明治時代の主屋と離れの仏間と大石武学流の庭園

場所・ 青森県黒石市大字内町2−1

電話・ 0172−53−2242

竣工・ 主屋・離れ 明治36年(1903)
     茶室 明治44年(1911)

構造・ 木造2階建て 見学は1階のみ

作庭者・ 高橋亭山(武学流3代目)小幡亭樹(武学流4代目)

       池田亭月(武学流5代目)

公開・ 9時30分〜16時(入園は閉園の30分前まで)
     4月中旬から11月30日のみ (月)休み
      祝日に当たるときはその翌日休み *当時の情報

料金・ 400円 貸館利用は市の教育委員会に申請 *当時

最終訪問・ 2025.09

 

*国・名勝

 

感想編

 

ここを知ったのは、2024年に2度目に黒石の街並みへ来た際に、「松の湯交流館」に置いてあったパンフで知りましたキラキラ
 

 

以前に、平川市の「盛美園」には2011年に来た際に2階だけが洋館の不思議な建築が見たくて行ったのですが、こちらのことは全く知りませんでしたガーン
 


重伝建の街並みは有名ですが、そこから少し離れた市民エリアの中にあるこちらはあまり宣伝もされていないような気がしますもやもや
今回は3度目で「津軽黒石こみせ駅」に津軽三味線ライブを見に来た際に寄りました音符

 

こちらも津軽の3大邸宅の1つかと

 

こちらの三味線ライブもあまり知られていないと思うので、どちらももっと宣伝してほしいなと思いましたチョコがけハート
こちらの津軽ならではの武学流の庭園も、津軽ならではの津軽三味線も、日本でここにしかない重要な文化なので、もっと知られてほしいです義理チョコ

 

 

今回は昼くらいに庭園の方へ行くと、見学者は私のみで(旦那は他で待機)、料金を支払いパンフを渡されることになったので「そちらのパンフは持っているのでいいですよ」と言ったら「前に来られたことがあるのですか」とのことで「黒石は3度目です」と言ったら、喜んでいただけましたおばあちゃん

「津軽こみせ駅」津軽三味線ライブの様子


今度は、説明員のシルバーのボランティアの方が来て「あなたさっき、津軽三味線聞いてたでしょ」というので、こういうローカルなところはすぐに噂が広がる、と思ったら「私もさっき三味線聞いていたのよ」とのことでした音符
またもここでご縁があったようですチョコがけハート

 

主屋 玄関 奥に広がる空間がすごい



その方が終始、説明をしながら案内をしてくれましたが、画像はあまり自由に撮るのはできませんでしたアセアセ
まずは豪壮なお寺のような入り口がすごいのですが、やはり普段使いの玄関と、重要な冠婚葬祭のときのみ使用する玄関があり、仕様が違いますチョコがけハート

 

主屋 欄間も素晴らしい 



普段の玄関は左手の小さな勝手口のようなところにあり、そこには料亭時代に使用していた厨房が残りますびっくり
豪商の館からのちに料亭として使用され、昭和53年頃まで、料亭として営業していたそうですてへぺろ
その後に国の名勝になり観光用として整備されたのでしょうねまじかるクラウン

 

主屋



今回は重要なときにだけ使用する玄関から入らせてもらいますが、式台のような立派な玄関ですウインク
奥に3間続きの和室が見えており、ここは欄間がすばらしいです義理チョコ
こちらが主屋になりますふとん1

主屋 良い老舗旅館のような部屋 


釘隠しは縁起の良いものを使用し、ところどころですべてモチーフの違うもの、奥座敷には立派な床の間もありましたキラキラ
1つの部屋毎に広いので、全体の空間がとても広いですチョコがけハート
襖で仕切らなければ何畳くらいの大広間になるのでしょうねおねがい

主屋 欄間彫刻がすばらしい 


主屋を抜けると離れになりますが、こちらの奥座敷は襖が金箔貼りです乙女のトキメキ
黄金の襖に驚いていると、その奥座敷は仏間になっていましたお願い
現在は魂抜きされていると思いますが、浄土真宗のような豪華な大きなものでしたキラキラ

蔵 内蔵なのが北東北風 


説明員の方に「こちらの仏壇は何宗のものですか」と尋ねたら、そのような質問をしてくる方があまりいないのか、説明員の方はわからないそうおばあちゃん

 

なので、「津軽では何宗が多いのですか」と聞いたら「かんかんと音を立てながら念仏を唱える法華宗(天台宗・日蓮宗の別称)か浄土真宗が多い」とのことでしたので、私の家も浄土真宗で仏壇が豪華なので浄土真宗かも知れませんウインク

