こんにちは、フォトグラファーの森藤ヒサシです。
長いアメリカ編も終わり、
ようやく日本に戻ってきて、
まったく違う生活が始まります。
今回からは日本編。
なんと、新聞に私の記事が、
連載されると言うことが起こりました。
さらに、まっきーに会いに再びアメリカに行ったり、
まっきーを迎えにいくのです。
今回は、そんな話です。
この辺の前のブログも読んでね!
アメリカ編その2(ニューヨーク&エミさん)
アメリカ編その3(ナショナルパーク編他)
日本に帰ってきて、
PGCとの出会いや、
影響を受けた、
吉田さんとの出会いを、
お伝えしてきましたが、
今日はなんと!
茨城新聞掲載の記事
1996年7月頃
どこから、聞きつけたのか?
アメリカに留学して、
帰ってきたばかりの、
先進気鋭のフォトグラファーがいる。
と言う噂を聞いたのかどうかは分かりませんが、
地元、茨城新聞社から、
取材が入りました。
小貫久史さんの
取材をさせていただきませんか?
と。
えー!
超、驚き。
だって、
とりあえず、
アメリカでがんばってきましたが、
と言って、
日本では、思うような写真も撮れず、
やっぱり、
写真の才能ないのかなー、
と、ガックリきていた頃、
わたしの取材をしたいなんて、
セルフイメージの低いわたしとしては、
びっくりだったのです。
こんな私でいいの??
マジでそう思いました。
初めての取材。
今まで、
写真のことでは、
取材なんか受けたこともないし、
新聞に載ったこともありません。
そんなわけで、
緊張しつつも、
茨城新聞社の三富さんに、
初取材を受けたのです。
ちなみに
三富さんとも、
この後、長い付き合いになるのです。
今、この記事を見て、思い出したのが、
そういえば、
アメリカで撮影した写真、
初めてコンテストに出して、
関東の写真展でしたが、
すぐ銀賞もらったんですよね。
忘れてました。
まあまあ、すごいやん。
1996年当時は、
まだまだ、インターネットの無かった時代。
新聞は、各家庭で数紙取っており、
載ったことで、
まあまあ、色々な人から、
声をかけられることが多くなりました。
今だからこそ言えるのですが、
わざわざ、私に会いに、
うちのスタジオに、
写真を撮りに来てくれた女の子も、
いるくらい。
セルフイメージの低い私としては、
うれしいのですが、
ただ、撮影して、スルーしていました。
モテてたかもですが、
気が付きませんでした。
贅沢な話です。
そして、これをきっかけに、
今度は、
紙面での写真教室を
やってみませんか?
と言う話になり、
またまた、
こんな私でいいの??
と思いながら、
茨城新聞での
写真連載
"小貫久史のフォトテクニック"
が始まってしまったのです。
当時は、文章を書くのも、
超苦手。
こんな短い文章を書くのにも、
すっごく苦労して、
書いていたの覚えています。
こんな感じの記事
文章は、超下手くそですが、
まあ、よくがんばったわ。
この頃は、
コンピューターはあっても、
まだまだ、使えないので、
文章は全て手書き。
それを、三富さんに渡して、
文章校正をしてもらっていました。
まあ、
帰ってきたばかりだし、
まあまあ暇だったので、
できたんですよね。
今は褒めてあげたい!
と思っています。
でもって、
この話も、
まっきーと、メールで話していたら、
すごいじゃん!
と、めっちゃ褒めてもらったの覚えてるのです!!
昔の話を書いていると、
色々な旧友と連絡が取れたり、
まわりから、面白がってくれて、
楽しいですね。
ただ、まっきーが登場しないと、
アクセス数が落ちるのが、
なんとも、腑に落ちない。
そんなわけで、
今日は、久々にまっきー登場です。
ちなみに、取材されたり、
新聞での連載が始まったりと、
少しずつ、上向きになり始めてきて、
夏休みに、1週間だけ、
まっきーに会いに行ったのです。
茨城新聞に、私の記事が載り、
そして、茨城新聞に、
「小貫久史のフォトテクニック」
と言う連載が始まって、
なんとなく、いい感じになっていた頃、
まっきーに会いたくなり、
サンタバーバラに1週間、
行くことにしたのです。
サンタバーバラミッションの前で
久々の再会。
すでに、私は、㈱小貫写真館で働き始め、
まっきーは、
英語を教えるためのクラスを受講。
だったかな?
