こんにちは、フォトグラファーの森藤ヒサシです。
子供ができるって、
すごく不思議な感覚ですよね。
今まで、2人きりの生活だったのが、
ガラッと変わって、
子供中心の生活になっていきます。
無事に泰夢が生まれ、
生活が変わっていくのですが、
この泰夢が生まれる2ヶ月前に、
実は、初マラソンを走ったのです。
泰夢が生まれる前、
よく、まっきーと二人で、
水戸の行きつけの飲み屋に行ってました。
スケアクロウと言うバー、
えんやと言う居酒屋、
この辺りがメイン。
カウンタータイプのお店が好きで、
マスターと話しながら、
おいしい食事を食べながら、
ワインや焼酎を飲む。
そんな感じ。
2004年10月頃
いつものように、
"えんや"に行って、
おいしい魚と、焼酎を飲みながら、
マスターや常連さんたちと、
話していました。
その時に、
なぜかホノルルマラソンの話になり、
来年のホノルルマラソン行くから、
小貫くん(本名)も一緒に行こうよ!
と、マスターに言われたのです。
私も飲んでいるので、
いいねー、いきたい!
と言いました。
来年まで、
まだまだ日程があるし、
一度ホノルルマラソン行ってみたいと思っていたので、
ちょうどいいと思ったんですよね。
マスターはさらに、
来年の2月に、
地元の勝田マラソンがあるから、
そこで、練習をかねて走ろうよ!
と、2月のフルマラソンにも、
誘われたのです。
心の中では、
スポーツクラブで、
5kmくらいは走っているけど、
42,195kmなんて、
絶対無理!!
と思っていました。
勝田マラソンは、
10kmのエントリーもあると言うので、
10kmならば走れるかな?
と、答えました。
すると、隣にいたまっきーが
はー!(あきれた声で)
せっかく走るなら、
そんな甘えたこと言ってないで、
フルにしなよ!
と、言ってきたのです。
えー、まじで!!
じゃあ、フルマラソンにエントリーするわ!
と言うことで、
来年2月のフルマラソンにエントリーしたのです。
まあ、30kmくらいで、
リタイアしてもいいしね!
と言ってたら、
またまた、まっきーから、
最初から、リタイアするつもりで走ってどうするの!!!
と、喝を入れられたのです。
すでに妊娠していたまっきー、
母は強いねー。
と、改めて思うのです。
毎日が忙しく、
ほとんど練習ができないまま、
2005年になってしまいました。
正月も7日をすぎた頃から
練習を開始します。
最初は、3kmでいっぱいいっぱい。
その後、毎日少しずつ、
走る距離を伸ばしていきました。
1週間も経つと、
10km、
2週間経つ頃には、
15km走れるようになっていたのです。
面白いですね。
毎日走っていると、距離も伸びるんですよね。
自分の中で、少しずつ自信が出てきて、
このままうまくいけば、完走できるぞ!
と思いはじめました。
そして、
勝田マラソンの当日を迎えました。
初マラソン。
超ドキドキです。
実は、自分の心の中で、
願掛けをしていました。
赤ちゃんが、
無事で生まれてくるように!
完走できたら、
絶対、大丈夫!!
そんな思いを持って走ったのです。
初マラソンなので、
アドレナリンも出まくり、
30kmまで、2時間30分のハイペース。
もしかして、これはサブ4出ちゃうかも!!
そんなことを思っていたら、
急に足が痙攣し始めました。
一度足が痙攣すると、
もう大変。
歩いても座っても、
痙攣しっぱなしで、
痛くてしょうがありません。
せっかくここまで、
いい感じできたのに、
ぜったりリタイアしたくなーい!!
自分で願をかけたことを思い出しながら、
痛くても、一歩一歩進みます。
前に進んでいけば、
いつかは、ゴールにたどり着ける!
そう思いながら、
歩いていると、
少しずつ走れるようになってきました。
でも、無理をすると、
またすぐに痙攣してしまいます。
この後の10kmは、
長かったーー!
辛かった!!
絶対、完走して、
赤ちゃんが無事に生まれてくるようにするぞ!!
