皆さま、おはようございます!
昭和38年に開業した停留所タイプの無人駅。
国鉄時代は約半数の普通列車が通過していたのに、
今ではここ行きの列車(臨時ですが)まで運行されてるという…
こんな躍進を遂げた駅、
他じゃなかなか見れないのではないでしょうかね?
愛媛県松山市内にあるこちらの駅でした。
予讃線・市坪(いちつぼ)駅です!
先にも書きました通り、市坪駅は昭和38年に開設された駅で、
宮脇俊三先生の著書によると、市坪駅は
「開業当初は駅の東側にある伊予豆比古命(いよずひこのみこと)神社の
参拝客の乗り降りが多かったが、今では通勤・通学駅として利用されてる」
駅らしい。
市坪駅に向かう前に見たこの鳥居。
椿神社(伊予豆比古命神社)の参拝同に建てられたモノなのですけど、
ここは駅から3キロ近くも離れているのですよ。
クルマ社会が浸透した今じゃ考えられませんけど、
昔は皆さん、参拝のために3キロ近くも歩かれていたのですね。
太るヒマないじゃないの。
で、元々はは駅舎の無い、単式ホームが1本あるだけの市坪駅ですけど、
あることが理由で平成14年に大きな改良工事を受けることになったのです。
駅の真下にあるこの通路を潜ると、それが見えてきますぜ☆
ふぁっ!こちら側にもホーム?
そうなのです。市坪駅の輸送力増強のために、
列車の行き違いが可能な相対式2面2線構造に改良されたのでした。
市坪駅がこのような改良を受けた理由は、
改良工事が施工される2年前に、
駅のすぐそばに松山中央公園野球場(坊ちゃんスタジアム)が完成したから。
イベントが催される日は、一部の特急列車が臨時停車する他に、
市坪駅行きの列車も運行されるらしく。
ホームが増設されると同時に、新たに駅の西側(宇和島駅側)に
列車を折り返しさせるための待避線も設けられたみたいですね。
左側の車止めが見える線路が退避線です。
そんな市坪駅には「野(の)・球(ボール)駅」という愛称があるみたいで。
もちろん、坊ちゃんスタジアムから由来した愛称ですが、
地元である松山市出身の歌人・正岡子規が野球好きだったこと、
幼少時代の名が升(のぼる)だったことから、この愛称に決まったそう。
駅名標に説明書きがありました。
自分、正岡子規さんのことは歌人である以外は何も知りませんでしたけど、
幼少名は「升(のぼる)」であること、
頭の中に焼き付いてしまい二度と忘れなさそうです。
市坪駅、すっごーい!
こちらが市坪駅の相対式ホームでした。
2本のホームの造りが違っているのは、
それぞれ昭和38年築(画像左側/手前側はのちに延長された箇所)、
平成14年築(2番線/右側)のジェネレーションギャップですからね。
帰宅してからWikiを見て知ったのですが、市坪駅が開業する以前、
付近には、昭和8年に開設された、
椿神社の大祭の時のみ営業する椿ノ宮仮乗降場があったそうです。
駅の用途的には現在の市坪駅と変わらないように思いましたけど、
場所はここではなく、市坪駅の100メートルほど松山駅寄りにあったようで。
下は昭和22年に撮影された航空写真ですが、
小さな小屋が写っているのが椿ノ宮仮乗降場だったのではないかと。
この時代から比べると、現在の市坪駅ときたら…
発展ぶり、すご過ぎじゃありませんの!?
実は、市坪駅の発展はまだまだ終わらないみたいで、
駅構内の複線区間を延長して(予讃線の松山駅周辺は単線です)、
特急列車の更なる高速化を図るみたいですよ。
自分が訪れた昨年10月はまだ工事中で
列車は仮線を使用して運行されてましたけど、
ネットを見たら、こちらは完成済とのことです。
市坪駅を特急列車が通過してゆきました。
特急は仮線に進入…
今頃は更に高速で通過しているのかもしれませんね。
松山駅の橋上化や車両基地の移転等々、
これからも予讃線の松山市内区間は大きく変化しそうです。
愛媛県のHPより転載。
街はが変化する前に、松山駅周辺の記録を残しておきたいのですけど、
仙台から四国って、九州以上に遠く感じるのですよね。
飛行機の直行便が飛んでないのがその理由ですが。
来年は四国を旅できるように、仕事を頑張ろっと!
ここ1週間の間にこれを書いたの3回目。
↑(松山駅方面)
市坪駅(平成28年10月12日)
北伊予駅(平成28年10月12日) ・構内改良後(令和3年4月10日)
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