黒石の豪商の明治時代の豪邸と素晴らしい庭園

場所・ 青森県黒石市大字内町2−1

電話・ 0172−53−2242

竣工・ 主屋・離れ 明治36年(1903)
     茶室 明治44年(1911)

構造・ 木造2階建て 見学は1階のみ

作庭者・ 高橋亭山(武学流3代目)小幡亭樹(武学流4代目)

       池田亭月(武学流5代目)

公開・ 9時30分〜16時(入園は閉園の30分前まで)
     4月中旬から11月30日のみ (月)休み
      祝日に当たるときはその翌日休み *当時の情報

料金・ 400円 貸館利用は市の教育委員会に申請 *当時

最終訪問・ 2025.09

 

*国・名勝

青森県の西部、津軽地方南部にある城下町、黒石にある豪商の館ですキラキラ
金平成園は、「大石武学流」と呼ばれる、
津軽地方で広まった流派で作庭された庭園ですクリスマスツリー

 

明治時代の豪商の邸宅 


 

作庭は、黒石町出身の実業家・政治家であった加藤宇兵衛が、明治25年(1892)に失業対策の一環として武学流3代目・高橋亭山に作庭を依頼したことから始まりますおじいちゃん



しかし、亭山は庭園完成前に死去したため、弟子の4代目小幡亭樹、5代目池田亭月が跡を継ぎ、明治35年(1902)に庭園を完成させましたキラキラ



庭園の名称は「
万民に金が行き渡り、平和な世の中になるように」という宇兵衛の願いから「金平成園」と名付けられました乙女のトキメキ
 

しかし、加藤家が明治30年(1897)頃まで営んでいた酒造業の屋号・「澤屋成之助」から、「澤成園」とも呼ばれていますキラキラ

 

庭園側から 



庭園は池の周囲を回遊しながら鑑賞する様式で、園内には枯滝組や野夜燈、遠山石といった武学流に特徴的な石組が各所に置かれていますウインク
また、黒松や百日紅などが植栽されており、石組と一体となって優れた景観を創り出していますキラキラ

 



園内西側には明治36年(1903)に建築された主屋と離れ、明治44年(1911)以前に建てられた茶室があり、これらは宇兵衛の別荘や迎賓館として使用されていたと考えられていますお茶

 

料亭時代の面影 厨房があった部分 



このように金平成園(澤成園)は、大石武学流庭園に特徴的な石組などが良好な状態で残されており、
初期の大石武学流を理解する上で重要な庭園であることから、平成18年(2006)に名勝に指定されました乙女のトキメキ

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1 
旧加藤家住宅

主屋・離れ・茶室で構成され、主屋と離れは明治36年(1902)に、茶室は明治44年(1911)以前に建てられたとされますお茶

 



2 
礼拝石(らいはいせき)

大石武学流庭園の中で最も重要な石で、庭園に宿る神仏を礼拝するための石とされているため、この上に立ったりすることは禁じられています注意

 

奥の1番大きな池のそばにある石 



3 
野夜燈 

大石武学流の燈篭で、自然石と、「たま」と呼ばれる円形に成形された石を組み合わせて作られます二重丸

 



4 
遠山石(えんざんせき)

庭園の最奥に置かれる山型の石で、岩木山を模していると言われています富士山
大石武学流庭園の中でも金平成園の遠山石が傑作と評されています乙女のトキメキ

 



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薬医門

建築された理由は不明ですが、「大正4年6月 施工者 相馬武雄」という墨書きがあることから、その頃の建築と思われます乙女のトキメキ


大石武学流とは?

大石武学流は、津軽地方で独自に発展し、広まった庭園様式ですキラキラ
一定の型に沿って、大小様々な石を配置するという特徴を持っており、地域色の強い様式となっていますおねがい

 

 

江戸時代末期から近代にかけて発展したと言われていますが、その発祥や由来についてはいまだ不明ですガーン
 

津軽の3大邸宅の1つ


津軽地方でも特に弘前市・黒石市・平川市に多く見られ、金平成園や瑞楽園(弘前市)、盛美園(平川市)など、文化財指定となっている庭園も多数存在していますピンクハート

 

 

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