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グルコサミン博士のブログ

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先日、とある獣医療関係者がnoteで書いた「動物病院での医療裁判」の記事を読み、改めて麻酔について考えました。

そこには「麻酔リスクはゼロにはならない。健康な犬でも麻酔関連の死亡リスクは0.05%と言われている」と書かれていました。

「犬の麻酔関連死は0.05%」、獣医学生の教科書にも載っている数字ですが、この数値はどこからきたものなのでしょうか。 調べてみると、その根拠は2008年に発表された1本の大規模多施設調査の論文です。欧州を中心に麻酔を受けた犬約9万件を解析した結果、比較的健康な犬での麻酔関連死亡率は約0.05%と報告されました。当時としては貴重かつ画期的な調査でした。 しかし、問題はそこからです。 このデータは17年も前のものです。

実際には、管理体制がしっかり整い、経験豊富な麻酔科医やスタッフを擁する施設では麻酔死ゼロを続けている動物病院も少なくありません。それでもなお「麻酔はリスクがあり、どんな注意を払っても一定割合の死亡は避けられない」と、2008年の数値を根拠に教育され、医療現場に使い続けているのが実情です。

 

一方、ヒト医療では麻酔関連の死亡率は継続的に調査され、技術の進歩とともに改善の度合いや新しい薬剤の効果が逐一反映されています。つまり最新のデータが常に共有される仕組みが整っています。

 

ヒト医療が進歩しているこの17年間、動物医療においても麻酔の技術は確実に向上しているはずです。それにもかかわらず、古い統計を「絶対的な数字」として使い続け、システムとしてデータ更新さえ行われないのは、動物と飼い主双方にとって大きな損失ではないでしょうか。


まして犬を飼う家庭は長年にわたって増え、いまや約680万頭が日本の家庭で暮らしています。


 

そして寿命も延び、高齢犬や持病をもつ犬が増えてきました。そうなれば、当然麻酔リスクの背景も変わってきます。

 

動物を「物」として扱う法制度の問題と同じように、獣医療にも「声をあげなければ改善されない現実」があります。 

麻酔リスクはゼロにはならない、それは事実でしょう。

けれども、ゼロに近づける努力と、その成果を社会、少なくとも獣医療界に共有する仕組みは、つくれるべきです。飼い主にとって、麻酔の説明を受けるときに本当に必要なのは、今の時代に日本で飼われている犬の現実に即した数字だからです。

 

アラレが亡くなってから、私はずっと思い続けてきました。
この子の死を「なかったこと」にしてはいけない、と。

 

あまりにも突然の別れでした。
検査や麻酔にリスクがあることは、私は何も知りませんでした。

説明もなく、同意書を書いた記憶もなく、ただ「必要だから」と信じて預けてしまったのです。

もし「命を落とす可能性がある」と言われていたら、私は迷わず検査をやめていました。
そう思うと、いつまでも後悔と自責の念で胸が押しつぶされそうになります。

でも、ここで声をあげなければ、アラレの死は本当に「なかったこと」にされてしまう。
だから私は書き続けています。

動物医療の世界では、人間の医療のように事故や過誤が共有される仕組みがありません。
だから同じようなことが繰り返され、

飼い主は「インフォームドコンセントが実施されないまま選択を迫られる」のです。

 

アラレの死から私が願うことはただひとつ。
同じ思いをする飼い主が一人でも少なくなりますように。

そのために必要なことは、決して難しいことではありません。

  • 検査や麻酔、治療のリスクを、きちんと説明してもらえること。

  • 事故があれば記録され、次に生かされること。

  • 不安や疑問を相談できる場所があること。

  • これらの仕組みはぜひ動物医療学会に検討してもらいたい。

飼い主にとって動物は「家族」です。
だからこそ、その命の重さにふさわしい医療を、社会として守っていきたい。

アラレの死は、私の中で「悲しみ」にとどまりません。
彼女が生きた証を社会に刻み、同じ過ちを繰り返さないための問いとして差し出すこと、それが、私が選んだ生き方です。

 

 

