皆さま、おはようございます!
駅にあるホームの断面をマジマジと見ちゃうの、
自分だけじゃありませんよね?
下は今年の6月に訪れたばかりの
福塩線・高木(たかぎ)駅のホームですが、
2回の嵩上げ工事が施された様子がわかるでしょうか?
嵩上げの様子がわかるよう補足してみました。
一番下に見える断面は
福塩線の前身である両備軽便鉄道が大正3年に設けたホーム。
その上に見えるのは
両備軽便鉄道が昭和8年に国有化されたのちの
昭和10年に国鉄線に合わせて改軌、改修された汽車規格のホーム。
一番上は時期不明で
電車規格で嵩上げされたホームかと思いますが…
こんなことを考えながら駅を見てると
ワクワクが止まらなくなるのですよね。
高木駅は軽便鉄道時代の短いホームが
クッキリと見えるからステキです。
そんな高木駅は先にも書きましたが、
福塩線の前身である両備軽便鉄道の手により
大正8年に開業した駅でした。
高木駅は市道を横切る広谷川踏切のそばにある
単式ホームがあるだけの棒線駅。
駅舎を持たない無人駅でしたよ。
それでは昔から駅舎がなかったかというと
そうではなく、駅舎が存在していた時期があった模様。
下は国土地理院のサイトに掲載中の
昭和22年の航空写真ですが、
ホームの手前側に小さな駅舎が写ってました。
これが駅舎なのか待合室なのかは不明ですが、
建物からホームに伸びる通路が写っているので
駅員配置駅(有人駅)だった時代が
あったのかもしれません。
その建物の跡地は駐輪場に変わってました。
一番奥に見えるのは駅便(駅の便所)です。
スロープが出来る前は
この場所にホームに繋がる階段があったそうですよ。
それではスロープを抜けてホームに入りましょう。
高木駅の全景です。
待合所に入るブルーラインは
JR西日本のコーポレートカラーでしょうかね?
それにしても駐輪場に停まっているチャリンコの
多いことときたら。
ご丁寧に、駐輪場に繋がる階段も設けられてました。
高木駅は昔は駅員配置駅(有人駅)だった
みたいなことを書きましたが
それを裏付ける記述が書籍にあり、
宮脇俊三先生の著書の中に
「高木駅の福山寄り出入口近くの民家に
「乗車券販売所」の看板がかかっている」
とあるのですよ。
国鉄時代末期の高木駅は簡易委託駅だったワケです。
きっぷを販売されてた民家さんは
こちらではないかと見てました。
国鉄時代、無人駅から構外簡易委託駅に変わることは少なく、
有人駅が無人化される際に
きっぷの販売を構外の店舗が引き継ぐケースがほとんどです。
だとすると、高木駅は昔は有人駅だった説は
結構有力ではないでしょうかね?
…以上、歴史がちょいと気になってた福塩線の高木駅でした。
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