皆さま、こんにちは!
東日本大震災の日に被災し、
その後の全線開通まで9年を要した常磐線。
震災当時「常磐線は二度と元に戻らないのでは?」などと
つぶやかれてましたが
令和2年、無事に復旧を果たしました。
宮城県が地元である自分。
こちらの駅は何度も通過してたのに、
下車することは一度もなく、
今になってとても後悔してました。
震災前はツツジが咲き誇る駅として有名でしたっけ。
先週、ようやく訪問が叶いました。
常磐線・夜ノ森(よのもり)駅です。
夜ノ森駅は大正10年に開業した請願駅で、
長らく国鉄時代の木造駅舎が使われてましたが
常磐線が復旧するのを機に
構内施設が全面的に改められましたの。
ちなみに今ある駅舎っぽい施設は
旧駅舎を模した待合室。
駅自体は自由通路上に改札口を設けた橋上駅舎です。
それでは旧駅舎はどんな様相だったかというと…
震災前の夜ノ森駅の写真はありませんが、
当時の様子を写したタイルアートが
東口の駅前広場の公園に飾られてました。
新設された待合所が
旧駅舎を模した様子がよくわかりますよね。
651系「スーパーひたち」がが描かれてますが、
ツツジの季節になると
夜ノ森駅を通過する特急列車は
徐行運転をしていたようですよ。
待合室の中には
駅便(駅の便所)が備え付けられているので、
昭和59年に無人駅化された以後の夜ノ森駅と比べても
施設はグレードダウンしてません。
バリアフリー化され、新たに西口が開設されているので
むしろグレードアップされた感じか。
もちろんベンチも備わります。
新設された東西自由通路が夜ノ森駅の出入口なり。
それでは構内をのぞいてみましょう。
通路をまっすぐ進むと新設された西口にイン。
その手前側に駅の出入口があります。
手前側に桜並木のキャップアート?が掲げられてますが、
駅の南側に位置する「夜の森桜トンネル」だとか。
駅から徒歩5分で着けるそうですよ。
通路を抜けた先にある西口です。
震災前は自由通路はなく、
駅舎とホームを結ぶ跨線橋しかなかったために
大周りしないと来れなかった場所です。
夜ノ森駅周辺は原発事故による避難指示が出されてましたが、
西口周辺は平成29年に指示が解除されたので
住民の皆さんが戻りつつある印象でした。
片や、以前は駅舎があった側の東口は
今も帰還困難区域内であるため、
人の姿はありません。
夜ノ森駅は東西出入口の景色のギャップがハンパないです。
西口から夜ノ森駅のホームを俯瞰する。
夜ノ森駅のホームは古い石積みです。
ホームが昔のままである様子がわかりますね。
お次は自由通路の中央にある出入口から
ホームに入ります。
この位置に線量計が設置されてました。
西日本にある市街地と変わらぬ数値を示してます。
電車は危険な場所を走りませんから。
ホームは震災前と同様の島式ホーム1面2線構造です。
島式ホームの全景でした。
ホームの上に見える通路が
先ほど通ったばかりの自由通路でしたよ。
夜ノ森駅を発着する普通列車は基本的に5両編成なので、
電車が停まらないエリアは閉鎖された模様。
手前側に見えるゼブラゾーンは
震災前に駅舎とホームを結ぶ跨線橋があった場所です。
さてさて、ぱっと見た感じは
手狭な構内を持つ夜ノ森駅でしたが、
昭和47年まで貨物の取り扱いがあったとのこと。
木材を出荷するための貨物列車が発着していたそうですよ。
島式ホームがあるだけで敷地がいっぱいいっぱいなのに、
どこに貨物ホームがあったのか?
気になり、国土地理院のサイトに掲載中の
昭和38年撮影の航空写真を見たところ、
夜ノ森駅の旅客ホームから離れた南側に
貨物ホームがあったみたいですね。
2両の貨車が写ってますが、
木材を輸送するための無蓋車なのでしょうか?
最後は自由通路から見えた電車の画像で〆ます。
夜ノ森駅はキレイな姿に蘇りましたが、
古風な旧駅舎を見たかったのが本音だった自分。
今年の「夜の森桜まつり」に松平健さんが来て
みんなでマツケンサンバⅡを踊った話を聞いたら
そんな残念な思いはすべて飛んでしまいました。
夜ノ森駅、来年は桜の季節に再訪してみせるんだから!
四ツ倉駅
Jヴィレッジ駅
竜田駅
富岡駅
夜ノ森駅(令和5年8月13日)
大野駅
双葉駅
原ノ町駅
相馬駅
新地駅(平成21年10月25日) ・新駅(平成28年12月31日)
坂元駅(平成21年10月25日) ・新駅(平成28年12月31日)
山下駅(平成21年10月25日) ・新駅(平成28年12月31日)
↓(岩沼駅方面)
駅探訪記、旅情報を不定期に更新中。
新着情報がすぐ受け取れるフォロワー登録をお願いします!






