愛犬アラレを突然失ったあの日から、私の心はずっとざわめいています。
あんなに小さく、温かく、家族同然だった存在を、どうして守れなかったのか、その問いは、夜も眠れぬほど私を苦しめました。



 

でも、悲しみだけでは終わらせられませんでした。

なぜ日本では、動物医療の事故がほとんど表に出ないのか。私はその構造を知りたくて、裁判という手段にまで踏み切ったのです。

病院の中に閉じ込められた情報
動物医療には、第三者が検証する仕組みがほとんどありません。
検査データも、麻酔記録も、治療経過もすべては病院側に握られています。
飼い主がどんなに声を上げても、出てくる情報は限られ、理解も難しい。
これでは事故を隠すことだって簡単にできる、その現実が、私を打ちのめしました。

裁判でも明かされにくい真実
裁判に踏み切っても、壁は厚すぎました。
医療過誤の因果関係を立証するのは、患者側である私たちの責任。
でも、証拠は病院側が握っている。
矛盾だらけのこの仕組みのせいで、多くの裁判は敗訴か和解で終わり、真実は闇に葬られてしまうのです。

「物」とされる小さな命
法律上、動物は「物」です。
だから、死んでも社会的には小さな扱い。
ペットだから仕方ない、そんな言葉で片付けられるけれど、飼い主にとっては家族を失ったのと同じこと。
この理不尽な落差に、言葉を失いました。

 獣医師業界の閉鎖性
人間の医療なら事故調査の制度があるのに、獣医療にはありません。
同業者内で批判を避ける文化も根強く、事故があっても業界全体で改善されにくいのです。
どうしてもっと声をあげないの?そう思っても、現実は厳しい。

声をあげられない飼い主
そして、飼い主側にも事情があります。
裁判しても勝てない、誰も理解してくれない。そう思えば、黙ってしまうしかない。
悲しみの中で戦う勇気を持てる人は、ほんのわずかです。
私も、何度も挫けそうになりました。

愛する命の死を前に、私は訴え続けます。
動物医療の事故は「なかったこと」にされやすい。
でも、それで本当にいいのでしょうか。
声を上げることは、誰かを責めるためではありません。
次の命を守るための、ほんの小さな一歩なのです。

アラレを失った私には、その一歩を踏み出す理由があります。
日本でなぜ獣医師の事故が表に出にくいのか、その構造を直視し、改善を求め続けること、
それが、私にできるアラレへの最後の供養だと信じています。

愛犬アラレを医療過誤で失い、裁判まで経験しました。


 

その中で私は「なぜこんなにも理不尽なのか」と悩み、法律や制度を勉強し、整理することになりました。
今日はその気づきをシェアしたいと思います。

 

民法では「動物=物」

日本の民法は明治時代に作られたもので、今もその基本が使われています。
そこには「物とは有体物をいう」とあり、動物も「物=財産」と扱われています。

どんなに家族同然の存在であっても、裁判では「代替可能な財産」としか評価されない。
私はこの現実を突きつけられました。

 

動物愛護法の理念との矛盾

一方で、1973年にできた動物愛護法には「動物は命あるものである」と繰り返し書かれています。
改正のたびに「命」や「福祉」を守る視点は強化されてきました。

けれど、この法律は主に行政や飼い主に向けたルールで、裁判で直接の根拠になることはほとんどありません。
だからこそ、「物」としての民法と「命」としての愛護法、そのギャップが埋まらないまま残っているのです。

 
なぜ裁判で反映されないのか

私が経験した裁判でも、次の壁を強く感じました。

  • 民法が優先され、愛護法は裁判の枠組みに入りにくい

  • 判例が少なく、裁判官は従来の考え方に「心証」を固めていく

  • 医療記録は病院が握り、飼い主は立証がとても難しい

  • 社会的な議論や法改正が遅れている

諸外国との比較

世界を見渡すと、日本の遅れは明らかです。

  • EUでは2009年のリスボン条約で「動物は感受性ある存在」と規定

  • ベルギーは憲法に動物福祉を追加

  • ニュージーランドや欧州各国でも「感受性のある存在」として法律に明記

それに比べると、日本は「命ある存在」と言いつつ、裁判では「物」のまま扱われている。
このアンバランスは、国際的に見ても大きな課題です。

 

