こんにちは、フォトグラファーの森藤ヒサシです。

 

 

皆さん、

"結婚当初、どこに住むか?"

 

ということで、

まあまあ揉めたりしませんか?

 

 

しかも、

実家が、お互い遠かったりした場合、

どちらの実家に近い方か?

 

とか、

 

お互い一人暮らしの場合、

どっちに引っ越すか、

もしくは、どのあたりで新居を構えるか?

 

などなど。

 

 

 

私の写真館は、

茨城県水戸市で、代々続く写真館。

 

今年で129年。

 

よく続いてきたもんです。

 

 

私自身、生まれてきて、

写真館の後継になるんだよと、

洗脳されて育ってきたので、

そもそも、

水戸に住むのが、

当たり前だと思っていました。

 

 

生まれた頃の話↓

 

面白いもので、

自分にとっての"普通"と、

他の人の"普通"って、

違うんですよね。

 

 

生まれ育った環境、

親の仕事、

それぞれの地域の考え方、

によって、

みんな"普通"は違います。

 

 

ついつい、

それを、自分の常識だと思い、

相手にも、それを求めてしまいます。

 

 

もともと、

私たちは、アメリカで出会ったこともあり、

まっきーの夢は、

アメリカに住むこと。

 

(私は、その夢を叶えたいとも思っている中、

20数年経っても、叶えることができていません。)

 

 

 

そんな、思いを持っているパートナーに対し、

私は、

"水戸に住むのが当たり前"

とも思っていました。

 

なので、当時は、

相手の感情も汲み取ることができずにいました。

 

 

もちろん、結果的には、

実家の写真館をやっているので、

水戸に住むことになるのですが、

その頃の、まっきーの気持ちは、

全くわかりませんでした。

 

もし、寂しかったとしても、

 

"それはしょうがないことでしょ!"

 

と思ってたんですよね。

 

 

この辺、ポジティブ自立の私なので、

ネガティブな人の気持ちは、

理解できなかった、と言うところです。

 

 

幸いなことに、

母が建てた一軒家が、

見川という場所にあったので、

(母が老後に住もうと思っていた家)

そこに住むことになりました。

 

 

見川のうちでのホームパーティー

 

 

田舎ですが、

小さな一軒家ということもあり、

私の両親と同居するわけではないので、

それは、よかったことではあります。

 

 

とは言え、

 

正直な話、

最初は、

 

"うちのスタジオを手伝わなくていいよ!"

 

という話だったにもかかわらず、

 

結婚後、1ヶ月もしないうちに、

 

"土日休日は、手伝って欲しい"

 

ということになり、

まっきーは実家である小貫写真館で働くようになりました。

 

 

常に両親と一緒にいるのだから、

まあ、大変だったと思います。

 

 

私は、その気持ちも、わからなかったのですが・・・

 

 

 

徐々に1日ずつ、働く日が増えていき、

1年後には、

英語を教える仕事もやめ、

うちで常勤で働くことになるのです。

 

 

自営業の家で育つと、

それが当たり前のように感じるのですが、

まあ、それは、当たり前のことではないんですよね。

 

 

申し訳ない気持ち半分、

一緒に働けて、うれしい気持ち半分。

 

 

そんな感じでした。

 

 

 

さて、二人で住み始めた新婚当初、

とにかく、仲間を呼びたくて、

よく、うちでホームパーティーをしていました。

 

 

水戸に住んでいるにもかかわらず、

東京からも、

友達が遊びに来てくれていました。

 

 

今思うと、

本当に感謝ですね!

 

料理中!!

カクテル中

 

 

 

北関東に住んでいる人のほとんどが言うのですが、

 

"東京は近い"

 

と思っています。

 

 

私も、もちろん、そう思ってます。

 

東京まで、車で1時間半。

特急だと、1時間ちょっと。

 

毎週のように、東京に行っていると、

東京は、すぐに行ける場所であり、

遠いと思ったことはありません。

 

 

でも、

実際、東京に住んでみると、

水戸って、

遠く感じるんですよね。

 

 

私でさえ、そう思うんだから、

普通に東京に住んでいる人は、

わざわざ、茨城まで行くことなんて、

ほとんどありません。

 

 

と言うか、

茨城に行く用事も、

ほとんどありませんからね。

 

 

"わざわざ、行かなければならない"

 

と思う場所って、

やっぱり遠く感じるのです。

 

 

移動時間は、

同じ、1時間ちょっとでもね。

 

 

北関東に住んでいると、

東京には、わざわざ行くと言うよりも、

普通に、行きたいから行くので、

遠く感じないんですよね。

 

 

それなのに、

私たちに会いに、

水戸まで、友人が遊びに来てくれていたのは、

めっちゃ、幸せなことなんですよね。

 

 

 

