ミツバチ生活への道~英会話・音楽ライブ・映画~ -37ページ目

受けてきました!TOEICテスト!

この2ヶ月間、勉強しない割には気にしていたTOEICテスト。

無事に受験してきました。


前日になって、受験票の[携行品]の欄にある腕時計に気がつきました。

我が家には、まともに使える腕時計がない!

近所の雑貨屋さんに行ったけど、ありませんでした。

「この前まで置いてましたけど、今はないんですよ」

やっぱり、需要が確実に減っているんだ!


『駅前の時計屋さんに行くのは面倒だなぁ。それに、試験会場は大学の教室だから、掛け時計ぐらいあるはずだし』

と、怠慢な発想。

『明日博多駅で適当に買えばいいや』


もともと博多駅には、早めに行く予定でした。

だって、試験の受付は[11時30分から12時20分]

私はいつ、お昼ごはんを食べればいいの!?

そんな中途半端な時間に、呼びつけないで欲しいよ!


仕方ないので、朝を軽めに食べて、博多駅で11時ごろお昼ご飯を食べる計画でした。

そのために、駅での時間を40分とっていました。

でも、時計をあれこれ見ていたら、残り時間が10分。


あーあ、今日はお昼抜き!?

と、思いつつもお弁当屋さんの前にふらふらと行き、おにぎりを2個買ってしまいました。

飲み物は、緑茶。

しかし、こんな物買っちゃって、どこで食べるつもりなんでしょ、私。

バックに放り込んでとりあえず電車に乗りましたが、試験会場でバックチェックでもあったら恥ずかしい。


でも、それは杞憂というもの。

試験場最寄の駅で降りてみると、皆さん手に手に食べ物の袋を持っていますよ。

大学の各所で、ランチ中。

ゴミも分別して捨てるように、大きなゴミ入れが用意されていました。

考えることは、誰しも一緒なのですね。

ヒアリングの試験中に、お腹がグーなんてなったら、最悪ですから。


12時20分から、試験に関する説明がありました。

その中で、「えー、知らなかった」と思ったのが

問題用紙に書き込んだり、印をつけたりしてはいけないんですって。


私はリーディング問題では、英文のポイントとなりそうな単語をペンシルで囲んだりして、目立つようにしています。

日本語は、表意文字の漢字と表音文字の平仮名が、絶妙のバランスで配置されています。

でも、英語は読みなれていないせいか、せっかく見つけていたポイントの単語も、どこに行ったかわからなくなることが、しばしば。

以前、英検の勉強をしていた時に会得したコツ。

英検のリーディングの方が、長くて難しいですし。

ちょっとあせりましたね、いきなり「問題文に書き込んではいけません」なんて言われて。


試験は、1時から3時まで。

2時間あっという間で・・・つまり、時間が全然足りませんでした。

最後のPartⅦは、半分しか進めませんでした。

まあ、予想は出来ていましたが・・・。


ところで、11時半から受付で3時に終るなんて、時間が中途半端ですね。

せめて、1時に受付で4時半に終ると、お昼ご飯が食べやすいんですけど。

でも、帰りに駅へ向かう人の群れを見て、思いました。

『中途半端な時間だからこそ、他の電車利用者にかける迷惑が少なくて済む』


平日に街中で運転していても、11時半から12時半ぐらいは道が空きますね。

あと、3時ぐらいも一番混んでいないかな。

そう考えると、人が大量に集まって、同時に大量に電車に乗って帰るTOEICテストは、絶妙の時間設定といえますね。

私のお昼ご飯ぐらい我慢しなきゃ。

(それに、おにぎりは食べたはずだぞ!)


それから、時計は教室にちゃんとありました。

でも、主催者側としては、時計があるかどうか断言できないし、故障や遅れていても責任がとれないですから、各自で持ってきてもらうのが、一番安心確実。

次回は、4月に受ける予定です。

今日買った時計も、せめて年に2回は使わないと。


結果は[試験日から30日以内に受験者本人宛てに親展封筒で発送いたします]

だそうです。

結果がわかったら、ブログでご報告するつもりです。

『ウォリーを探せ』みたいに、出来るだけわからないように工夫して書きますけど(笑)

意外なもの

明日はいよいよTOEICテストの日です!

申し込みをして、最初は張り切っていたのですが、後はだんだんと・・・。

私らしい展開です。

まあ、こんなものでしょう。

でも、今後も定期的に受け続けようと思っています。

子供たちが家にいるのに、自分の都合で敢えて出かけるというのは、私にとって画期的な出来事ですから、子離れプロジェクト的には、大いに健闘していると言えるでしょう。


そういえば、娘が先日受けていた英検3級の2次試験、合格しました。

いやいや、何がどうなるかわかりませんね。

面接での自己紹介で「Me name is ~」 と言ってしまったという娘の報告を聞いて、100%不合格を確信していました。

「次は1次が免除になるらしいから、それだけでも良かったじゃない。

今度は、早く申し込んで近場で受験してね」

と、親子ですでに次回の面接に照準を絞っていました。


やはり、「宝くじも買わなければ当たらない」

英検もとりあえずうけてみないと、合格しませんね。

最近、娘には教えられることばかりです。


近場での受験といえば、私も試験場が遠いので憂鬱になっていました。

ところが、詳しく調べてみるとそれ程でもありません。

博多駅からJR九州の電車で15分。

な~んだ。

当日は本を数冊もって、旅行気分で行こうかと思っていたので、逆にがっかりしています。


近頃、本を読んだりビデオを見る時間が極端に少なくなっています。

ブログを書き始めて、PCの前にいる時間がとても長くなってしまいました。

以前は、英語の勉強道具としてPCを使うだけでしたからね。


昨日は疲れていたので、お昼寝がてら本を読んでのんびり過ごしました。

『ぐうたら生活が、やっぱり合ってるな』なんてぼんやり考えながら。

その読む本が、英語のペーパーバックになる日がいつかくるのでしょうか・・・。


今日は打って変わって、しゃきしゃきバージョン。

『TOEICテスト文法・読解練習問題300問』(桐原書店)