頭の中で、必死に考え、
一歩一歩前に進み、
なんとか、ゴールできたのです。
初マラソン、
4時間6分!!
よくがんばりました!!
このマラソン、
めっちゃ勉強になりました。
一歩一歩あきらめずに進んでいけば、
いつかはゴールにたどり着ける!
色々なことを体で学べるので、
経営者で、フルマラソンを走るのが好きな人が、
多いんですよね。
私も、この後、毎年
フルマラソンを走るようになるのです。
そして、
願も叶い、
4月22日、
無事に泰夢が生まれてきたのです!!
よかったよかった!
泰夢(たいむ)が生まれて、
ライフスタイルが、
外食中心だったのに、
家で食事をすることになりました。
そりゃそうですね。
よかったのは、
自宅(3F)と、仕事場(1F)が同じ建物内だったので、
何かあると、すぐに自宅に戻れて、
子供の面倒を見れること。
そうそう、
大変だったのは、
泰夢を生んだ当初、
まっきーがうちにいなかったこと。
うちの経理をやっていたので、
それを変わりでできる人が、
いなかったんですよね。
私じゃ無理ですし。
そんなわけで、
子供を産んで、2週間少しで戻ってきて、
すぐにまっきーは、働き始めました。
今思うと、
大変なことさせてたね。
今日は、お宮参りのお話です。
相変わらず、何かやらかしてくれます。私。
明治神宮にて
自分の子供って、本当に可愛いんですよね。
今見ると、
こんな寄り目で、可愛い句も感じないのですが、
他の子供に比べて、
うちの子供はなんて可愛いんだろう
と思っていました。
まじ、親バカです。
他の親も、そう思っているんでしょうね。
この頃、たくさんの友人が、会いにきてくれていました。
ありがたいですねー。
うちは、写真館なので、
生まれて30日には、
自分のスタジオでお宮参りの写真を撮りました。
この辺は、なんかお得な感じ。
こんな感じの写真
もし、今だったら、
ニューボーンの撮影ができたら、
よかったなーなんて思っています。
お宮参りの撮影は、
基本的に赤ちゃんを起こして撮影します。
泣いていたら、
超大変。
実は、重労働な撮影。
ニューボーンの撮影は、
生後2週間くらいで撮る
基本的には、寝ている赤ちゃんを撮影。
逆に起きていたら、
寝かせなければならないので、
これもまあまあ大変なのです。
最近は、赤ちゃんが生まれても、
写真スタジオで、写真を撮らない人も増えていますが、
絶対、写真を撮っておいた方がいいです。
赤ちゃんは、1日1日、目に見えて成長します。
オススメは、
マタニティを撮って、
ニューボーンを撮って、
100日記念を撮影すること。
最近は、みんなオシャレに撮影してくれるので、
部屋に飾っても、おしゃれなインテリアにもなりますよ。
そして今度は、
泰夢が生まれて2ヶ月が過ぎようとしている頃、
神社にお宮参りに行こうと言うことになりました。
うちは、水戸なので、
通常であれば、
水戸の神社にお宮参りに行くのですが、
私たちが結婚式をあげた、
明治神宮でお宮参りをしたいと思い、
わざわざ、明治神宮で、
お宮参りをしました。
実は、お宮参りに行く2日前、
なんと、ぎっくり腰になってしまったのです。
人生初のぎっくり腰。
会社のエレベーターから降りようとした時、
鼻がムズムズとして、
くしゃみをしたら、
腰が、ガクッと落ちて、
立ち上がれなくなってしまいました。
エレベーターから、
なんとか這い出したのですが、
あまりの痛さに、
動くことができません。
そのあとは、
寝ても痛いし、
座っても痛い。
腰って、こんなに使っていたんだと、
改めて、理解します。
腰は、にくづきに要、
と書きますよね。
確かに体の要だわー。
と、身に染みて実感。
鍼灸に連れて行ってもらい、
2日寝込み、
東京までは、まっきーに運転してもらい、
なんとか、明治神宮にたどり着きました。
お参りの間、
椅子に座っていても痛いし、
最悪でした。
よりによって、
お宮参りの時に、
ぎっくり腰にならなくてもいいやん!!