その頃から、友人たちを呼んで、

ホームパーティーをするのが、

普通だったので、

その後、

水戸のスタジオの上に住んだり、

東京のマンションに引っ越したり、

田園調布の一軒家に引っ越した後も、

ずっと、ホームパーティーは好きで、

続けているのです。

 

 

朝起きて、

運動をして、

お風呂に入り、

仕事に行く。

 

夜は、好きなバーで、

お酒を飲みながら、ご飯を食べる。

 

たまに、友人を呼んで、

ワインをめっちゃ飲む、

ホームパーティーをやる。

 

そして、休みの取れる時には、

海外旅行に行く。

 

 

ほとんど、今と20年前、

変わらないライフスタイルなんですよね。

 

 

 

そう言う意味でも、

いつも、一緒に飲んでくれる友人が

欠かさずいるのは、

本当にありがたいことなのです。

 

 

こんな私に、

付き合ってくれている友人たちには、

感謝ですわーーー。

 

 

 

 

色々な、仲間がごっちゃ混ぜで、遊びに来てくれました!

 

 

 

 

この頃から、

友人の大切さ、

家族の大切さ、

が徐々に、体に染み込み始めるのです。

 

 

 

 

 

 

私が、実家に戻ってきたのが28才。

結婚したのが、30才。

 

 

ブライダルフォトグラファーとして、

土日は、ブライダルの写真を撮る生活をし、

平日では、スタジオでの撮影と、

まあまあ、順調な人生を歩み始めていました。

 

 

とは言え、

実家の写真館に戻っても、

なかなか、売り上げは上がらず、

悩んでいた頃、

 

そろそろ、新しいスタジオを建てよう!

 

と話が盛り上がってきたのです。

 

 

新しいスタジオの建築現場にいるまっきー!

 

 

 

 

うちのスタジオは、

水戸の街の中にある写真館。

 

隣には、大きな百貨店、

めっちゃ便利な場所にあったのですが、

そこの百貨店ある区画で、

再開発計画が10年ほど前から出てきていました。

 

 

今後、同じ場所で営業するか?

新しい場所に引っ越すか?

 

うちの両親は迷っていました。

 

 

とりあえず、

私が、写真館に戻ってきてから、

決めようと言うことで、

結婚後、新しい場所を探し始めたのです。

 

 

 

でも、

もともとあった場所から、

どこかに会社を引っ越すって、

本当に難しい。

 

 

マジで!!

 

 

いくつ、土地を見たのか忘れないくらい、

たくさん見ました。

 

 

色々見ていくと、

目も肥えてくるんですよね!

 

 

 

それまであった、

街の中の写真館は、

すっごく小さいスタジオ。

 

 

よく、そこでやってきたなー!

 

 

とは思うもの、

 

やっぱり広いスタジオを作りたい!!

 

 

と言うのが、当時の私の夢。

 

 

目が肥えてきたので、

不動産からのオススメ場所を見ても、

ダメだな、と思うところが目につき、

なかなか決まりません。

 

 

いいなと思う土地は、

めっちゃ高い!!

 

 

当時は、まっきーとも、

よく土地を見に行ったなー・・・

 

 

 

自分の中では、

大借金をして、

新しい土地を買い、

建物を建てるつもり。

 

でも、自己資金もほとんどないので、

予算も決まっています。

 

 

 

そして、

ようやく、

元のスタジオから、

車で10分の場所、

 

千波湖という、水戸にある大きな湖のそばの、

お茶園通りと言うところで、

220坪の土地を見つけ、

そこに決めたのです。

 

 

 

銀行からは、

すっごい金額の借り入れをしました。

 

確か、○億円くらい。

 

 

返せるかどうか、

なんてことも考えず、

とにかく勢いで借りてしまったのです。

 

よく貸してくれたわ。

 

 

 

今だったら、

よー、借りられん。

 

 

 

若かったんですよね。

 

 

 

すっごいスタジオ作りたい!!

 

 

 

気持ちはそれだけ。

 

 

 

借金はしても、

土地も高いし、

(当時は、バブル後で安くはなっていましたが、今の金額の3倍ちかく)

建物も高いし、

 

 

でも、夢だけはある。

 

 

そんな感じでした。

 

 

 

場所も決まり、

1999年7月、

スタジオの建築が始まりました。

 

 

地鎮祭を終え、

杭を打ち、

鉄骨が立ち始めるのを見たとき、

 

すっごく感動したのを覚えてます。

 

 

地鎮祭の後

 

畑だった場所を、更地にしていく様子を見る私

 

 

 

マジでこれから頑張ろう!

 

 

 

と言う思いで、

1日1日出来上がっていく建物を見ながら、

ワクワク感しかない、半年でした。

 

 

 

 

 

しかし、

あまりの借金の多さに、

数年後、

 

あー、これで終わりかも!