今後に向けて

アラレのような悲劇を繰り返さないために、できることがあると思います。

  • 民法に「動物は特別な存在」とする特則を設ける

  • 動物医療での説明義務(インフォームドコンセント)を徹底

  • 医療事故を検証できる第三者機関をつくる

  • 病院情報をもっと公開し、飼い主が判断できる環境を整える

  • 保険やADR(裁判外の仕組み)で飼い主を支える

最後に

アラレがいなければ、私はここまで調べたり考えたりしなかったでしょう。
彼女の命を通じて、社会と法律の矛盾に気づかされました。

動物は家族です。
それなのに制度の中では「物」。この矛盾を、私たちはいつまで放置するのでしょうか。

みなさんはどう思われますか?

アラレの医療過誤の件を発信しはじめてから、想像もしなかったほど多くの方から反響をいただきました。

同じように愛犬や愛猫を失った飼い主さんたちが、
「私も一人じゃないんだと思えました」
「アラレママの声に励まされています」
そう言ってくださったことは、何より私自身の救いになりました。

 

また、苦しい裁判を経験された方からのメッセージも届きました。

「私も声をあげてよかった」「投稿が誰かの役に立つと信じられた」と。

そうした言葉の一つひとつが、私にとって光のようでした。

 

さらに、複数の獣医師の方々が私のnoteを読んでくださり、獣医療過誤について真剣に考察してくださいました。

中には、note記事を引用して「飼い主が裁判にまで至る背景には、事故そのものよりも、その後の病院の対応やコミュニケーション不足が大きいのではないか」と綴ってくださった方もいました。

 

特に心に残っているのは、みなとまちアニマルクリニックさんが書かれたブログです。
「動物医療の裁判から思うこと」
👉 記事はこちらです

動物医療に携わる獣医師の目線から、飼い主の苦しみや裁判の現実に向き合ってくださったその文章を読み、胸がいっぱいになりました。

 

声をあげたからこそ出会えた人たち。
そのつながりが、アラレを失った私の心を何度も支えてくれました。アラレへの供養にもなっています。

 

アラレを亡くした2024年2月25日から、私の世界は一変しました。


 

最愛の存在を失った深い悲しみと、自分の選択を責め続ける後悔。

さらに、真実を明らかにするために始めた裁判。その両方が同時に押し寄せてきたのです。

 

愛娘を亡くしただけでも、心は粉々に砕けます。
「どうして助けられなかったのか」
「もっと別の方法を選んでいれば」
そんな思いが繰り返し胸を刺しました。

アラレの姿を探し、会えない現実に打ちひしがれ、まるで地面のない場所を歩いているようでした。

 

同時に、私は裁判に臨まなければなりませんでした。
訴状を作り、証拠を集め、主張を組み立てて準備書面を作る。

本人訴訟だった私は、感情を押し殺し、冷静に言葉を並べる必要がありました。

夜中まで涙をしずかに流しながら書面を作ったことが何度もあります。

 

心は愛する娘の死で粉々に砕け、体は裁判の重圧で押し潰される。
なぜ私だけがこんな試練を背負わされるのか?
そう思ったことも一度や二度ではありません。

 

それでも、アラレの存在が私を支えてくれました。

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彼女はもう声を出すことはできないけれど、

私の胸の奥で「ママ、がんばって」と語りかけてくれているように思えたのです。

愛する存在を失う悲しみと、真実を求める闘いが同時に訪れることは想像を絶する経験でした。
 

けれど私は、あの日からずっと、アラレと共に歩んでいるのです。

私は、この経験を書き残すべきだと思っています。
なぜなら、同じように大切な家族を失い、不誠実な対応に傷つき、孤立無援で立ち尽くす飼い主がこれからも出てくるかもしれないからです。