というのを、夕べからやり始めています。

そう、もっと早くやる予定だったのですが・・・。

まあ、次回に備えてと考えると、『先んずれば人を制す』と自慢したくなるほどの、好スタート!


それから、持って行くものを受験票で再チェックしていたら

[腕時計(教室内には時計を設置していませんので、かならず腕時計をお持ちください)

 携帯電話・置時計を時計として使用することは禁止しています]


えーっ! どうしよう!

最近腕時計なんて、全く使っていません。

探してみたら、案の定電池切れで止まっています。


日常生活では、出かけるときも携帯さえあれば腕時計は必要だと感じません。

皆さんもそうじゃないですか?

・・・あれっ、時間に無頓着な私だけかな!?

少なくとも、我が家ではそう。

だから、なんとか使える腕時計を探し出すのは至難の業。

最悪の場合、買わなきゃ。


置時計。

まさか、デッカイやつを持っていくひともいないでしょうが、私は一瞬考えました。

旅行に持っていく、ミニ置時計。

それさえも、禁止するなんて!

TOEIC運営委員会は、腕時計業界の回し者かも。

再会

昨日は大学時代の友人、由香と天神で待ち合わせをしていました。

2ヶ月ぶりに福岡に来るので、「またランチでも」ということになったのです。

おまけに、今回はケイちゃんも一緒だとか。

ケイちゃんと会うのは、5年ぶりです。


ケイちゃんは由香の幼馴染で、専門学校を出たあと歯科衛生士をしています。

当時は、私と由香はまだ学生で、ケイちゃんは先に社会人になっていましたが、それはそれで楽しくて仲のいい遊び友達でした。


待ち合わせたソラリアプラザで、2人の顔を見るとすぐに

「ねえ、ねえ、ランチどこがいい?」

と食い気に走る私。


そんな私に、2人は

「ちょっと、待って!」

そして

「○○君と連絡ついた?」

「電話しようと思ってたけど、まだ」

そう言い合うと、おもむろに携帯を取り出してどこかへ電話。

「お久しぶり・・・そう・・・突然ごめん・・・へぇ、そうなんだ・・・じゃ、お家の方にお邪魔するね」


「そういう訳で、○○君の自宅に遊びに行くことになった。tomatomaも来るでしょ」

○○君、懐かしい名前です。

彼は、中州のお店で知り合った、常連さんつながりの、言わばケイちゃん、由香の元遊び仲間。

私も、数回会ったことがありますが、あまり印象に残るタイプではなかったです。

強いて言えば、そのお店に来る男性は、スーツ姿のサラリーマンが殆どだったのに、彼はいつもスニーカーにジーンズだったのが、記憶にあります。


とりあえず、今回はスニーカー君と呼ばせていただきましょう。

そうそう、私達は気安く「君」付けで呼んでいますが、実は3歳年上。

その頃は、設計事務所に勤めている、設計士さんでした。

とても可愛くて、お姉さま方に人気。

それで、つい私たちまで「君」呼ばわり。


そのお店は、中州の第1ラインビルに入っていました。

女子大生だった私が、中州で遊びまわる・・・

いつもブログを読んでくださっている方は、とても意外な一面だと思われていることでしょうね。

そうなんです。

本来の私は、どこにも出かけず家で本を読んでいるのが、一番好きです。

でも、当時は今までの自分がやりそうにない事をやって、「正反対の私」になりたかったのです。

例の、失恋事件事件(『テント芝居』 参照)で、自分を嫌いになってしまい、必死で模索していました。

中州のスナック

ディスコ

合コン

今考えると、発想が貧弱ですね(笑)


そのお店は、知り合いがバイトをしていて、私たちが遊びに行くと全部コミで2200円でした。

当時、天神でも、女の子のチャージが3000円でしたから、破格でしたね。

よく通ったディスコ『カルチェラタン』が、確か2000円だったから、ディスコに行く感覚で通ってました。

実際、狭いお店だったのですが、カラオケを歌う人は滅多にいなくて、いわゆるディスコサウンズをかけては、皆で踊っていました。


ディスコも、福岡にあるお店は一通り行ってみました。

でも、結構疲れますね。

「20歳の老体には無理!こんなの高校生の遊びだわ!!」

と、本気で思ってました。

大体、人前で踊るなんて大嫌いなんですから。


合コンにも1度だけ行ってみました。

そう、いつもの私なら無理なこと。

男の子にお説教始めて、全引きでしょう。


だけど、いつも「黙ってさえいれば、何とかなるかもしれない」と言われてた私。

「そうなの?すごい!面白い!」

の3語に限定して、出来るだけしゃべらないようにしていました。

『合コン3ヶ月』と言うそうですから、半年もったのはかなりの健闘と言えるでしょう。


そんな生活が、1年近く続きました。

退屈。

それに、どう自分を変えてしまおうとしても、自分の『核』は変えようもないと悟りました。

『核』が、徐々に本来の自分を主張し、「改造計画」はあえなく失敗してしまいました。

それで思い立って始めたのが、『テント芝居』 でお話しした、演劇体験だったのです。


話はすっかり、スニーカー君からそれてしまっていましたね。

彼は、そんな「私じゃない私時代」に、何度か顔を合わせたことがある人でした。

スナックに通わなくなっても、お店のソフトボール大会やクリスマス会、果ては友達で集まっての鍋パーティなど、美味しそうなものがありそうな時には、敏感に嗅ぎつけて参加していました。


