荒祭宮 (皇大神宮別宮)


伊勢国度会郡
三重県伊勢市宇治館町1(皇大神宮内)
(皇大神宮P利用)

皇大神宮別宮(10社中の第1位)

■祭神
天照坐皇大御神荒御魂
(アマテラシマススメオオミカミノアラミタマ)


皇大神宮(内宮)の宮域内、正殿の裏側の奥まったところに鎮座。「御稲御倉(みしねのみくら)」などが途中にあります。
◎創建は「神宮雑例集」によると、「垂仁天皇二十六年に正殿と同時」と記されているようです。この時代に恒常的な社殿が建てられたとは到底思えず、まして「多岐大神宮」(瀧原宮か)から遷座されきたのは7世紀末であろうと考えられることから(参照 → 滝祭神の記事)、「正殿と同時に」という記述以外は意味をなさないものかと考えます。
◎当社は天照大御神の荒御魂を祀る社であると解するのが自然かと思われます。同じ神霊でも「荒御魂」と「和御魂」の二面性を持ち、荒々しく活動的に作用するとされるのが「荒御魂」。時には天災を起こすこともあり、あるいは人災までをも起こすという認識が皇室にはあるのか、「二・二六事件」後に皇室からの参拝があったようです。
◎「倭姫命世記」や「中臣祓訓解」においては、天照坐皇大御神荒御魂を瀬織津姫神と同神としており、また八十禍津日神とも同神としています。これは豊受大神宮別宮 多賀宮で祀られる豊受大御神荒魂が伊吹戸主と同神、また神直毘神とも同神とすることに対応しています。
◎当社に間接的に関わる可能性があると思えるのが、当社前には「地獄谷」という秘された地があるということ。「太神宮両宮之御事」という鎌倉時代の書に『古い柱(古い心の御柱のこと)は荒祭宮の前の谷に葬送の儀式によって送る。この谷を「地獄谷」という。人は知らない秘事である』と記されているようです。「葬送の儀式」とは俄に信じがたい事ではあるものの、「地獄谷」という名であること、また「心の御柱」は時の天皇の身長に合わせて長さを決めている、つまり「心の御柱」とは「天皇の身体」であるという説もあるなど、少々気になるものかと。
◎なお石段の中に「天」という字に見える石があり、「踏まぬ石」と称され避けて通るのが通例とされているようですが、そもそも石段は江戸時代に造られたもの。お伊勢参りが流行してからの附会と言えます。

*写真は2018年6月撮影のものです。