皆さま、こんにちは!
今日はちょうど一年前の昨年6月に訪れた福塩線から
備後本庄(びんごほんじょう)駅の訪問記です。
備後本庄駅は昭和15年に開業。
今は無人駅の備後本庄駅ですが、
平成3年までは駅員配置駅で
その直後までは国鉄時代の木造駅舎があったそうですよ。
福塩線では平成4年から
日中に運行される列車を中心にワンマン運転を開始してます。
無人化はそれが影響してるのでしょうね。
各地でよく見かけるホーム上屋に
あまり見かけない通路がついているのは
ICカード端末に人の流れを導きたかったからでしょう。
福塩線にICカードが導入された平成19年に
現在の様相に改築されたそうです。
待合所(ホーム上屋)の通路対面側には
いかにも国鉄ちっくな駅便(駅の便所)がありましたよ。
備後本庄駅の一番の見どころはホームにありました。
備後本庄駅は
列車の行き違いが可能な相対式ホーム2面2線構造…改め、
旧上り線ホームを廃止した棒線構造です。
廃止されたホームは今でも残されてますが、
その上に国鉄時代に使われていた駅名標があるのですよ。
近年に補修されキレイな状態ですけど、
表記は国鉄時代とまったく変わっていないとのこと。
駅名標好きには堪らんシロモノでしょうよ。
さてさて、
ここで備後本庄駅を歴史をちょこっとだけ。
福塩線の福山駅~府中駅は
大正3年に開通した両備軽便鉄道(→両備鉄道)線を
昭和8年に国有化した区間です。
その後の昭和10年、
762ミリだった軌間を1067ミリに改軌する際に
それまで福山市内を縦断するルートだった福山駅~横尾駅間を
国鉄の福山駅に乗り入れる現在のルートに変更。
備後本庄駅はその新ルート上に
昭和15年に開業した駅でした。
実は備後本庄駅の構内を見ながら
気になっていたことがありまして…
先にも書きました通り、
構内にはかつて使われていた
列車の交換設備の跡が残されてますが、
運行される電車の最大両数(4両)よりも
はるかに長い有効長が確保されてるのです。
線路の複線区間は付近にある踏切(二股の3踏切)を越えて
二股橋梁に到達。
その先でようやく合流するのでした。
交換設備にこれだけの長さが確保されているのは
当時運行されていた貨物列車を退避させるためです。
備後本庄駅は旅客需要以上に、
軍需で輸送量が増加傾向にあった貨物列車を退避させるための
信号場的な運用を目的に設けられた駅だったのではないでしょうか?
当時の福山市内は火薬工場等の軍需で栄えていたというし、
路線の開通年ではなく昭和15年に開業した理由も
納得いくのではないでしょうかね?
余談ですけど
廃止された二股橋梁の旧上り線。
使われている2基の桁は造られた年代が違い、
神辺駅側の桁はリベットが多用されてる古典的なモノです。
他所で使われていた桁を転用したモノで
間違いなさそうですけど、
両備軽便鉄道の忘れ形見だったりして。
…などと、備後本庄駅の廃止されたホームを眺めながら
空想してましたよ。
新幹線駅から2キロ弱しか離れていない駅の風景が
こんなんなのも、備後本庄駅を萌えポイントですぜ☆
…以上、構内に残されている複線架線柱も古いモノだし、
気になることだらけの備後本庄駅でした。
↑(福山駅方面)
備後本庄駅(令和5年6月16日)
横尾駅
神辺駅
万能倉駅
近田駅
戸手駅
新市駅
府中駅
河佐駅
備後三川駅
備後安田駅
↓(塩町駅方面)
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