[近江国栗太郡] 佐久奈度神社
祓戸大神を祀る総本宮。写真は「穢祓」が行われる社前を流れる「瀬戸川」。
■表記
*「延喜式」祓詞 … 瀬織津比売
*他に瀬織津姫・瀬織津比咩・瀬織津媛 等
*ウブラ姫命 … 宗像大社 辺津宮の祭神で、瀬織津比売神と同神と推測される
*八十禍津日神 … 本居宣長は瀬織津比売神と同神とみる
*撞賢木嚴御魂天疎向津姫命(ツキサカキイツノミタマアマサカルムカツヒメノミコト)、天照大神の荒魂、禍津日神(マガツヒノカミ) 等と同神とする見解がある
■概要
祓い浄めの女神であり、祓戸大神(祓戸四神)の一柱。記紀には登場せず、「大祓詞」等にその名が見えます。
◎「穢を祓う」プロセスの中で、「祓戸四神」は各々に役割を担い、それらが連携しています。「大祓詞」より拾ったのが以下の内容。
*瀬織津姫神
諸々の禍事・罪・穢れを川から海へ流す
*速開都比売神
河口や海の底で待ち構えていて諸々の禍事・罪・穢れを飲み込む
*気吹戸主神
速開都比売神が諸々の禍事・罪・穢れを飲み込んだのを確認して根の国・底の国に息吹を放つ
*速佐須比売神
根の国・底の国に持ち込まれた諸々の禍事・罪・穢れをさすらい失う
◎祓戸大神(祓戸四神)に就いて、「祓詞」に於いては「伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 禊祓給ひし時に生り坐せる 祓戸大神等」とあります。
これは亡き伊邪那美大神を追って伊邪那岐大神は黄泉国へ向かうも、結局は決別。黄泉国を脱出し纏った「穢」を「禊祓」したという場面。この時に祓戸大神(祓戸四神)が生まれたとあります。
これに対応する記の記述には、「穢」から生まれた神として、
*大禍津日神・八十禍津日神
*神直毘神・大直毘神
*底津綿津見神と底筒之男命・中津綿津見神と中筒之男命・上綿津見神と表筒之男命(綿津見神の子孫と墨江三前大神)、三貴子(天照大御神・月読命・須佐之男命)
以上の14神が生まれたと記載。
一方でこれに対応する紀の記述には、「穢」から生まれた神として、
*八十枉津日神(ヤソマガツヒノカミ)・神直日神・大直日神
*底津少童命(ソコツワタツミノミコト)と底筒男命・表中津少童命(ウハナカツワタツミノミコト)と中筒男命・表津少童命と表筒男命
合わせて九柱の神が生まれ、この続きに天照大神・月読尊・素戔嗚尊の三柱が生まれたとしてしています。
本居宣長は以下を宛てています。
*瀬織津比売神 → 八十禍津日神
他にも「中臣秡抄」(吉田兼倶著)では、速佐須良比売神がスサノオ神の異名であるとしています。
「倭姫命世記」「中臣祓訓解」「天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記」「伊勢二所皇太神宮御鎮座伝記」といった書に於いては、皇太神宮 別宮 荒祭宮の御祭神 天照坐皇大御神荒御魂の別名を瀬織津姫神・八十禍津日神としています。そして撞賢木嚴御魂天疎向津姫命(ツキサカキイツノミタマアマサカルムカツヒメノミコト)のことであると。
これは中世に起こった「伊勢神道」(外宮の祠官を世襲する度会氏がもたらした)の影響によるもの。同じく影響を受けた鈴鹿郡の片山神社も同様の見解に。
現在はこれが広く流布しているも、度会氏による都合良い解釈であるとむしろしてよいかと思われます。
他に紀伊国牟婁郡の大斎原(熊野本宮大社の旧社地)の摂社 瀧姫神社では、御祭神の瀬織姫を湍津姫命(タギツヒメノミコト)のこととしています。
■主な祀られる神社(参拝済み社のみ)
*「祓戸大神」として祀られる神社、各神社の境内社である「祓戸社」は除く
[駿河国益頭郡] 飽波神社
[伊勢国多気郡] 竹神社
[伊勢国度会郡] 荒祭宮(皇太神宮別宮)
[近江国栗太郡] 佐久奈度神社
[山城国宇治郡] 橋姫神社(記事未作成)
[山城国愛宕郡] 梶田社(賀茂別雷神社 末社)
[大和国添上郡] 姫大神社
[大和国高市郡] 清水神社 … (合祀神)
[大和国十市郡] 横内神社(撞賢木嚴御魂天疎向津姫命神社)
[大和国吉野郡] 高靇角神社(「高見山」山頂)
[河内国石川郡] 建水分神社
[摂津国] 廣田神社(記事未作成)
[紀伊国牟婁郡] 瀧姫神社(大斎原摂社)
[筑前国宗像郡] 宗像大社 辺津宮(記事未作成)
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