 

 

と思うような状況もありました。

 

 

それもなんとか、乗り越え、

当時の借金も返済が終わり、

(と言っても、まだまだ借金は残っていますが・・・)

 

20年の月日が経ったのです。

 

 

 

この頃のことを思うと、

なんか、涙出てくるわー。

 

 

 

 

 

 

私のライフワークである、

 

"日本中、すべての家庭に家族写真が飾ってあるような社会を創りたい!"

 

のベースになっている、

 

"お正月に家族写真を撮ろう!"

 

と言うイベントの話をお伝えします。

 

 

 

私が、

 

"家族写真の素晴らしさをひろめていきたい"

 

と思うようになったのは、

2006年ごろ。

 

でも、2000年当時の、

お正月に撮影する、

家族写真イベントが、

そのベースになっています。

 

 

2000年1月1日

 

㈱小貫写真館パセオヌエボ

 

がオープン。

 

 

 

 

当時は、北関東最大級のスタジオ、

と銘打って、折り込み広告を出しました。

 

 

3階建てのスタジオで、

多いな衣装ルーム、

美容ルームを完備。

 

スペイン風の建物で、

見た目からして、

 

"この建物って何?"

 

と思ってもらえるようなもの。

 

 

2階の撮影スタジオの面積が140平米。

3階のにも60平米のスタジオがあり、

どこでも撮影できるスペースがある写真館として、

オープンしたのです。

 

 

ここまで、大きなスタジオは

私も、あまり見たことはなく、

清水の舞台から飛び降りる覚悟での

借金をするのです。

 

 

当時の私は31歳。

 

まだまだ、これからなんでもできる、

という意気込みだけはありました。

 

 

 

1月1日のお正月オープンということもあり、

 

せっかく家族が集まっているのだから、

 

 

"お正月に家族写真を撮りましょう!"

 

 

ということで、

料金をグッと下げて、

家族写真を撮影代プリント付きで

5000円

という値段に設定しました。

 

 

と言っても、

お正月は、

あまり朝早くから夜までは仕事をしたくもないので、

10時から17時まで、

撮影は、1時間に8組、計56組限定としました。

 

 

すると、

年末までには、

あっという間に56組の予約が埋まってしまったのです。

 

 

うちのオープン記念ということと、

 

"せっかくだから、家族写真を撮っておこう"

 

という、需要が重なったんですよね。

 

 

 

ありがたかったですね。

 

 

お正月なので、

スタッフは休ませて、

私といとこの二人がカメラマン。

受付も、いとこの奥さんと、まっきー。

 

最初は、この4名で、スタートしたのです。

 

10時から17時まで、

休む間もなく、撮影。

 

 

きてくれた家族のみんなも、

なんか、すごく喜びながら、

撮影し、帰っていきます。

 

 

家族写真だけなので、

1家族、だいたい10分くらいの撮影ですが、

それでも、満足してくれているのです。

 

 

その時感じた思いは、

 

"家族写真って、めっちゃいい!!"

 

ただそれだけ。

 

 

理由はわかりませんが、

撮っている自分も、

撮られている家族も、

なんか、とてもハッピーな気持ちになり、

温かい気持ちになるのです。

 

 

 

気軽に、

"せっかく家族が集まるお正月なので、家族写真撮りませんか?"

という企画。

 

 

忙しいお正月なので、

どのくらいきてくれるかわかりませんでしたが、

予想以上の反応と、

撮影した時の心地よさとで、

大成功となったのです。

 

 

そして、もう一つうれしかったのが、

撮影に来てくれた人の8割の人たちが、

来年のお正月の予約をしてくれたのです。

 

 

"毎年、撮影に来たい!"

 

 

と言ってくれる人ばかりで、

こちらとしても、

最高のお年玉をいただいた感じでした。

 

 

この、お正月に撮影した家族写真が、

1枚1枚増えていき、

それが、壁一面にずらっと並んでいるだけで、

その家には、

"幸せなオーラでいっぱい"

になることが、想像できました。

 

 

 

家族写真って、ホントいい!!

 

 

 

気軽に始めたイベントですが、

この後、

これが、自分のライフワークになっていくのです。

 

 

 

新スタジオ、パセオヌエボも、

上々の滑り出し!