遊び仲間の中からカップルが誕生し、由香やケイちゃんは結婚式に出たりして、その後も交流があったようです。

そう言えば、5年前ケイちゃんと会ったときも、「この後、スニーカー君のお店に行く」と言っていました。

彼はその頃、独立してフリーで店舗の設計などを手がけていました。

さらに、「手作りの品」のお店を1階に、2階が事務所と住居という、生活を始めていたそうです。


どうやら、ケイちゃんにとって福岡に来たら私とランチ、その後スニーカー君を訪ねる」はセットになっているようですね。

そんな訳で、冒頭のスニーカー君への電話となったのでした。

ところが、お店を出していた建物が老朽化で取り壊されることになり、逆に近くに家を建て、流行の住宅店舗を計画しているとのことだったのです。


敷地内に事務所も建てているから、今回はそこに訪ねて来て欲しいとのこと。

しかも、3時には出かける予定があるので、早めに来てもらいたいとか。

かくして、「tomatomaも一緒に来ない?」になったのです。

私も、突然の成り行きにびっくり!

けれど、スニーカー君のその後を見るのも、ちょっと面白いかもと、ついて行きました。


事務所はステキな建物でしたよ。

彼のテーマは『和』だそうです。

「今は佐賀で築200年の家の改築をプロデュースしている。その後は、京都で店の設計を頼まれているんだ」と、語っていました。


由香やケイちゃんは「5年前に会った時も、若い頃とちっとも変わっていなかったけど、今度も全然変わらないよ」と、口々に驚嘆の声をあげていました。

え~っ、うそっ!

全然変わっているよ!

思ったことは、すぐ口に出してしまう私。

「そうかな、凄く変わった・・・ぼんやりとしたイメージでしか覚えていなかったけど・・・」

その言葉を聞いた、スニーカー君

「うん、僕もtomatomaさんのこと、はっきりとは覚えていなかったけど・・・」


その・・・の部分は何よ!?

あえて言葉にしないスニーカー君、大人になりましたね!

そして、昔のように逐一追及しない私もまた、大人の女。

今日の英会話レッスン

今日の午前中は、英会話教室でした。

今週のイディオムは、a blessing in disguise   悪そうに見えて実はありがたいもの

このお題で小噺を作らなきゃいけません。

意外に難しいですよ、とっさにはうまい話が出てきません。


こういう時の、1番バッターは常に私。

どうせ話に内容がないなら、スピード勝負!

そういえば、友達で中小企業の社長夫人がいます。

社長夫人と言っても、事務を一手に引き受けて頑張っています。

彼女いわく「予算をかけられないから、お中元、お歳暮はどこよりも早く届いて、目立つようにしている」


ほう、そういうものですか!

その例に倣って、小噺の一番手をかってでます。

今回は、娘の塾をネタにしました。


実は今年の春休みから、塾を代わりました。

前の塾も、娘が友達に聞いて行き始めたところ。

先生が、すごく良かったです。


聞き上手!

月に1回、個人面談があるのですが、もう愚痴の聞き役に徹しています。

60分のうち、娘に関する話は5分位で、後は息子の愚痴を聞いてくれ、私にとってはストレス発散のl貴重な場所。

それを、代わりたがるなんて、なんてヒドイ話!


私は反対しました。

それまで週2回だったのに、今度のところは週4回。

1日おきに行くような感じです。

そんなスパルタ塾は、のんびり屋の娘に合うはずがありません。

かえって逆効果では?


でも、結果的には本人は嫌がりもせずに通い、成績も上がってめでたしめでたし。

ちょっとこじつけだけど、a blessing in disguise  

SOCIAL DANCINGさんは、さすがでした。

例として、沖縄にとっての台風をあげていましたよ。

おお、まさにa blessing in disguise !

沖縄はいつも台風の被害にあって、住民の皆さんはさぞや台風を恨んでいるだろうと思いきや、そうでもないみたいですね。

以前、旅行に行ったときタクシーの運転手さんに話を聞いたのですが

「台風の被害より、水不足のほうが深刻」

雨を運んでくれる台風は、ある意味ありがたい存在だとか。

それに、台風に対する備えは常に考えられていて、数年に1度しかこない福岡などに比べ、台風対策システムが完全に出来上がっているようですよ。


先生のベンからの質問は、日本語で同じような表現があるかどうか。

ぴったりではないけど「案ずるより生むが易し」

その言葉から、出産の話へと発展しました。


出産なら任せておいてください。

私は、初めての子供でも2時間、2番目の娘にいたっては分娩台に乗った瞬間に生まれちゃいました。

そう、つわりもなく、妊娠中も健康そのもの。

密かに、代理母が私の天職かもしれないと思っています。

タバコはすわないし、お酒だって飲まなくても全然平気!


でも、自分で生んだ子供は、たとえ他の人の遺伝子を受け継いでいても、手放せないだろうなぁ。

泣いて大騒ぎするだろうし、しつこく様子も見に行ったりするだろうから、メンタル面で失格!