と思いながら、
なんとか、
両家の両親も揃い、
無事に、
お宮参りが終わったのです。
いやー、キツかった。
とりあえず、
子供の誕生のお祝いを、
両家の両親と一緒に祝えて、
ひとまず安心。
なのでした。
泰夢が生まれ、
お宮参りも終わった頃、
いつも行っている、
サンタバーバラに、
家族一緒に行こう、
と言う話になりました。
一般的に日本では、
赤ちゃんの頃から、
海外旅行に連れて行く人って、
少ないんじゃないかと思います。
私がアメリカにいた時、
赤ちゃんを連れて、
飛行機に乗っている人はもちろん、
旅行している人、
山登りをしている人など、
たくさんの、
赤ちゃん連れの家族を見てきました。
欧米の人は、
赤ちゃんだろうがなんだろうが、
家族一緒に旅行に行くのが、
普通なんだな、
と、感じていました。
さらに、
その際、
お父さんが、赤ちゃんを抱っこしていることが多く、
海外でのお父さんの役割と、
日本でのお父さんの役割の違いに、
ギャップも感じていたんですよね。
私は、小さい頃から、
父親には、あまり育てられなかったと言うか、
父親があまり家にいなかったと言うか、
生まれた頃の話↓
なので、
父親が、こんなにも赤ちゃんの面倒を見るのか、
と言うことに対して、
驚きでもあったのです。
そして、
私も、父親になったら、
できるだけ、赤ちゃんと一緒にいたい、
と思っていました。
私自身、
泰夢が0歳の時は、
相当面倒を見たつもり。
一緒にお風呂に入れたり、
おむつを変えたりしたのですが、
実は、まっきー的には、
あまりやっていない、
と言うことになっています。
まあ、日本人のアンケートでも、
イクメンの男性の人に対して、
"どのくらい、家事を分担していますか?"
と聞いたところ、
5:5くらいかな、
と答えています。
でも、その奥さんは、
2:8もしくは
1:9くらいしか、
やってくれていない、
と答えるのを見たことがあります。
男性が、自分は相当子育てを手伝っていると思っても、
奥さんの方が、実際は大変なので、
あまりやっていないと思われているかもしれません。
とは言っても、
私も、だいぶ面倒見たと思っているのですが・・・・
話が、少し脱線しました。
そんなわけで、
泰夢が4ヶ月の頃、
早くも、サンタバーバラに
連れて行ったのです。
多分0歳で、
2回、連れて行っていると思います。
まずは、サンディエゴで、
サンタバーバラで一緒だった、
ミッキーファミリーのところに遊びに行き、
同じ歳の子供同士の初対面。
そして、サンタバーバラで、
エミさんファミリーと会って、
タイムを初お披露目。
まっきーがベビーシッターをしていた、
クリスとニックも、
めっちゃ大きくなっていてびっくり!
うちらの大好きなバタフライビーチにも行って、
大満足!
と言うのも、
両親がただ満足していただけ。
当のタイムくんは、
まったく覚えていません。
ただ、
こうして、
写真がたくさん残っているのって、
子供が覚えていなくても、
後々、いい思い出になるので、
本当によかったなと思うのです。
でもって、
帰りの飛行機の中!!
タイムくん、
やってくれました。
大きいのを!!
替えのおむつを
余分に持ったはずなのですが、
足りなくなるどころではなく、
ベビー服まで、
大変なことになってしまったのです。
タイムは泣くは、
うんち臭いわ、
私は、飛行機のトイレの中に、
タイムを連れて、
30分以上、格闘したのが2,3回。
タイムを自分のジャケットにくるめて、
なんとか、落ち着くのを待つ。
そんな状況でした。
でも、それも
今となってはいい思い出。
そう言う、トラブルがあったからこそ、
それが思い出にもなっているんですよね!!
つづく
森藤ヒサシストーリー
3アメリカ編その2(ニューヨーク&エミさん)
4アメリカ編その3(ナショナルパーク編他)
13泰夢誕生
幸せになる写真撮りたい方、
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最後まで、お読みいただきありがとうございました。