わずか1週間ですが、
3,4ヶ月会えてなかったので、
すごく久々な感じだったんですよね。
だいたい、
アメリカ留学していた人に聞くと
日本に戻って、
すぐにアメリカに行く人は少ないらしいです。
しばらくまっきーにあっていないとはいえ、
3,4ヶ月で、またサンタバーバラに行くのは、
今思うと、
えっ、そんなすぐ、また行ったんだっけ?
と思ってしまいますが、
自分なりには、
超久々に、サンタバーバラ に戻った感じでした。
とはいえ、
すでに、働き始めていたので、
まだ、新米で、ペーペーの私は、
そんなに休めるわけではなく、
5泊7日だけの、
ショートトリップ。
ただ、情けない話、
その時、サンタバーバラに行ったのは、
覚えてるんだけど、
何をしたかは、
全く覚えていないのです。
多分、
日本での話をしたり、
サンタバーバラでの、
マッキーの話を聞いたんだろうなー、
とは思う。
当時の私は、
日本に帰って、
地元では少し注目され始め、
写真業界では、
PGCと言う団体に入り、
楽しくなり始め、
まあまあ、
ポジティブでした。
写真も面白くなり始め、
どちらかと言うと、
恋愛よりも、
仕事の方が楽しくなってきた頃なので、
なんか、ギクシャクしていたような記憶が・・・
そして、
まっきーの帰国まで、
残り3ヶ月、
なのです。
あっ、書いていて思い出した。
アメリカに残りたい、
と思っているまっきーに、
帰ってきなよ!
と、言った気がする。
エミさんと、ワイナリーも行った!!
気がする。
でも、このあと、
年に数回サンタバーバラに行くことになろうとは、
まったく、予想もしていなかったのです。
写真の話と、
離れてしまいました・・・・
日本に帰ってきて半年、
PGCにも入り、
日本での写真撮影にも少しずつ慣れてきた頃、
10月末に、まっきーが帰ってくることになりました。
サンタバーバラのビーチにて
いよいよ、まっきーが日本に帰ってくると言うことで、
なんと、2泊4日で、
まっきーの手伝いやら、なんやらで、
サンタバーバラに行ったのです。
エライでしょ!
だって、飛行機と車で片道18時間かけてるんだから!
10月末の写真館の忙しい時期。
土日は、仕事があるので、
平日の4日をなんとか空けました。
よく行ったなー!
とマジで思います。
あいだねー!
今思うと・・・
あえて、ひらがな。
まっきーの手伝いと言っても、
とはいっても、
ほとんど、荷物は整理し終わっています。
まっきーの持っていた荷物も、
あげるものは人にあげて、
車も、後輩に売って、
あとは、家を出るのに、
きれいにして、出てくるだけ。
エミさんにもあいさつし、
あとは帰るだけ。
帰りたくなーい!
と、まっきー。
そりゃそうだよね。
小学生の頃から、
叔母と従兄弟が住んでいるLAに遊びに来ていて、
アメリカに留学したいと思っていた夢がようやく叶い、
4年半アメリカにいたのですから。
まっきーの夢は、
アメリカに住むこと。
それは、わかっているのですが、
大丈夫!また来ようよ!
と、私は答えます。
まっきーの悲しい気持ちには、
まったく寄り添えてなかったですね。
今思うと、
アメリカに住みたい、
アメリカに残りたい、
と言う気持ちがありながら、
私と、一緒にいたい
と言う、気持ちで、
日本に帰ってきてくれたんですよねー。
って、本人には聞いてませんが・・・・
そんなわけで、
日本ーアメリカの遠距離恋愛
から、
水戸ー千葉
になって、だいぶ近づき、
車で2時間の中距離恋愛がスタートするのです。
当時はまだまだ、
自分のビジネスをうまくいかせることしか、
考えていなかったので、
まっきーが日本に帰ってきた後も、
二人の間には、トラブルがつづくのです。
でも、
今の私の思い、
”写真を通して、幸せを伝える”
と言うベースは、
ここにあるんですよね。
アメリカでの思い出↓
大好きなラスベガス
まっきーのルームメイトと
グリフィス天文台
シアトル
ヨースケと
ハワイにて
ヨセミテN.P.
サンタフェにて
つづく
幸せになる写真撮りたい方、
BLISSまたは、
パセオヌエボまで、
お問い合わせください!
最後まで、お読みいただきありがとうございました。




















