皆さま、おばんです!
鹿児島県姶良郡横川町(現・霧島市横川町)に
鉄道が開通したのは明治36年のこと。
当時は鹿児島本線の一部で、
昭和2年の路線分離により肥薩線に改称されました。
横川町は街の中心に大隅横川駅がありましたが、南部の山間には無く、
こちらは昭和22年に撮影された航空写真です。赤○印の地点が
やがて植村(うえむら)駅が開業する場所ですが、
集落までのアクセスは、この時点未舗装の細い道路しかなく、
新駅設置が請願された話も頷けますよね。
時は変わって昭和30年代に突入、
国鉄はついに植村駅の設置許可をおろすのですが…
それには2つの条件がありまして、
①駅用地は地元が負担すること。
②駅施設もすべて地元が用意すること、だったんだそう。
その結果、国鉄の要求を地元が飲むことになりまして、
昭和32年、地元の手によって請願駅である植村駅が開業したのでした。

こちらは開業から20年後、昭和52年に撮影された航空写真ですが
駅前道路が整備されてる様子が伺えます。
こりゃ絶対、今後ますます発展してゆく植村駅になる!
と思いきや…
利用者は年々減少し、現在は乗車客数3人/日まで落ちてしまったとか。
そんな植村駅に昨年12月に行ってきました。

駅に着いて早々ですが、
利用者が減少した理由がなんとな~くわかった気がしました。
と言うのもですね、本来は駅の利便性を高めるための駅前道路が
南北方向に延長されたために、
街の中心地まで、クルマでアクセス出来るようになっていたのですよ。

鉄道と自動車社会の共存、本当に難しいテーマだと思います。
それにしたっても、乗車客数が1日に3人ぼっちだとは…
駅は県道に面した場所にあり、
広場はなく、こちらの入り口からホームに入ることが出来ます。

植村駅の単式ホームです。
開業当時から駅舎はなく、ホームに待合室があるだけの無人駅ですよ。


さてさて、そんな植村駅も開業から60年が経過し木造の待合室は老朽化、
昨年、新しい待合室に取り替えられた模様です。

待合室には地元で長年使われていた、
最新の防災無線に役を譲り退役した鐘だそうです。
新しい植村駅の待合室のシンボルとして、
待合室とともに昨年設置されたものなんですって。
そして今回の、待合室設置の費用負担ですが…

またも地元負担!
でもですね、待合室の中にはこんなメッセージが掲げられておりました。
「昭和32年に開業した植村駅。
老朽化が進み雨漏りがしだしたので、皆さんの協力のもと、
新しい待合室が完成しました。
ここは皆さんの駅ですから散歩の途中など、
一服できる駅になることを願っております。
部落の先輩方が頑張って作った駅です。大切にしよう。
車の運転ができなくなった時には、公共の交通機関は絶対に必要です。
生活の足として大事に利用しましょう。」
なんか、地元の皆さんに心から愛される様を見て、
どこを見ても手作り感たっぷりの植村駅でした。
乗車客数、再び元に戻るといいですね。
でも5年前はもっと酷くて1人だったみたいですけど。
肥薩線
↑(八代駅方面)
植村駅(平成27年12月2日)
↓(隼人駅方面)
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