それから、話題は子離れへ。

欧米では、赤ちゃんのうちから1人で夜別の部屋に寝かせると聞いていましたが、ベンの場合はどうだったか聞いてみました。

すると、やはりベビーベットで1人寝かされて育ったらしいです。

我が家は、小3で子供部屋に1人で寝かし始めるのを目安にしていました。

息子のときは、嫌がってなかなかうまくいきませんでした。

ある日、私に叱られてて

「お母さんなんか、大嫌い!

もう、僕は1人で自分の部屋に寝るから」と、急遽独立宣言。

それで、なんとか独立できました。

娘は、「早く1人で寝たい」と要望があがり、小3になる前に自分の部屋で寝始めましたね。

このあたりからも、自立、独立の違いが現れるようです。

日本の育て方がいいのか、欧米がいいのか。

習慣、及び住環境に違いがありますから、一概には言えませんね。

ベンに意地悪な質問をしてみました。

「もし、日本女性と結婚して、赤ちゃんの育て方で意見の相違が出たらどうする?」

「・・・・・」

真剣に悩む、ベン。

いいんですよ、そんなに深く考えなくても。

まずは、ガールフレンドをどうやってゲットするかが、当面の問題でしょ!

来年度の抱負

やっと今年の前半が終ったばかりだと言うのに、気が早すぎますかね、『来年度の抱負』だなんて。

でも、人間は現状がつらいと、つい未来に夢を馳せてしまうものです。

今の私の、何がつらいかって?

それはもう、子育ての悩みから、切ないラブストーリーまで(←単にビデオを見て共感してるだけですけど)


本当のところは、やっぱりPTA委員の仕事がきついかな。

専業主婦ということで、ついつい昼間の仕事は全部引き受けてしまうので、学校に頻繁に行くことになってしまいます。


仕事を持つ主婦 VS とりあえず家で雑事をこなしている主婦。

小学校低学年の時のPTA委員決めでは、これが対立の構図でしたね。

あと、下に小さな妹や弟がいるかも、微妙に絡んできて。


高学年から中学校になると、仕事をしているかどうかなんて、全く聞かれません。

主婦も仕事をしているのは当たり前という前提で、後は「いかに自分は委員が出来そうにない状態か」をアピールできるかに、かかっています。

このあたりの、激戦ぶりは『女たちのジハード』 でお伝えしていましたね。


すったもんだのあげく、委員会が動き出してみれば、同じ学校に通う子供を持つ同世代の集まりですから、それなりにうまくやっていけます。

私などつい「それは私がやっておきましょう」を連発し、仕事を抱え込んでしまうのです。

でも、『どう考えてもほかの人より暇だしな』と思って、引き受けてしまいます。


おかげで、思った以上の忙しさですが、それがいい面もあります。

子供たちにとって私は、『いつも家にいて、自分たちの生活を快適にしてくれる存在』でした。

春休み、夏休み、自分のお稽古を全て休み、24時間フル稼働の季節労働者として、頑張り続けてきました。

ところが、中学校のPTA委員会は情け容赦なく夜の集まりがあるのです。

何かの行事を計画すると、定例会以外にも頻繁に集まらなくてはいけません。


「我が家ではとても無理」

最初はそう思った私ですが、やってみるとそれは全くの杞憂。

なにしろ、中学生と高校生ですからね。

世間一般の常識から考えたら、とんだ過保護親なのでしょう。


いい傾向です。

この状態を維持して、親離れ、子離れを遂行しなければいけません。

そう、来年度の計画を立てても、ちっとも気が早くないですよ。

PTA活動に変わるものを見つけておかなければ、逆行の危険があります。


1番にやりたいのは、バンド活動のための準備。

今のレベルでは、組んでくれた人に迷惑ですから、曲を沢山練習しないと。

実際にどうやってメンバーを見つけるかも、問題ですね。

とりあえず考えているのは、ネットの掲示板かな。


それからもう1つ。

実は、「ぜひ参加してください」と誘われていることがあるのです。

私が英会話教室に通っているのは、いつもお話していますが、大胆にも上級クラスに行っています。

そこの中級クラス6名は、ステキなレディの集まり。

平均年齢65歳だそうですが、どの方も若々しく生き生きしています。


その美女軍団のなかでも、とりわけ冴えていて、皆に一目置かれている方がいます。

ここでは、仮に冴子さんとお呼びしておきましょう。

彼女は、「70歳をとっくに越しているわ」とおっしゃいますが、どう見ても60歳前後。


その冴子さんは、図書館の点字ボランティアを長年やっています。

今は、視覚障害のある大学生のサポートグループに属していて、英語の点字に取り組んでいらっしゃるそうです。

どうやら、私の母校の英文科、つまり後輩のために頑張ってくださっているようです。


「先生によっては、資料を早く渡してくれないから、徹夜作業になることもあるのよ。

tomatomaさんみたいな方に、ぜひ活動に参加してほしいわ」

私みたいな人!?

