裁判官の心証がすべて決まる日本の裁判所 | グルコサミン博士のブログ

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アラレを亡くした2024年2月25日から、私の世界は一変しました。


 

最愛の存在を失った深い悲しみと、自分の選択を責め続ける後悔。

さらに、真実を明らかにするために始めた裁判。その両方が同時に押し寄せてきたのです。

 

愛娘を亡くしただけでも、心は粉々に砕けます。
「どうして助けられなかったのか」
「もっと別の方法を選んでいれば」
そんな思いが繰り返し胸を刺しました。

アラレの姿を探し、会えない現実に打ちひしがれ、まるで地面のない場所を歩いているようでした。

 

同時に、私は裁判に臨まなければなりませんでした。
訴状を作り、証拠を集め、主張を組み立てて準備書面を作る。

本人訴訟だった私は、感情を押し殺し、冷静に言葉を並べる必要がありました。

夜中まで涙をしずかに流しながら書面を作ったことが何度もあります。

 

心は愛する娘の死で粉々に砕け、体は裁判の重圧で押し潰される。
なぜ私だけがこんな試練を背負わされるのか?
そう思ったことも一度や二度ではありません。

 

それでも、アラレの存在が私を支えてくれました。

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彼女はもう声を出すことはできないけれど、

私の胸の奥で「ママ、がんばって」と語りかけてくれているように思えたのです。

愛する存在を失う悲しみと、真実を求める闘いが同時に訪れることは想像を絶する経験でした。
 

けれど私は、あの日からずっと、アラレと共に歩んでいるのです。

私は、この経験を書き残すべきだと思っています。
なぜなら、同じように大切な家族を失い、不誠実な対応に傷つき、孤立無援で立ち尽くす飼い主がこれからも出てくるかもしれないからです。


「ペットロスと裁判が同時にやってきたとき」
私はただの飼い主でしかありませんでした。

けれど、その声を社会に届けることが、アラレに果たすべき最後の責任だと思うのです。