やっぱり天才だった辻村深月さん「傲慢と善良」
辻村深月さんの「傲慢と善良」(朝日新聞出版) 東京生まれの東京育ち、一流大卒後、名のある広告代理店に就職、三鷹に広壮な実家があるにも関わらず、新築マンションを購入済み、エリート会社員生活を謳歌していた西澤架(にしざわ かける)。ところが、30代になったころ、父親が急死。父の経営する会社が残されます。趣味の延長で父が始めたイギリス地ビールの輸入会社でしたが、業績は極めて順調。顧客層は首都圏内の一流レストランのオーナーたち。新卒のときには父の会社への入社を考えもしなかった架ですが、さすがに「後継者なし」で解散させるのは惜しく、亡父の後をついで社長に就任しました。多少不安があったものの。架が継いでからの会社の業績は右上がりに伸びていきます。 30代も後半になって、架の脳裏にチラつくのは、「結婚」の二文字。中学生時代から恋人の存在が絶えたことのない架。放っておいても女たちが寄ってくる状態。と同時に、美奈子や梓、渚といった大学以来の心知れた女友だちもいます。それを鼻に掛けることもないので、同性の友人たちにも恵まれています。 いざ結婚、ということで架が思い出すのは、数年前までの恋人、6歳年下の魅力的なアユ。彼女は付き合いはじめてから数年後、「結婚したい」と言いだしたのですが、その時の彼女は26歳。架の友人たち知人のなかでは、「26歳」はまだ「早婚」。「もう少ししてから」と返事を先延ばしにしているうちに、アユは架に別れをつげ、その後、本当に他の男と結婚してしまったのでした。 深く傷ついた架。気がつけば30代も終盤です。本気で婚活をはじめた架ですが、なかなか100%の女性に会えません。ようやく「良いかも」と思えたのが若いシングルマザー。架は彼女を親友の大原に引き合わせる予定をたてますが、前日に「子どもの発熱」を理由に、彼女はキャンセルしてきました。彼女に脈はないと悟った架は、次点候補の34歳の女性、真美を大原に会わせます。真美は”70%”の女ですが、彼女の方は架ひとすじで、大原の評判も良い感じ。架と真美は婚約しましたが、実際に式場を決めたのは1年数カ月も交際を続けてから。当時、真美は出身地の群馬で県庁に務めていたころに知り合った男からストーキングされている、と訴えかけていたのでした。ある夜、ストーカーが留守宅に忍び込んでいる、と泣きながら電話してきた真美。架は彼女を自分のマンションに引き取り、結婚して彼女を守っていこうと決意。高価な結婚式場も予約しますが、その式場は奇しくも昔の恋人アユが挙式した場所。「すてきなカップル」として、パンフにアユの写真が載っています。魅力的なアユを、100%どころか120%超えの女として感じてしまう気持ちを思い知らせれる架。それでもかれの婚約者は真美。彼女は現在の英語学校の事務を辞め、専業主婦になる予定。そして退職当日、英語学校の同僚たちが開いてくれた送別会に出席した真美は深夜過ぎに帰宅。そのまま、翌日のたぶん夕方、真美は失踪してしまいます。「事件性がない」つまり真美は自らの意志で姿を消したという刑事に対し、「ストーカーによる拉致」を強く疑う架は、信頼できる部下たちに業務をまかせ、ストーカーの正体を突き止めるために群馬に向かいます。さっそく当たったプロの結婚仲介人、小野里夫人より、真美に紹介したものの真美がことわってきた二人の男の情報を手に入れます。東京の一流IT企業をやめて群馬の機械機器企業で働く有名大卒の情報エンジニア。やはり大卒で、見るからにイケメンの歯科助手の青年。ストーカーは、このふたりの、どちらかなのか。それとも? そして、真美の安否は? 辻村深月さんの最新刊。 ストーカーもの、として読むこともできますが、この作品の本質は、広い意味での「婚活小説」です。タイトルの「傲慢と善良」とは、作中でも語られているとおり、「ヴィクトリア朝時代イギリス中流階級の婚活もの」としても読むことができる、ジェーン・オースティンの「高慢と偏見」に対するオマージュ。 婚活中のようすを、実況報道的に書いた他の多くの「婚活小説」とはちがい、あとになって、当事者たちの振り返る「過去の婚活」を描いています。 その点を考慮に入れてなお驚かされるのは、「小説としての深さ」という点だけにおいても、凡百の類似小説とは「既に次元がちがう」という点。 架の婚活、真美の婚活、ふたりの過去の婚活相手の婚活。舞台を同じくしながら、なんという「異なる世界」が、かれらの前に広がっていくのか。 そして、「婚活」とは、ひとを「評価する場である」という、現実的な解釈。相手を評価すると同時に、自分評価というものに向き合う必要があるのですが。少なからぬ人が、そこで自分と向き合うことができません。 自己愛、自己満足、自己肯定の違いが、自ずと明らかになっていきます。あ、そうか、と理解出来てすっきりする、という人がいる反面、「怖い。これ以上、知りたくない」と、本を閉じてしまう人もいるでしょう。この問題が、関わってくるのは「婚活」だけではありません。 読んでいて、女性なら「彼女は私だ!」と思い当たるキャラが見つかった、という人も多いかと思います。 真美の姉、希美だ!と感じるひとが、比較的多いのではないかな、と思います。親からは自立、夫や子どもも大切だけど仕事を捨てる気はない、ほどよく積極的で社交性もあるけれど、いつも群れているのはイヤだし、まわりの意見に流されたくはないのが本心、基本的に親切だけど、「マザー・テレサになる」なんて無理。そんな、根本的に前向きな現代女子。 美奈子だ!と自覚することができた、という人は、覚醒した知的アーバン・クール女子ですね。自覚出来れば、ですが。その上、的外れでなければ、ですが。 アユだ!と自信を持てる人、10%以上、いるかどうか。 わたしは、小野里夫人。ほんと、鏡をみている気分でした。 こうなってくると思うのは、大ヒットとなった「鏡の孤城」は、はたして辻村さんの最高作と判断してよいのか、その是非についてです。 後続の作品も、おしなべて質が「さらに高まっている」感がたっぷり。 さらに、掘り返してみると、出てくる出てくる、過去の秀作群。 ただ、方向性は「冷たい校舎」でもなく「ツナグ」でもなく「大安」でも「スロウハイツ」でもなく・・・・・「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」系統に、固まってきたかな、という感じがします。 そして、やはり 「辻村深月さんでなければ書けない」作品です。