見るからに暇そうで、大昔とはいえ同じ英文科を卒業し、今は大胆にも上級クラスの英会話教室に通っている。

条件はそろっていますね。

でも、致命傷が・・・。

英語の読み書きに、全く自信がないのです。

そのことは、TOEICですぐに客観的に証明してごらんにいれますが。


「実はPTA委員の仕事が忙しいので、それが終わりましたら考えさせていただきたいです」

と、お返事しておきました。

まさか、上級クラスで、「読み書きできません」とは言えませんものね(汗)

でも、70歳を越している方が後輩の為に徹夜をされているのは、かなり申し訳ないと思っています。


そう思いながら、日々を過ごしている私に、最近印象的な出来事が2つありました。

1つ目は、ステキなギタリストを知ったこと。

私がいつも行っている『蟹W』の常連さんの、フィリップさん に教えていただいた田川ヒロアキさん 。

「先天性の視力ハンディキャップ」とプロフィールに書いていらっしゃいますが、音楽的にはもう何のハンディも感じさせません。


息子も田川さんのHPの音源を聞かせてもらい、感銘をうけています。

最近我が家では、田川さんブーム。

何かにつけ「そう考えると田川さんってすごいよね」のセリフが飛び出します。


もう1つの出来事はorange2004さん のブログを読んだこと。

たまたま、こりんごちゃん のブログで見かけて読ませてもらうと、もうはまっちゃいました。

この3連休にやっていた事といえば、彼女のブログを最初から読む事でした(笑)

そこに、「対人支援」という言葉が頻繁に出てきます。

そのたびに、冴子さんを思い出してしまいました。


私にも、何か出来ることがあるかもしれない。

正直に「英語の読み書きは苦手で、点字なんか日本語も出来そうにないです」

と、言っちゃいましょう!

私にも出来る仕事、例えば重いものを持つとか、お使いに行くとかの仕事があるかもしれません。

そうしたら、沢山の田川さんに出会えるでしょう。

実は・・・

実は、来週の日曜日がTOEICテストです!

受験を思い立ってから、あっという間の2ヶ月間でした。

振返ってみると、本当にいろいろなことがありました。

しみじみ。


おっと、じみじみしている場合ではありません。

『今のあるがままの実力で受けよう』

と開き直ってから(汗)、だいぶ落ち着いたのですが、1つ憂鬱なことが。

本屋さんでTOEICの申し込みをするのは早い時期だったのですが、実際に申し込み用紙に書き込んで送るのがギリギリになってしましました。

そのせいかどうか、試験会場が自宅からとても遠いのです。


福岡市内ではありますが、日常生活では全く行かない、私のテリトリー外の所です。

車で行こうか、電車で行こうか思案中。

都市高速を使えば、思ったより近いかも知れないし・・・。

後で、ナビに相談しておかなきゃ!

話しは変わりますが、以前『田舎暮らし』 でご紹介したニワトリ、実は今も健在です!!!

毎朝元気に鳴いています!

どうやら、一時間おきに鳴くようで5時台、6時台、7時台とそれぞれの生活ペースに合わせた利用ができるように、工夫されています。


あっ、もしかしたら4時台にも鳴いているのかもしれませんが、毎晩12時ぐらいに寝る私は、5時のお声がけで目を覚まします。

そう、6時にセットしている目覚まし、この17日間一切役にたっていません。

起きる予定の1時間前に、ニワトリさんが・・・。


最初の日に危惧したように、やはり息子の苦情の声が高まっています。

娘は気がついてはいるのでしょうが、全く意に介していません。

それとも、夜遅くまでPCで遊んでいるので、起きるギリギリまで熟睡していて、実は知らないかも。


それにしても、誰が何のために飼っているのでしょうか。

私の住んでいる所は[田舎風]とはいえ、それはあくまで[風]であって家は密集しています。

けして野中の一軒家ではありません。


おまけに、卵の値段は安いです。

物価が異様に安いところなのです。

ここに引っ越してくるまで、中央区の薬院に住んでいました。

主婦業をそこからスタートさせたので、私の物価に対する感覚は薬院が基準になっています。


当時住んでいたマンションの近くには企業の社宅が多くて、公園でお友達になった方も東京からの転勤族の人が殆どでした。

特に、国家公務員官舎。

今はどうかわかりませんが、その頃は「地方1年、東京2年、時々海外赴任のローテーション」だと言っていました。

「私の人生は、引越し荷物を詰めたり出したりで終っていく」と、どの方も異口同音に嘆いていました。


東大卒、大蔵省(現・財務省)勤務。

聞こえはいいですが、そういう人の奥さんも結構大変です。

結婚したてで、地方の税務署長夫人。

結婚式の仲人を頼まれ、新郎新婦より仲人夫婦の方が年が若いという場合も、珍しくなかったそうです。


それから、彼女たちには共通点がありました。

それは、1度も仕事をしたことが無いこと。

大学卒業前に結婚が決まるので、社会に出るチャンスを逃してしまうそうです。

ですから、結婚しても頻繁な転勤のせいもあり、働いてみようという勇気も出ないそうです。


男性にとって理想的といえば理想的ですね。

少なくとも、『自立する女性』の対極にいることは確かです。

話しを聞いて、中国の昔の風習の纏足を思い出してしまいました。


そんな東京組の人たちに言わせると「福岡の物価の安いこと!」

買い物をしていても、お店のメニューを見ても、最初は「数字が間違っているのでは!?」と思ったそうです。

そうそう、福岡に来ると家が買いたくなるそうですよ。

土地が安く、一戸建ても少し郊外に行けば、けして無理な話ではありません。

通勤時間も東京に比べると、驚くほど短くて、飲んで帰ってもタクシー代はリーズナブル!