「ペットロスと裁判が同時にやってきたとき」
私はただの飼い主でしかありませんでした。

けれど、その声を社会に届けることが、アラレに果たすべき最後の責任だと思うのです。

アラレが亡くなった日、私は深い悲しみに押し潰され、小さな遺体と対面してどうすればよいかも分からない状態でした。

そんな中で、病院の対応は私の心をさらに傷つけるものでした。
死亡を報告したとき、返ってきた言葉はただ一言。
「お悔やみ申し上げます。奥様にもお伝えください」
それだけでした。その後、病院からの連絡は一切ありませんでした。

 

三日後、私から電話をかけて「連絡を待っている」と伝えて、ようやく上司と相談するという返事。

つまり、命を失う重大な出来事があっても、あの病院内で情報を共有する仕組みさえなかったのです。
結局、説明を受けられたのはアラレの死から三週間以上も経ってからでした。

そこでも誠実さを感じることはなく、ただ責任を避けようとする姿勢が見えました。

そしてその後すぐに、病院は顧問弁護士を前面に立て、スタッフは一切出てこなくなりました。

 

さらに私は、アラレの出血データを送り、担当獣医の意見を聞きたいと電話しました。

けれども担当者は二度と電話口に出ることはなく、代わりに顧問弁護士から電話がかかってきました。

告げられたのは「病院に電話をするな。続ければ営業妨害で警察を呼ぶ」という信じられない言葉でした。

家族を失った飼い主に向けて発せられたその一言は、今でも胸を締め付けます。

 

その後、私は病院の口コミを調べました。

そこにはアラレとよく似た症例が複数あり、さらに「診療費が高額で拝金主義」といった声も多数ありました。

おそらく今までも、このように飼い主を軽んじ、恐喝めいた対応で封じ込めてきたのでしょう。
 

だからこそ、私は訴訟を決意しました。

今回の提訴が、「意識の高い飼い主もいる」ということを悪質な病院に示し、

少しでも警鐘を鳴らすことにつながることを願っています。

アラレの死そのものが悲劇でしたが、その後の病院の不誠実さは、飼い主の心をさらに深く傷つけるものでした。

そして、同じような経験を他の飼い主にしてほしくない、という思いが、今も私を動かしています。

 

アラレ
君を失ってから、ママは何度も何度も自分に問いかけています。

「あの時、もし別の選択をしていたら、もっと長く一緒にいられたのではないか」と。

胸の奥が、毎日、毎秒、張り裂けそうです。
言葉では言い尽くせないほどの悲しみ。
でも、現実は残酷で、君はもう、この世にはいない。

ママはアラレを心から愛していました。
たった一日でも、一瞬でも長く、君と一緒にいたかった。
だから、あの時のママの判断が間違っていたのではないかと、
君の命を縮めてしまったのではないかと、押しつぶされそうになります。

君が亡くなるきっかけになったのは、簡単なカテーテル検査でした。
でも、その検査の危険性について、ママは何も聞かされていませんでした。

同意書にサインした記憶もない。
麻酔の危険性も知らされなかった。

もし「雌犬は麻酔中体温を測定しない」、「覚醒後獣医師は患犬をみない」、「死亡する可能性がある」と言ってくれていたなら、
ママは迷わず検査をやめ、君を抱きしめて家に帰ったでしょう。

最期の入院先でも、同じです。
「もう助からない」という言葉は、最後まで聞けませんでした。
ママはただ必死で「先生、この子を助けてください」と繰り返すだけでした。
もしかしたら、先生も本当のことを言えなかったのかもしれません。
でも、もしはっきりと「望みはない」と言ってくれていたら、
ママは迷わず腕の中で、君を見送ることができたのに……。

 

そしてアラレの件を通じてママは、動物医療の「表」と「裏」のあまりに大きな落差に愕然としました。

ある病院のホームページには、立派な肩書きの専門医やセンター長の名前がずらりと並んでいました。
でも現実には、日常診療に常勤している人はいませんでした。
ママなど飼い主が期待する先進医療を、必ず受けられるわけではないのです。

「○○国の○○専門医」と書かれていても、何十年も前に取得した資格かもしれない。
最新の知識や技術が、診療に活かされているとは限らない。
高額な医療機器があっても、それを使いこなせる人がいなければ、意味がない。

ママ自身、かかりつけ医が薦めてくれた治療法が、初診で「しません」と告げられました。
その瞬間、ママは深く絶望しました。
あまりの落差に、深い後悔に、心が押し潰されそうになりました。

