皆さま、こんにちは!
若い子たちはわからないと思いますが、
昭和50年代半ばにブルトレブームが起こりました。
「ブルトレ」はもちろん「ブルートレイン」のこと。
人気の中心は東京駅発着の列車で、
牽引機のEF65P形にはヘッドマークが掲げられてましたっけ。
これを見るために
東京駅13番線ホームを訪れてた同志の皆さんも
いらっしゃるのではないでしょうかね?
そんな世代の皆さまなら、
紀伊勝浦駅の駅名をご存知のはずです。
ここは寝台特急「紀伊」の終点でしたので。
そんな紀伊勝浦駅に6年前、
念願の初訪問を果たしてきました。
ブルートレイン「紀伊」の終点に着いた~!
ちなみにブルトレブーム最中の特急「紀伊」は
東京駅を21:00に出発して
7:22に紀伊勝浦駅に着いてました。
東京駅発着のブルトレの中では
走行距離がもっとも短い列車だったみたいですね。
紀伊勝浦駅は紀勢本線の前身である新宮鉄道の手により
大正元年に開業。
昭和9年に新宮鉄道が国有化され
紀勢本線が延伸するまでの22年間は
ここが新宮鉄道の終着駅だったそうですよ。
当時の形跡は今でも見ることが出来るのですが、
この件は後ほど触れることにしまして…
紀伊勝浦駅がある那智勝浦町も初訪問ですが、
駅前の雰囲気がとても良いのです。
まずは足湯!
コンコースから伸びる階段の先にありました。
この足湯、紀伊勝浦温泉と同じ泉質のお湯を
そのまま掛け流しているそうで、
心地よい硫黄の香りが楽しめるそうです。
自分が訪れた時はなぜか準備中…残念!
そしてこの自動販売機、
もう姿を消しちゃってたかな?
駅前にアーケード街がありましたが、
ここは温泉街だ!という雰囲気がぷんぷん漂っていて、
居るだけで心が躍っちゃいました。
まぐろ饅頭にふかひれ饅頭、生まぐろ直売店…
「海の幸」的な看板がズラリと並んでいるのは、
駅から300メートル先にある勝浦漁港が
日本有数のマグロの漁業基地だからです。
ホームにこの写真が貼られていたのは
そんな理由があったのですね。
駅前のロータリーには、
地元出身の詩人である佐藤春夫さんの
「秋刀魚の歌」の詩碑が置かれてました。
自分は佐藤春夫さんを存じてませんでしたが、
この碑が昭和34年(60年以上前)から
ここにあることに驚きましたよ。
それでは構内を覗いてみましょう。
今ある駅舎は昭和52年に竣工したモノ。
1階にも駅のフロアがあるので
厳密には「橋上駅舎」ではありませんが、
コンコースが階上にあるので階段から進入します。
その前に…
構内の東西を結ぶ自由通路があるので、
駅舎の反対側にある西口へのアクセスは抜群にヨシ!
西口広場はこんな感じでした。
改札を潜ってホームに進入します。
紀伊勝浦駅の構内で有名なのが、
駅舎と2本のホームを結ぶ跨線橋です。
熊野那智大社をイメージして造られたそうで、
白壁と赤い柱のコントラストが美しい
「映える」跨線橋なのですよ。
紀勢本線には、熊野那智大社を模した駅舎を持つ
那智駅がありましたが、
紀伊勝浦駅の跨線橋も見応えがあると思いません?
階段を下ってホームに進入します。
紀伊勝浦駅は列車の退避が可能な
相対式&島式ホームによる複合2面3線構造でした。
2本のホームは大きな弧を描いてますが、
紀伊勝浦駅がこの造りに変わったのは
紀勢本線が和歌山駅方向に延伸した昭和9年で、
それ以前、ここが終着駅だった時代は
ホームが勝浦漁港側に向いて伸びてました。
下は国土地理院のサイトから転載した
昭和21年撮影の航空写真ですが、
和歌山駅方向にカーブして伸びる現在のホームとは別に
画像の下側にまっすぐ伸びる構内が見えますよね。
これが終着駅だった時代に使われていた構内です。
この頃は転車台があったほか、
伸びる方向が違う2本のホームを配した
独特な構内だったみたいですね。
理由はもちろん、
開業当時からある1番線ホームと
昭和9年に新設された島式ホームを共用してたからです。
現在の1番線ホームは、
昭和52年の駅舎建て替え時に
島式ホームに向きを揃えて新設されたモノでしたが、
旧ホーム時代と変わることなく
当駅始発列車用に使われてるようですよ。
なお、開業当時から使われていた構内は
駅舎が建て替えられた後も
列車を留置させる電留線として使用されてた模様。
旧構内跡には今でも架線柱が残ってました。
せっかくなので、
旧駅舎時代の構内跡に遺構が残ってないか
眺めてみました。
跡地は現在、ホームセンターの敷地に変わってます。
予想はしてましたが、
キレイに整地されて何も残ってませんわね。
特急「紀伊」が現役だった頃は、
夜に折り返すまでここ(旧構内)に留置されてたはず。
昭和51年撮影の写真にそれらしき姿が写ってました。
この頃の特急「紀伊」は14系寝台車6両でしたが、
写真に写る列車は5両編成。
ブルトレは閑散期の減車ってあったんでしたっけ?
…以上、幼少期に追いかけたブルトレを
頭の中に思い浮かべながら周った紀伊勝浦駅でした。
ブルトレブームの最中の
エース級の駅と言ったら西鹿児島駅でしょう。
鹿児島中央駅?
そんな駅名、知りませんって。
☆追 記☆
ブログを見て頂いた50代の鉄ちゃんさんから
コメントを戴きました。
早朝に紀伊勝浦駅に到着した特急「紀伊」、
夜に東京に折り返すまでの間は
紀伊勝浦駅の構内に留置されたのではなく、
新宮駅に回送され
そこで車内整備が行われていたそうです。
気になって、当時の特急「紀伊」の運用表を
確認してみると…
確かに新宮駅に回送されてました!
ちなみにこの運用表、
自分が小学生の頃に購入したコロタン文庫
「ブルートレイン全(オール)百科」に
掲載されてましたよ。
昭和時代は、子供を趣味の沼に落とす
こんな有害図書(良い意味で)が巷に溢れてました。
コレと「国電全(オール)百科」は
今でも手放せません。
50代の鉄ちゃんさん、本当にありがとうございました!
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