話しが脱線してしまいましたが、そんな物価の安い福岡の中でもとりわけ物価が安いこの地域。

引っ越してきたとき、近所の方が

「とても物価が安いの。実家の近所のスーパーの特売価格が、ここの通常価格よ」

と、教えてくれました。


当然、卵だってすごく安いです!!!

それから、これも『田舎暮らし』 でお話ししたのですが、駅前にはJA(農協)があって、お店を出しています。

そのお店の前に、朝取り卵の自動販売機が、置いてあります。

スーパーで売っている卵に比べると、少し割高ですが。

とはいっても、数十円の差なんです。

ですから、新鮮卵も簡単に手に入ります。

では、誰がいったい何のためにニワトリを!?

・・・謎です・・・

【英会話教室】 Bomb

火曜日の英会話の授業。

毎回 [今週のイディオム Idiom of the week ]を最初に習います。

ちなみに今週は in light of ~を考慮して(considering)


通常ですと、そのイディオムを使って、自分の経験談などをそれぞれがスピーチします。

そこで毎週、SMARTさんの海外面白話が登場するわけです。

そして、いつもK氏とご紹介している72歳の博識の紳士の話も、深い示唆に富む楽しい話題です。


ところで、最近ブログでご紹介する人たちの、ローマ字の頭文字制をやめにして、ニックネームで呼ばせてもらおうと思っています。

K氏は社交ダンスに凝っていて、たびたびその話が英会話でも出てくるので、今後はSOCIAL DANCINGさんとお呼びします。


実は、7月になってSMARTさんが夏休みに入ったので、レッスンはSOCIAL DANCINGさんと私の2人だけになっています。

そして、8月は英会話教室じたいが夏休み。

先生のベンは、東京へ遊びに行くと張り切っています。


さて、今週のレッスンはいつもと違い、ロンドンの爆弾テロがトークテーマになりました。

私も改めてテロについて考え、意見をのべました。

「暴力は暴力しか生まない。静かに熱心に語ることこそ、成果への近道」


SOCIAL DANCINGさんは、「とりあえず欧米、日本がイラクから軍隊を引き揚げ、資金援助のみを続けることが望ましい」との意見です。


ひとしきりの討論を終え、この問題はひとまず終了。

60分のレッスン時間も、残り15分となりました。

そこで、私がアメリカのPTAについて質問。

「日本のPTAと同じようなものが、アメリカにもありますか?」


すると、すかさずSOCIAL DANCINGさんが

「戦後、占領軍によってアメリカのPTA制度が持ち込まれたんですよ」

と教えてくれました。


戦前はPTAなどなく、今は月に1回ぐらいあっている授業参観なども、年に1度だったそうです。

そして、戦争の影響で1度も社会科見学や、修学旅行などを経験していないとか。

本来なら、神社などにでかけていたそうです。


それから、さっきの爆弾テロの話の影響もあり、話題は第二次世界大戦へ。

終戦当時、SOCIAL DANCINGさんは12歳の少年。

炭鉱の町、筑豊地区の直方に住んでいました。


長崎に落された原爆の雲が、直方からもはっきり見えたそうです。

先に落ちた広島の原爆を新聞で読んでいたので、人々は「いつもと違う爆弾」に怯えていました。

「新聞はいつも大本営発表で、[当方の被害は最小なり]としか書かないのに、広島に落ちた爆弾だけは、[被害がひどい]と書かれていたので、その被害のすさまじさを感じ取っていた」そうです。


