日本人のハーフの子がいるよ!"
"よかったら、お母さんに聞いてみる?
お母さんは日本人なので!!"
と教えてくれたのです。
超感謝です!!!
その日本人のお母さんが、
25年以上そのあとお世話になる、
サンタバーバラの姉さんこと、
エミさんだったのです!!!!
エミさんは、快く引き受けてくれました!!
エミさんは、
クリストファー(クリス)と
ニコラス(ニック)
という、二人の息子がいます。
当時、7才と5才くらい。
二人とも超ハンサム。
これで、ようやく課題ができる!
と思い、日程を決め、
スタジオを予約し、
撮影することになるのです。
しかし、
初めての子供の撮影は、難しい!
だって、子供って、
言うこと聞いてくれないんですよ!
と言うか、
じっとしてられないのです。
課題の撮影!ニックとクリス
まだ、自分の中でも、
スタジオでの撮影も慣れていないのに、
子供が動き回ると、
きれいに、ライトを当てることもできず、
超苦戦!!!
なんとか、撮影しましたが、
今、撮影すれば、
この何十倍もいいの撮れるのになー、
と言う感じ。
精一杯やったけどね。
まっきーは、
このエミさんと仲良くなり、
クリスとニックのベビーシッターも
するようになります。
ニックと!! かわいかった!!
ちなみに、ベビーシッターと言っても、
彼らも赤ちゃんではなく、
子供の面倒を見てくれる人のこと。
両親が、外にディナーに行く時など、
子供だけで家に留守番させておくことは、
法律で禁じられているので、
その時に、家に一緒に留守番をして、
子供と遊んだりするのです。
エミさんの元ご主人とは、
エミさんが留学中、バイトしていた日本食やさんで出会い、
彼に見初められます!
彼は、イタリアンアメリカンで、
コイン商をしています。
私は、コイン商と聞いて、
街の古銭ショップみたいなのを
想像していましたが、
とんでもありません。
彼は、一代で、コイン商として財をなし、
ホープランチと言う、
サンタバーバラの超高級住宅地で、
大豪邸に住んでいるのです。
コイン商といっても、
取引相手は、世界のコインマニア。
世界の超貴重なコインや、
レアな紙幣など、
彼は、そう言うものの価値をわかる才能があり、
それを、マニアに高額で売ることで、
大成功したのです。
まっきーが、エミさんと仲良くなることで、
私も一緒に、エミさんのうちに
遊びに行かせていただいたり、
パーティーに呼ばれたり、
その大豪邸に行くことが、多くありました。
本当に感謝です。
そうでもなきゃ、
ただの留学生が、
地元の大豪邸なんかに、
遊びに行けることないですもんね。
また、そのまわりの
サンタバーバラのリッチな人も、
紹介してもらったり、
とてもいい体験をさせてもらいました!
おかげさまで、
アメリカの大金持ちの生活、
と言うものを知ることができ、
それが、今でも生きている感じです。
エミさんちのプール、ジャグジーで
エミさんファミリーには、
ディナーに連れて行ってもらったり、
一緒に、プライベートビーチに行ったり、
アメリカから帰国後も、
毎年あって、一緒にワイナリーに行ったり、
とても、深い付き合いをさせていただいてます。
ホープランチビーチにて
クリスと
エミさんとワイナリー
エミさんが日本にきた時!
フェスパーカーさんと
エミさんは、超元気でポジティブな女性!!
アメリカで、
どんなに大変なことがあっても、
いつも明るく、乗り越えてきた強い女性でもあります。
この明るい性格、
人をもてなすのが大好きな性格、
それが、一緒にいて、とても心地よく、
楽しいのです。
そして、若くてきれい!!
年齢は言えませんが、
まったく、その年齢には見えない若さを保っているのです。
基本的には、
体と心はつながっているので、
気持ちが若いからこそ、
見た目も若いんだなと、思います。
ワイナリーにはよく行ったなー
今でも、
ズーーっと、毎年、
サンタバーバラに行くたびに、
エミさん家に遊びに行っています。
そうそう、不思議なもので、
クリスとニックはすでに30歳を過ぎているのですが、
タイムが小さい頃は、
よく面倒見てくれたんですよね。
面白いものです。
感謝感謝の、サンタバーバラの姉なのです。
幸せになる写真撮りたい方、
BLISSまたは、
パセオヌエボまで、
お問い合わせください!
最後まで、お読みいただきありがとうございました。































