皆さま、こんにちは!
昨日のことですが、
3年半ぶりに長野市内に行ってきました。
…と言っても趣味の駅巡りが目的ではなく
入院中の父方の親戚を見舞うため。
仕事が立て込んでいたために日帰りで帰って来たのです。
それじゃ、どこの駅にも立ち寄らなかったかというと
そうではなく、
長野電鉄内で唯一未訪問だったこちらに寄りました。
4年前に島式ホームの単式化が行われたみたいですが、
それ以前にも単式ホームの時代がみたいですね。
木造駅舎が目印のこちらでしたよ。
長野電鉄長野線・北須坂(きたすざか)駅です!
長野電鉄は過去に何度も立ち寄っていて、
北須坂駅の島式ホームが現役の頃にも
通過しているはずなのに
下車せず記録していないとかって…
そんな自分をぶん殴ってやりたい。
今さら後悔しても仕方がないので、
北須坂駅の現在の様子を入念にチェックします。
北須坂駅は大正14年に開業した駅で
開業当時の駅名は豊洲(とよす)駅とのこと。
終戦間際の休止を経て昭和35年に復活の際、
現在の駅名に改称されたそうですよ。
駅前風景は閑散としてますけど
背後に旭ヶ丘団地を控えているためか、
日中も利用者がそこそこに多い印象でしたっけ。
駅舎は線路に対して直角に置かれているため、
出入口は市道側にはなくここです。
初見の方は駅があることに気づかないかもしれませんね。
待合室内はこんな感じでした。
北須坂駅は平成19年まで駅員配置駅だったそうな。
出札窓口が埋められた状態で残ってましたよ。
駅舎を抜け、通路を渡ってホームに進入します。
通路とホームは構内踏切で結ばれてました。
先にも書きました通りホームは元々は島式で、
平成30年に外側の線路を撤去。
剥がした線路跡の一部は
創設されたホーム進入口の用地に充てられてます。
線路は剥がされましたが道床はそのままの状態。
これを見てソワソワしちゃう駅ファンの同志の皆さんも
きっと多いのではないでしょうかね?
北須坂駅のホーム全景なり~
島式ホーム時代の番線案内がそのまま残されてますが、
駅舎側が「2番線」である理由が気になります。
普通は駅舎に近い側が「1番線」になりますから。
さてさて、
北須坂駅のホームが島式に変わったのは平成6年で
それ以前は単式ホームを持つ駅だったそうです。
そこで気になるのは以前のホームがあった位置。
単式ホームが現在と同様の構内踏切の先にあるとは思えず、
ホームが移設されたのは明白ですからね。
そこで毎度ですが、
国土地理院のサイトに掲載の古い航空写真をチェックしました。
下は昭和51年撮影の写真でしたが
ホームが現在地と違う場所にあるのがわかりますかね?
ホームだけではなく駅舎も移設されてたみたいで…
平成6年にホームを島式化した際に
駅舎も造り替えられたそうです。
北須坂駅の駅舎を見て「古い木造駅舎だ~」と喜んでましたが、
実は竣工から30年も経っていないことが発覚。
自分の千里眼、相変わらず役に立たんなぁ。
単式ホーム時代の遺構を懸命に探しましたが、
整地されて現在は駐車場に変わっていた模様。
辺りから怪しまれぬ程度に駐車場を見渡しましたけど、
遺構らしき構造物を見ることは出来ませんでした。
唯一の発見は、駐車場の車止め使われていた古レールです。
このレールたち、
鉄道車両を往来するために造られたのに
まさか最期はクルマに踏みつぶされるとは
思ってもいなかっただろうなぁ。
構内には今も
棒線化によって外されたレールが置かれてます。
自分は探し出すことが出来ませんでしたが、
この景色のどこかに昔のホームの遺構が写っているかも!?
ご存知の方がいらっしゃいましたら
お知らせくださいませ。
片道8時間(途中の休憩時間込み)をかけて
仙台市内~長野市内をクルマで移動しましたが、
次回はもう少しのんびり過ごしたいです。
昔は何時間クルマを運転しても疲れなかったのに
疲労がヤバいのなんのって。
歳は取りたくありませんわね。
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柳原駅(平成24年3月4日) ・改装後(令和元年11月9日)
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北須坂駅(令和4年4月5日)
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