それから、とても悲しい話も聞きました。

炭鉱では、沢山のオーストラリア人捕虜が働かされていたそうです。

劣悪な環境で、当然食事も足りない状態でした。

いつも、亡くなった捕虜を運ぶ棺が、火葬場へと運ばれていたそうです。


そして、収容所から炭鉱へ向かう道すがら、キャベツ畑を通りかかると、捕虜たちは監視の目を盗んで丸のままのキャベツにかじりつきます。

「当時の日本人には生野菜を食べる習慣がなかったので、生でキャベツを食べる姿はかなり奇異な印象だった」とSOCIAL DANCINGさんは語ります。

「今では、サラダで生野菜は当たり前。日本も変わりました」と感慨深げ。


悲しすぎる、ひど過ぎる話です。

聞きながら、オーストラリアで食べた、皿にあふれんばかりの新鮮な野菜サラダを思い出しました。

大好きなオーストラリア。人なつっこく、親日家の多いオーストラリア人たち。


人間はどこまでも、残酷になれます。

人としての感覚を狂わせてしまう、戦争。

私も戦時中に生まれていたら、キャベツをむさぼるオーストラリア人捕虜に、きっと冷たい視線を向けていたでしょう。


戦争が終ると、アメリカ軍が食料をパラシュート投下してまわったそうです。

でも、けして拾って食べてはいけないとお達しが出ていて、日本人は食べませんでした。

ベンが「では、その食料はどうなったのですか?」と質問します。


「それは、オーストラリア人捕虜達が手にしたんです」

その話を聞いて、戦争が終って本当に良かったと、心から思いました。

「例の『ギブ ミー チョコレート』で、小さな子供たちはチョコレートをねだっていましたが、私にはできませんでしたね」とSOCIAL DANCINGさん。

「えっ、誰にねだるんですか?」

「オーストラリア人捕虜にですよ」


「そうなんですか。私はてっきりあの『ギブ ミー チョコレート』は、アメリカの占領軍の専売特許だとばかり思っていました。でも、どうしてもらわなかったのですか?」

「12歳の私には、プライドがありましたからね。骨の髄まで、戦時l教育を受けていましたから」


今でも、SOCIAL DANCINGさんの世代は、戦前と戦後の価値観の相違に悩むことがあるそうです。

「ジャズだけは、どうしても好きになれません」

そう言うmSOCIAL DANCINGさんですが、アメリカの食べ物に妙に詳しかったりします。

ビーフジャーキーは嫌というほど食べて、もう2度と食べたくないそうです。

アメリカからの食糧支援が、多感な少年時代の飢えを満たす食べ物だったのです。


こうした戦争の話は、子供の頃から何度も聞かされてきました。

一緒に住んでいた祖父母や、学校の先生からも。

でも、感情に走りすぎた話しは、どこか冷めて聞いてしまいます。

しかし、今回のように英語で話されると、感情がセーブされ事実だけが淡々と語られる気がします。

私にとっては、久々の平和授業でした。

性教育

日曜日に娘と出かけた帰り道の、車の中での会話。
「お母さん、質問していい?」
「何?」
「下ネタだけどいい?」
「ダメ!」


娘は私の宝物。

蝶よ花よと育て、箱に入れると壊れそうで心配なので、箱入り娘にすることも出来ず、ただただ大切に育ててきました。

それなのに、最近の女子中学生!

日常会話でも下ネタ連発だそうです。

「私なんかまだまだ。ほかの人はもっとすごいから」とは娘の弁。

その一端を家でも披露してくれますが、一緒に聞いていた兄も引いてしまう程の下品さ!

ああ、私のお姫様はどこへ行ってしまったの!?

そんな、娘の『下ネタ質問』など、聞く前から想像がつきます。

「ダメ!聞きたくない!」

「ヤダ、ヤダ!聞いて!」

「もう、仕方ないわね。何なの?」

「ラブホとホテルどう違うの?」

「・・・・・・」

「さっきのはラブホ?」


どうやら、その手のホテルが通り道にあったらしいのです。

いやはや。

少なくとも私の時代は、親にそんな事聞けませんでしたね。


「街の中心にあって、旅行とかで泊まるのが普通のホテル。

街外れにあって、ちょっと小さめだけど少し派手なのがラブホじゃないの」

と、しどろもどろに答えました。

それにしても、ラブホテルをラブホと略すなんて知らなかった・・・。

勉強になります(汗)


そういえば、先週末学校でエイズの学習を中心にした、性教育の授業があったそうです。

保健士さんがきて

「今まで自分が世話をした一番若い妊婦さんは、12歳」

という話をしたと、家に帰って言っていました。

「12歳で赤ちゃんを産むなんて、大変だよね」とさすがに驚いている娘。


リビングでの会話で、息子もいたので性教育のちょうど良い機会。

何かためになる事を言おう!

と思ったのですが、こんなとき何を言っていいのかさっぱり思いつきません。

「お母さんは、まだ遊びたい!

おばあちゃんになって孫の世話はしたくない!

それだけは注意して!」

と、本心を訴えただけでした。


それにしても性教育、難しいですね。

自分がきちんとした性教育を受けていないので、勝手がわかりません。

今の学校では、積極的に取り組んでくれているようです。


私は授業参観への出席率99%を誇っています。

小学校では年に1度、性教育に関する授業参観があります。

先生方は、親まで前にしてやりにくくないのかな。


ネットで調べてみたら

【性教育を教える自信があるか」との質問に

 「自信がある」「何とかできると思う」を合わせた・YES派・は

 小学校教諭が70・7%であったのに対し、性が芽生える思春期の生徒たちを教える中学校教諭 

 55・7%

 逆に「あまり自信がない」「自信がない」という・NO派・が中学校教諭44・3%、小学校教諭29・   

 3%                        神奈川県の相模原市教育研究所(2001年調査)】


そうですか、やはり中学生の方がやりにくいのですね。

私は、「教育は家庭で」と考えるタイプで、学校の先生方に道徳教育から、人生訓まで押し付けてしまうのは良くないと思っています。

でも、性教育は別。

どうか、宜しくお願いします!

ところで、そんな風に親子で何でも話す我が家ですから、娘の質問は年々鋭くなるばかり。

「お母さん何回プロポーズされたことある?」

「えっ、それは・・・」

過去の記憶をたどりたどり、自分の都合のいいように脚色して話すと

「それって、全部プロポーズと言えないんじゃない!?

単なる、お母さんの思い込み、妄想」

「そ、そうかなぁ・・・」

「第一、お母さんがそんなにモテたはずないし」

「いや、あの、若い頃は可愛かったから・・・」

「じゃ、何でいまブスなの?」

「ブス!?今でも、お母さんは可愛い!」

「じゃ、何でお父さんが死んで10年も経つのに、今独身なの?」

はい、ごもっともです!

