皆さま、おばんです!
今から3週間前、標茶町にある
磯分内(いそぶんない)駅に立ち寄りました。
ところで皆さん、
磯分内駅の駅舎っていつ頃建てられたモノだと思います?
真っ白な壁と、入口にオサレな三角屋根がある木造駅舎。
比較的小さめの駅舎なので、
てっきり、JR移行直後に建て替えられた新しい駅舎だと思ったのですが…
入口に貼り付けられた建物財産標を見ると衝撃の事実が!
昭和12年12月28日!?
思わずおったまげてしまいましたが、
こんなに洒落た駅舎なのに、戦前に建てられたモノだったようですね。
ここでひとつの疑問が。
磯分内駅は昭和4年に開業した駅ですが、
駅舎は昭和12年築って、なんか辻妻が合わないと思いません?
ここからはあくまでも憶測ですけど…
昭和11年、駅の西側で
製糖会社の日本甜菜製糖(当時は北海道製糖)が操業を始め、
磯分内駅と同社の磯分内工場を結ぶ、
総延長1,9キロの専用線が敷かれたのです。
磯分内駅が巨大貨物拠点となったために
翌年に駅舎が建て替えされたのではないかと。
下は工場が盛況中の昭和32年に撮影された、磯分内駅の航空写真でした。
駅構内に対して、とにかくBIGな日本甜菜製糖の工場。
その差にビックリですよね。
国土地理院のサイトより転載。
こちらは同じく、昭和32年に撮影された工場の写真です。
ここでは3軸のタンコロが貨車を引っ張っていたらしい。
日本甜菜製糖の磯分内工場は昭和45年に閉鎖され、
代わりに芽室製糖所(大成駅近くにある車窓からも見える工場)が
操業を開始したそうですけど、
閉鎖から47年が経過した今でも
専用線の廃線跡や工場跡が残っているようですよ。
ここもいつか訪れてみたい… いや、絶対に行く!
グーグルマップより転載。
それにしても、こんなカワイイ駅舎が戦前築だったとは…
磯分内駅、侮れませんぜ☆
こちらは磯分内駅の駅前の様子です。
この奥、まっすぐ突き当たった先に製糖工場があったはず。
当時の駅前は、今よりも賑わっていたのでしょうね。
駅舎内です。
駅舎は事務スペースが撤去され
有人駅時代の1/3程度の大きさに変わりましたが、
待合室は有人駅時代と変わっていないのではないかと。
有人駅時代は、駅舎はこちら側に伸びていたようですよ。
キレイに改装されていて気づきませんでしたわ。
磯分内駅は単式ホームが1本あるだけの棒線構造の駅でした。
昔の航空写真を見ると、
この原野の中に昔は島式ホームと貨物ヤードがあったらしい。
今ではその場所に全長5メートルを超える樹木が生い茂っていて…
自然の力って本当にスゴイですよね。
それと、最近のJR北海道の、廃止駅の撤収も早さも。
先週廃止になったばかりの函館本線・北豊津駅ですが、
ホームを撤去するための重機が現地に到着したそうですよ。
なんとな~く磯分内駅にいて、構内が牛臭いな…と思ったら、
すぐ近くに雪印メグミルクの磯分内工場があったみたいです。
昭和57年までは、ここにも貨物の専用線が延びていたとか。
磯分内駅、魅力的すぎますって!
…以上、見どころ盛りだくさんな磯分内駅でしたが、
最大の魅力はやはり、この木造駅舎でしょう。
それにしても、信じられないくらいレベルの高い改装技術です。
まさか、JR北海道にも匠がいたとは。
↑(網走駅方面)
磯分内駅(平成29年2月20日)
↓(東釧路駅方面)
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