皆さま、おはようございます!
大湊線・下北(しもきた)駅です!
今から30年前、自分が高校1年生だった昭和59年のことですが、
当時、国鉄が大々的に展開していた全線乗り潰しのキャンペーン・
「いい旅チャレンジ20,000km」で盛り上がっておりまして、
大湊線&大畑線の両線を踏破するために、
あの日の写真で手元にあるのは、中途半端な構図のこの1枚だけ。
他のネガもどこかにあるとは思うんですけど…
あんだけ撮った写真のネガ、ホントにどこにいっちゃったんでしょ?
で、その時の下北駅の印象ですが、
大湊線と大畑線の分岐駅のために構内にはたくさんの側線があって、
とても賑やかだったんですけど、
久しぶりに立ち寄った下北駅、何だかとてもこじんまりしておりましたね。
駅舎が建て替えられてしまったのもそうですが、
あれだけあった側線がすべて整理されたことが
一番の理由かと思います。
ちなみに国鉄時代の下北駅ですが、こんなに賑やかだったのですよ。
昭和50年に撮影された航空写真です。右で分離しているのが、
下北交通大畑線を経て平成13年に廃止された国鉄大畑線でした。
駅周辺だけではありません。
昭和59年のダイヤ改正までは
野辺地駅から下北駅までの区間で貨物列車が運行されておりまして、
下北駅から延びる貨物専用線も存在していたようです。
南西方向に延びるのがその専用線なんですけど…わかりますかね?
さてさて、大正10年に全線開通した大湊線ですが、
昭和14年の大畑線開通に併せ、
両線の分岐駅として開業したのがこちらの下北駅でした。
そもそも大畑線が敷設された目的ですが、
大湊海軍飛行隊の樺山飛行場や
大間の海軍要塞の建設資材を搬入するためのものでして、
戦後間もない頃の下北駅周辺も、
昭和23年に撮影された航空写真より。
終戦後、駅周辺にあった軍事施設は次々と撤去されて
平和な街へと生まれ変わったようですが、
と同時に、軍需によって10万人以上だった人口も急激に減少を続け、
現在は5万人弱が暮らす街まで落ちたとか。
何はともあれ、平和が一番です。
平成13年には、その大畑線も廃止されてしまいました。
現在の大湊線ホームの反対側から列車が発着していたようですけど、
今じゃホーム上の白線に面影を残すのみ。
そんな下北駅も、むつ市の玄関口として平成21年より整備事業が進行中。
こちら、駅前に立っているモニュメントです。
下北半島と波とSLの動輪をモチーフに
制作されたものらしいですけど、最初は旭日旗かと思っちゃいました。
そしてこちらは、むつ市のいわゆる、ゆるキャラ的な顔出しパネル。
左から、ムッシュ・ムチュラン1世、マダム・ムチュリー、
ベビーカーの中にいるのがプリンセス・ムチュリンだそうです。
ちなみに彼ら、今年のゆるキャラグランプリにもエントリーしているらしい。
なんでも青森県内ナンバーワンゆるキャラを目指しているらしいですぞ。
モーリーくんに強力なライバル出現ってこと?
いやいや、いくべぇにいかずきんズに決め手くんにたか丸、
青森はライバル(っていうか、ゆるキャラ)がめっちゃ多いですから、
県内ナンバーワン奪取も至難なはずですけど。
下北半島と言えば、
大畑駅で活動されている「大畑線キハ85動態保存会」さんや、
建設半ばで工事が中断された未成線「大間線」のことなど、
気になることだらけです。
それと、下北駅から延びていた貨物専用線のことも。
艦これで盛り上がっている大湊地区、鉄道ネタも見逃せませんぜ☆
大湊線(はまなすベイライン大湊線)
↑(野辺地駅)
下北駅(平成25年11月9日)
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