皆さま、おばんです!
今晩は大洲市内にある小さな小さな無人駅、
予讃線・西大洲(にしおおず)駅の訪問記です。
どのくらい小さいかって?
国鉄時代は1日当たりの乗車客数は10人未満で
予讃線内ではもっとも少ない部類の駅だったそうですよ。
だった…と書いたのには理由があり、
乗車客数はその後に伸びて現在は40人/日近くあるみたいです。
西大洲駅のがんばり、ハンパないっすね!
西大洲駅は昭和36年、地元の請願によって開業した駅とのこと。
この時期は四国にキハ20が大量増備され、
昭和36年は予讃線内に停留所タイプの駅が一気に6駅開業してます。
新駅の開業を陳情するには最高のタイミングだったのかもしれませんね。
しかし国鉄時代の西大洲駅は
すべての普通列車が停車するわけではなく半数以上は通過扱い。
昭和55年の時刻表を見ると、
上下合わせて23本の普通列車が運行されてる中で
停車してたのはわずか10本だったようです。
しかも列車が停車する時間帯に偏りがあり朝夕に集中してる有様。
その理由をいろいろと考えてみたのですが、
ひょっとしてコレではないでしょうかね?
西大洲駅の目の前には、
大正時代に開校した尋常小学校からの長い歴史を持つ
大洲市立久米小学校があるのですよ。
西大洲駅は通学の利便性を上げるために開業した駅。
列車が停車する時刻が偏っていたのは
通学の時刻に合わせたからではないでしょうか?
そういえば平成30年春に廃止された三江線にも
通学時間に合わせて列車が停車していた長谷駅がありましたっけ…
以上はあくまでも個人的な憶測ですので間違っていたらごめんなさい。
長い渡り廊下を眺めていると
「うしろゆびさされ組」を口ずさんじゃうのよね~
若い子たちにはわからん話かと思うけど。
西大洲駅は単式ホームがあるだけの無人駅で
ホームは市道に貼り付く感じで設置されてました。
市道から見た駅はこんな感じです。
故にホーム幅は狭く、
黄線の内側は人ひとりが立てる程度の広さしかありません。
現在ある上屋等々はJRに移行する直前に設置されたモノ。
国鉄時代は出入口がスロープではなく階段だったり、
ホームそのものも嵩上げされてなかったりと、色々違ってたみたいです。
現在はもちろん、西大洲駅にすべての普通列車が停車します。
その本数は上下合わせて31本なり。
国鉄時代の乗車客数が少なかったのは、
実は停車する列車が少なくて利用しずらかっただけだった…
なんてことはありませんよね?
久米小学校の旧校舎の写真が掲載されてます。
ホームが嵩上げされる前の西大洲駅の写真が掲載されてます。
↑(松山駅方面)
北伊予駅(平成28年10月12日) ・構内改良後(令和3年4月10日)
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西大洲駅(平成28年10月12日)
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