 

 

 

まだまだ、これからという時ですが、

自分の中で、

 

ワクワク感が止まらない

 

そんな、状態だったのです。

 

 

 

 

 

 

私が、この業界でいただいたギフトは、

数えきれないほどあります。

 

 

だからこそ、

写真館業界に対して、

常に何ができるか考え、

恩返しをしたい、

と思っています。

 

その一つとして、

私のライフワークである、

 

"写真の素晴らしさを多くの人に伝える"

 

ことは、

 

写真の価値を高ることにも繋がり、

写真を撮る人が多くなることで、

この業界に、貢献できるだけではなく、

 

幸せを感じる人が増え、

さらに、セルフイメージがアップする人も増え、

社会が豊かで、平和になっていくと信じています。

 

 

 

パセオヌエボオープン当初のスタッフ集合写真

 

 

私が、この業界に入って

一番大きなギフトは、

たくさんの友人、先輩後輩との出会いです。

 

 

良くも悪くも、

いい人が多く、

お願いをされたら、

断らないような人ばかり。

 

 

若い頃は、先輩からも可愛がってもらえて、

今は、後輩からも、親しみを持って接してもらえ、

たくさんの同世代の友人もいるので、

ほんと、いい業界だなーって、

感じています。

(現状は、だいぶ厳しい情勢ですが・・・)

 

 

1999年、

㈱小貫写真館パセオヌエボを建築するにあたり、

どんなスタジオにしたいか、

めっちゃ、迷っていました。

 

 

ありがたいことに、

PGC、PAJと業界団体にも入っていたので、

そこで、日本では、まあまあ有名な先生方と、

親しくさせていただいていたので、

スタジオ見学を兼ねて、

九州に行かせていただきました。

 


長崎の池田さん、

大分の谷本さん、

宮崎の内倉さん、

福岡の木下さん、

山口の沼さん、

 

などなど。

 

当時は、名だたる大先生。

 

 

恐縮しながら行ってきました。

 

 

 

大先生のスタジオを訪問しながら、

 

こんなスタジオにしたい、

あんなスタジオにしたい、

 

 

と、目移りしながらも、

構想が固まってきて、

それを、設計士に話しながら、

パセオヌエボが、

完成していくのです。

 

 

 

実は、写真スタジオの見学以外にも、

先生方に、自分の写真も見てもらいました。

 

 

その頃は、日本に帰ってきて3年。

 

写真も少しずつ、自信を持ち始めていた頃。

 

 

自分の作品を、20枚くらい持っていったのですが、

ある先生から、

めっちゃ、けちょんけちょんに、けなされたのです。

 

 

その写真は、マタニティフォトだったのですが、

 

 

なんか、暗いなー!
これから、赤ちゃんが生まれてくると言うのに、

うれしい感じがしない!

 

 

 

自分の気に入っている作品なのですが、

超ショック!

 

 

 

チクショーー!!

 

 

 

と、震えながら、

日豊本線の中で、

悔しくて悔しくてしょうがなかったの覚えています。

 

 

 

でも、今思うと、

自分の作品のよくないところを、

言ってくれるって、

実は、すごく親切。

 

 

言ってくれたからこそ、

 

もっといい写真を撮りたい!

 

と思えるし、

成長する機会を与えてくれているのです。

 

 

 

まあ、写真の評価なんて、

基本的には、その先生の好き嫌いによるもの。

 

正しい、間違い、なんてないのです。

 

 

 

それでも、言ってくれるのは、

本当は、ありがたいことなんですよね。

 

 

その悔しさは、

今でも覚えてますもん!!

 

 

1999年のスタジオ行脚、

めっちゃいい思い出です。

 

 

写真業界、これからどうなっていくか、

不安だらけでもありますが、

それでも、

写真の素晴らしさを多くの人に、

伝えていきたいですね。

 

 

 

あっ、そうそう、

 

"なんで、パセオヌエボなの?"

 

と、よく聞かれるので、

その理由、教えちゃいますね。

 

 

大した理由ではありませんが、

 

私とまっきーが出会ったサンタバーバラに、

 

"パセオヌエボ"

 

と言う、みんなが集まる、

ショッピングモールがあるんですよね。

 

 

たくさんの人にきてもらいたい、

と言う思いと、

サンタバーバラを模した、

建物にちなんで、

 

パセオヌエボ

 

とネーミングしたのです。

 

 

パセオとは、小道

ヌエボは、新しい。

 

 

新しい道

 

 

と言う、名前なのです。

 

 

 

こう言う時代だからこそ、

写真、撮りにきて欲しいなー!!

 

 

 

 

だいぶ真面目な話でした。

 

 

 

いつもありがとうございます。

 

 

 

 

 

森藤ヒサシストーリー

1幼少期からアシスタント時代まで

2アメリカ編その1(フレズノ→まっきーとの出会い)

3アメリカ編その2(ニューヨーク&エミさん)
4アメリカ編その3(ナショナルパーク編他)

5アメリカ編その4(卒業そして帰国)

6帰国編からPGC入会編

7新聞連載→まっきー帰国

8写真館業界編→まっきーと結婚へ

9結婚式当日→初個展開催

 

 

 

 

 

 

幸せになる写真撮りたい方、

BLISSまたは、

パセオヌエボまで、

お問い合わせください!

 

 

 

 

最後まで、お読みいただきありがとうございました。