だから今、強く思うのです。
病院を選ぶときは、ホームページや肩書きだけで判断してはいけない。
「誰が実際に診てくれるのか」「どんな体制で支えてくれるのか」
それを確かめることが、命を守る第一歩なのです。

 

アラレを失った悲しみは、消えません。
夜空の星を見上げるたび、もう二度と会えない現実に、涙が溢れます。

あの日、別の選択をしていたら、
その思いが、ママを締めつける。
でも、ただ泣いているだけでは、君の命を無駄にしてしまう。

この経験を、後悔で終わらせたくない。
もっと誠実な説明、もっと正確な情報提供があれば、救える命があるはずだから。

飼い主が理解し、納得して選べる医療。
獣医師と飼い主が、心から信頼で結ばれる医療。

アラレ、君の死を無駄にしないために、私はこれからも願い続けます。
どんなに小さくても、動物たちが救われる世界を、私は諦めません。

アラレがいなくなってから、世界が静まり返ってしまった。歩く道も、座る椅子も、眠る枕元も、あの日までは当たり前にあった光景が、今はことごとく空虚に響く。青山公園までの散歩道も、矢ケ崎公園のベンチも、アラレの小さな足跡が消えることはないのに、私はその足跡を追うたびに胸が締めつけられる。

毎朝、目が覚めるとまずアラレの足音を聞こうとした。寝室のクローゼットを開けると、そこに静かに座っていたあの日の驚きや嬉しさが、ふいに蘇る。あの無垢な信頼。私を見つめる大きな瞳。触れたときのふわふわした毛の感触。全部が、今は遠い光のようだ。

ある夜、阿智村へ星を見に行った。誰もが天の川を見上げ、織姫と彦星の再会を願う季節。でもそのときの私には、星の美しさは届かなかった。天の川がただ無情に流れているように見え、あの明るい帯の向こう側には、アラレが隔てられているように感じられた。あの二人は年に一度会えるのに、私とアラレはなぜ永遠に会えないのだろう。泣きながら、天の川の向こうにいるアラレを探し、車に戻るまで声をあげていた。その夜の静けさと切なさは、今も胸に深く残っている。

そして、最期の病院の早朝。私は眠りを妨げる電話で飛び起き、慌てて病院に向かった。先生はアラレの経過を落ち着いて説明してくれたけれど、私の胸は締めつけられ、説は説明を聞くよりも先に「どうか娘に会わせてください」と懇願した。面会室で横になっていたのは、人工呼吸器につながれた小さな体。無言の対面。私は抱きしめながら「アラレ、うそでしょう、うそでしょう」と繰り返した。あのとき、先生は「声は聞こえている」と言ってくれたけれど、アラレは目を最後まで開けることはなかった。やがて呼吸は途絶え、心臓の鼓動も消えた。あの瞬間の音も、冷たさも、今でも鮮明に刻まれている。

私は、最後に言えなかった言葉をいまも後悔している。「ありがとう」「うちの子になってくれてありがとう」「14年間たくさんの幸せをくれてありがとう」。それを口にできなかった自分を、今でも責めてしまう。あのとき自分の感情に押されて、言葉を選べなかったことが悔やまれてならない。けれど振り返ると、私の行動ひとつひとつは、すべてアラレを深く愛していた証だったのだと、少しずつ分かってきた。

信頼するかかりつけ医の紹介で行った病院のことを考えると、あの時私には第二の選択がなかったはずなのに、罪悪感が深まる一方。事後に見た当該病院の口コミには、アラレと似た事故や「診療費が高い」「金儲け主義」といった言葉が並んでいた。普段なら些細なことでも調べる私が、なぜいちばん大切な家族の命を預ける相手を十分に確かめなかったのか。なぜもっと確認しなかったのか。私を押しつぶすような後悔と自己嫌悪が、何度も胸を突く。

