皆さま、こんにちは!
まずは毎度のご報告から。
一昨日UPしたブログが本日のアメトピに掲載されました。
運営さん、今回もありがとうございます!
こちらの記事でした。
一度と言わず二度三度とチェックくださいね。
今回は妄想モード全開でいきます。
2年半前に訪れた福塩線から
備後安田(びんごやすだ)駅の訪問記でした。
備後安田駅の過去について妄想しますが
その件は後半で触れることにしまして…
旅の際は携行する荷物を極力減らしたい派なので
カメラはいつもコンデジを持ち歩いてました。
最近のコンデジは性能が良いので
画質に不満はありませんでしたが
唯一の不満点は天気の良い日に写真を撮ると
フレアが起きることです。
備後安田駅を撮った写真もこんなんばかりでして…
陽が差し込んでる左上が白くなってますよね。
一眼カメラのようにレンズフードを付ければ
フレアを防ぐことができますけど
我がカメラはレンズの部分にスリッドが無いので
フードは付けられませんでした。
最近はフレアを防ぐため、
阿波踊りを踊るスタイルで
光線の方向に手を伸ばしながら写真を撮ってましたが
傍から見ると絶対に変だと思われてるでしょうね。
のっけから話が脱線しましたが
備後安田駅は福塩線が開通した昭和10年に開業しました。
巡行側からも写真を撮りましたが
この角度からだと駅名標が写らないので
備後安田駅だとわかりませんね。
Wikipediaによると昭和58年まで駅員配置駅だったとのこと。
その後に簡易委託駅の時代を経て
平成20年以降は無人駅になったそうです。
出札窓口や小荷物の受け渡し窓口が
板が打ち付けられた状態で今も残ってましたよ。
待合所内はこんな感じです。
駅舎の竣工年が記された建物財産標が見当たらず
正確にはわかりませんが、
駅舎は昭和10年に開業した当時に設けられたモノではないかと。
開業日が同じ福塩線・甲奴駅と似たタイプの駅舎でした。
続いてはホームにイン。
備後安田駅は単式ホームを持つ駅で
当然ですが上下方向の列車すべてがこのホームから発着しますよ。
さてさて、以下はほぼ妄想に近い話ですが
お付き合いくだされ。
今は1日当たりの乗車客数が片手に満たない備後安田駅でしたが、
やたらと構内が広い理由が気になりません?
昭和50年代半ばまでは相対式ホーム2面2線構造で
この位置にホームがあったのも要因のひとつですが、
それにしても広すぎますよ。
かつて上り線ホーム用だった線路の奥にも線路が見えるし
その線路は随分と離れているし…
構内が広い理由が気になった次第です。
宮脇俊三先生の著書によれば
備後安田駅の周辺には国鉄官舎が並んでいたとのこと。
この一文から、かつて大人数の国鉄マンが
備後安田駅で従事していた様子が伺えます。
なぜ備後安田駅で…?
そこでチェックしたのが
国土地理院のサイトに掲載されてる
昭和22年撮影の航空写真でした。
写真の中央に塔らしきモノが写ってますが
これってひょっとすると
蒸気機関車に補水する給水塔じゃないですかね?
その奥(左側)には車庫らしきモノも写ってるし
備後安田駅は開業時に
構内に小さな機関庫があったのではないでしょうか?
駅舎の右隣りには給炭設備らしい建物が
写っているように見えます。
この頃は三次機関区の蒸気機関車が福塩線の運用に就いてましたが
その支所的な施設が備後安田駅にあったのではないかと
推測してました、いやほぼ妄想のレベルですけど。
そのような施設が備後安田駅にあった理由は
上下川の川辺に駅があったから。
昔の航空写真を見ると
川から駅まで用水路らしきモノが写っているので
給水塔(仮)を造るには
もってこいの場所だったのではないでしょうか。
給水塔前に機関車を転線させるための引き上げ線も写ってるし、
広い構内はミニ機関区があった名残ではないでしょうかね。
上屋の支柱が塗られている青色は
JR西日本のコーポレートカラーかな?
構内に現役っぽい井戸がありました。
最後は駅前風景で〆ます。
以上、自分の頭の中で描いた何の根拠もない妄想でしたが
昭和22年撮影の航空写真はウソではありません。
給水塔らしきものや付近に国鉄官舎があった理由等々、
ご存知の方はいらっしゃいますかね?
↑(福山駅方面)
神辺駅
新市駅
府中駅
河佐駅
備後安田駅(令和5年6月16日)
↓(塩町駅方面)
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