大学って

娘の英検2次試験の為、福岡女学院大学へ行ってきました。

ここは中学から大学まであり、地元ではお嬢さん学校として有名です。

全国的には、女学院中学が最初にセーラー服を制服に取り入れた事で、よく知られています。


私には懐かしい場所。

叔母一家が昔近くに住んでいて、よく遊びに行っていました。

従姉妹は中学から短大まで、福岡女学院。


大学時代のゼミの友人も、こちらの大学で英語を教えています。

英語を教える友人と、いまだに勉強中の私。

ちょっと悲しくなりますが、まあ、仕方ありません。


そう言えば、8年前母校に聴講生として通っていた時も、やっぱり「おい、元気出せよ」状態でしたね。

先程の女学院で教えているH君と、もう1人O君が大学の先生をしているのですが、二人とも母校でも英語の講座を持っています。


同窓会で「聴講生として、懐かしい母校の生徒に逆戻りした」と自慢しました。

すると「じゃ、曜日が合えば3人で飯でも食おう」と言ってくれました。

「よし、メチャクチャ高いものを2人におごらせよう」と思いましたが、彼らは危険を予知したのか、その話は実現しませんでした。


それにしても大学の先生達って、不思議ですよ。

私の友人の例を見てもわるように、結構複数の大学で教えています。

O君の話によると、3校までは学校側からも、正式に認められているそうです。

勿論、それ以上の数をこなしている先生方も多数。


福岡市近郊はもとより、北九州を初めとして佐賀、山口に至るまでの大学で、同じ先生方が行ったり来たりして、教えているみたいですね。

私の母校でも、地元の国立大、総合マンモス大学、そして母校の教授陣で、授業をやっていたみたいでした。


あれっ、と言う事は北部九州の大学なら、どこへ行ってもだいたい同じ先生の授業が受けられるんですね。

なあんだ、無理して偏差値の高い大学に行く必要はないじゃないですか!


ところがO君によると、「授業に使うテキストのレベルを変える」そうです。

「偏差値に応じて変えるわけじゃないよ。

同じ大学でも、学部学科によって生徒の資質がかなり違う。

よく勉強する真面目なクラス。ちょっと難しくすると、すぐについてこられなくなるクラス。

同じ大学の生徒でも随分違う」


なるほど、そういうものですか。

では、授業は授業として、自分で勉強して先生に質問すれば、どこにいても同じレベルの勉強ができそうです。


最近は、生涯教育の一環として大学主催の市民大学も盛ん。

大学側も、開かれた学校を目指しているようですね。

私も随分前から、それを主張してきました。


アメリカは大学に戻って自分のレベルアップを図り、仕事をランクアップできるので、大学は子供の遊び場と化していないそうですね。

日本では、なかなかランクアップは難しいですから、大学に戻るメリットがあまりありません。


でも、勉強好き主婦や退職者をうまく取り込めば、かなりな生徒増につながりますよ。

子供の数が減少したり、不景気の影響でどこの大学経営も苦戦していると聞いています。

某マンモス私立大学の学校職員の方の話によると

「以前は入学試験料でかなり潤っていたけれど、今は受験者数も、1人が受ける学科の数も減ってしまった。

おかげで、3月にもらう年度末調整がガタ減り」だそうです。


大学時代は毎日ぎっしりつまっていて、90分×4の授業をもてあましていました。

でも、週に2回90分の授業を受けた聴講生時代の楽しかったこと!

キャンパスを歩くと、『あれっ友達の○○さんに似てるけど・・・』

もちろん、大学時代の○○さん。

そして、それを思い出している自分も大学時代に若返っていました。

図書館も自由に使えますし、生協で教科書を買ったりすると、もう気分は女子大生♪

PTAプロジェクト PARTⅡ

前回のビッグプロジェクト『PTA役員懇親会』が無事終了し、実行委員会の打ち上げで盛り上がって、ほっとしたのもつかの間、

また、巨大プロジェクトが動き出しました。

『高校見学会』

バスを仕立てて、親が大挙して高校見学に行くというものです。

(やって来られた高校側は、怖いだろうなぁ~)


子供たちは中3になると、私立高校からご案内を頂いて、それぞれ見学に行きます。

それには親子で参加してもいいのですが、親と行動するのは恥ずかしくなっている年頃、ほとんど友達同士で行っているようです。


「子供が見て気に入ればそれでいい」

と、あっさりした親が増えている昨今、例年『高校見学会』の参加者は多くありません。

というより、タネあかしをすれば、希望者がほとんどいなくて、例によって役員同士で義理人情をからめ合い

なんとか50人集めて、バス2台に分乗して高校に乗りつけるというのが、毎年の実情です。


子供が中学生ともなれば、仕事を持っているお母さんがほとんど。

平日のまる一日を使って、近隣のよく知っている高校に見学に行くほど暇な人は、あまりいません。

暇に見える私でさえ、そんなつまらなそうなバスツアーなんか参加したくないですよ。


前回の定例委員会で、「高校見学会を希望する人がいるかアンケートを事前にとって、少なければ中止も考えよう」ということになりました。

おお、合理的。

やっと、世間一般の常識が通用する委員会になってきましたね。


「中止もあり」に希望をつないだ私は、先月の17日全校生徒保護者向けに、アンケート用紙配布を準備しました。

そして、その結果

回答430名中、高校見学会不要論者290名、必要論者134名、どちらでもない6名。


必要と回答した人

本当に参加するの!?絶対でしょうね!?
そう言えば、正直に[高校見学会はやって下さい。

ただし、私は仕事だから参加できません]と書いている人がいましたよ。
参加できないのなら、どうして必要だと回答するんですかね。


無記名でのアンケートだったけど、高校見学会推進派は、筆跡鑑定して全員参加してもらおう!
高校見学会と言っても、公立、私立の合わせて2校しか行かないのです。
バスを仕立てて、一日がかりで行くにしては効率悪いですね。
ネットで調べて問合せのメールでも送った方が、早そうですが。


よし、こうなったら参加する意義のある見学会にしなくちゃ!
やっぱり、見学先の高校が大事でしょう!
開成高校、駒場高校!?


校区外?

日帰りは無理?

そんなこと、知るものですか!

私をPTA役員にした方が悪いんです!