でも、ここで確かに言えることがある。私が抱えている後悔や悲しみは、すべてアラレへの深い愛の証だということ。愛していたからこそ、守りきれなかった自分を責め、何度も問い続けるのだ。涙は消えない。時間の薬もまだ効かない。でも、私は泣きながら歩き続ける。アラレが教えてくれた優しさや無垢さを、これからも大切にしていきたい。アラレと過ごした日々の温もりを忘れず、その記憶を胸に生きることが、私にできる小さな恩返しだと信じたい。

アラレ、ママは君を愛している。今もこれからも、その気持ちは変わらない。どれほど後悔しても、ママの愛は消えない。だからママは、君たのために、ここで声を上げ続ける。いつか誰かのために、そしてアラレのために、この痛みが意味を持ちますように。

 

私は愛犬アラレの死に関わる問題で、動物病院を相手に本人訴訟を経験しました。

この事件では、病院の対応に納得がいかず、真実を明らかにするために訴訟を起こしたものの、最終的には裁判所から半ば強制的に和解を迫られました。

この文章では、裁判と和解の経過、当時の心理、そしてその後の私の思いについて整理して書きます。

 

裁判における和解は、判決によらず当事者同士が合意して争いを終結させる手続きです。

制度上は双方の歩み寄りによる円満解決とされますが、現実には当事者の心理や裁判所の判断、

判決の見通しなどが複雑に絡みます。私の経験では、この理想と現実の差を強く感じました。

 

私は一度和解を拒否し、公正な判決を求めました。

その時点では、裁判所を信頼していました。立証も十分に進め、希望がありました。

まさか敗訴になるとは思っていませんでした。

そもそも裁判を起こした目的はお金のためではなく、病院の不誠実な対応を明らかにし、

真実を示すことで、不幸な命の喪失を少しでも減らすことにありました。

 

裁判中、日常生活にも影響が出ました。

裁判の手続きや資料準備に多くの時間と心を割き、精神的負担は積み重なりました。

しかし、希望があったため、葛藤はそれほど強くありませんでした。

まさか敗訴になるとは思っていなかったので、裁判が長くなってもかまわないと考えていました。

逆に、裁判所の方は早く終わらせたい印象で、その温度差は非常に大きく感じました。

 

口頭弁論の最終段階で、裁判所から「敗訴の見込みであるので、もう一度和解するのか検討しなさい」と半ば強制的に告げられました。

このとき、私はこの和解は裁判所に強いられたものであると認識しました。

同様の事例が口コミで多数報告されていた病院であり、裁判所の判断は事実上「やりたい放題を許す」ような印象を受けました。

そのため、納得できない気持ちは非常に強く、無力感と失望が押し寄せました。

 

さらに、担当裁判官が高裁に異動したこともあり、上訴しても不利になる可能性が高いことを理解しました。

結果として、仕方なく和解を受け入れるに至り、納得のいかない妥協を受けるしか道がありませんでした。

和解を受け入れる直前の心境は、無力感と納得できない思いで満ちていました。

正義や真実を求める気持ちは変わらず、制度の制約の前に自分の希望は届かないことを痛感しました。

同時に、精神を守るために現実を受け入れざるを得ないという複雑な感覚もありました。

 

裁判では、私は一市民として微小で無力でした。

だからこそ、真実や思いを残すために、今もこうしてnoteで書き続けています。

制度の壁に阻まれ、届かない現実を前にしても、声を上げ続けることには意味があると思うからです。

 

私は今でも、愛犬アラレに向かって毎日お香を焚きながら話しかけています。

「君は日本で生まれて仕方がない。ヨーロッパだったら、ママが勝ったかもしれません。

でもアラレのためにママは力を尽くしました」と。

お香の煙とともに心の中でその言葉を繰り返すことで、裁判で届かなかった思いをアラレに伝え、少しでも慰めを得ています。

和解や制度の冷たさの中で、愛犬への思いだけは守り続けることができたと感じています。

 

この経験を通じ、私は「和解とは何か」という問いを、単なる制度上の概念としてではなく、当事者の心理的体験と切り離せないものとして理解するようになりました。

和解は、制度的には合理的でありながら、当事者にとっては強いられた終結や不本意な妥協を伴う場合があります。

その両面を冷静に捉えることが、和解という制度を理解する鍵だといえます。