土蔵の内部 


こちらの加藤家の菩提寺があるので、そちらの菩提寺の宗派を調べれば宗派がわかるそうお願い
天台宗というのは京都など関西に多いイメージだったので意外ですびっくり
浄土真宗・日蓮宗は北陸・佐渡に多いので、同じ日本海側なので北前船などの文化で伝わったのでしょうね波

 

離れ 奇数の数の鶴の欄間



離れの欄間にある彫刻がまた素晴らしくて、
中国の3の倍数が縁起がいいという考え方に基づき、鶴の数がすべて奇数になっており、仏間の欄間はこの家の家紋になっていますが、それも3つ並んでいたりと奇数でしたウインク
ここで後ろを振り返ると、この庭園の名が書に書かれて飾られていましたキラキラ

離れ 奥座敷 仏間 庭園が右手に見える 


この庭園の名前の由来である「
金平成園」というのは「すべての人に平等にお金が行き渡るように」という素晴らしい理念のもとに建設されたそうですが、案内員のおばあさんによれば「まだうちには来ていない」そうですもやもや
 

地元の方はこちらの屋号の「澤成園」と呼んでいるので、地元の方に「金平成園はどこですか」と尋ねても伝わらないそうアセアセ

離れ 欄間と金襖 


この邸宅が建設されるきっかけというのは公共事業ということで、新潟の阿賀野市にある今はお寺になっている「旧斎藤邸」、田上町の「椿寿荘」という豪農も、農民が困っているときに
公共事業の目的で建てられたので、全国的にそのようなことをする豪商や豪農というのが明治時代はいたのでしょうね札束

 

新潟も豪農の館だらけです


次に庭園側に回り、この庭園は座して離れのお座敷から眺めるために目線の高さがそれに合わせられている、ということで、座りながらこの家の歴史や庭園についての説明を受けましたチョコがけハート
この家は酒造を営んでいたのですが、
黒石や津軽に近江商人が入ってきて、多くの酒造を立ち上げたそうです日本酒

 

こちらも新潟の豪農が失業対策で作らせた別邸


しかし、酒米に政府が税金をかけたので、それらが重税となりたくさんあった酒造がどんどん倒産して、現在の数軒のみになってしまったということですガーン
今も昔も庶民に重税をかけて世の中を貧乏にする政府はやっていることが同じですよねガーン

 

離れ 釘隠し 



重伝建の街並みにも酒造は多く、かつての酒造だった建物もあるので、それも倒産した1つなのですよねガーン
酒造がはやったおかげで、今の黒石の街並みもあるのですよねおねがい
それと、茶室のところにある百日紅、これで今年の稲作の様子を占ったそうですびっくり

この邸宅を建てた方の功績 


庭園は、津軽の独特の武学流というもので作庭されており、武だけに無骨な大きな岩が特徴的です乙女のトキメキ
中でも、中ほどの池のほとりにある大きな礼拝石というのは、絶対に上に乗ってはいけない重要な神聖な石で、ここに神様へのお供え物などを乗せるのだそうですキラキラ

離れ 仏間の書院 組子がすばらしい造作


この庭に入るときは、神社のように、神様に礼をしてから入らないといけないそうで、
日本神話の神様たちを祀っている庭でもあるそうです神社
 

庭に神様を祀り、神社のように見立てる、これも独特の日本の庭園文化ですよね(海外では見られない実は信心深い日本人)日本

離れ 庭園側の廊下 


何にでも神様が宿る八百万の神の国、日本ならではの庭の哲学というか乙女のトキメキ
そして、ここに使用されている木々というのが、今でも盆栽町として世界的にも有名なさいたま市の盆栽町から仕入れたものだそうですクリスマスツリー

離れ 「金平成園」の書 


明治の時代にさいたま市から津軽まで木々を運ぶというのも贅沢で大変なことなので、やはりこれは豪商の経済力ならではですね札束
1時間は時間があれば、もっといろんなお話を聞けましたが、今回は30分コースでしたので、ここまででしたもやもや

 

明治時代の高級WC 



地元のおばあさんともお話ができて楽しかったですし、見ごたえのある豪華な家と庭園だったので、来てよかったです義理チョコ
黒石の重伝建に来られた際は、歩いて行ける距離なので、ぜひこちらも見てほしいですピンクハート
隣には図書館などもあり、市民の文教エリアのようです学校

豪商・庭園・建築好きの方にもおススメです♪