皆さま、おばんです!
今年も残すところ3週間とちょっと。
暇を見つけてはあちらこちらに旅した1年でしたが、
年末の信州行きで締めくくりになりそうです。
来年も年明け早々動きだしますぜ☆
今年の遠征は、3月の鳥取旅
から始まりましたが、
因美線・用瀬(もちがせ)駅です!
絵部長組の貸切列車乗車を翌日に控え、
前日に因美線&若桜鉄道の駅巡りを楽しみんだのですよ。
ところで絵部長組って、なんなん?
宮脇俊三先生著の「北陸・山陰510駅」(昭和58年刊)によれば、
用瀬は智頭街道の宿場町で、因州和紙・佐治石で有名な
用瀬駅の駅前には、国鉄時代からミニ庭園がありますが、
その佐治石で造られたモノらしいですよ。
それともうひとつ、用瀬には平安時代から続く、
ちなみに流すのは桟俵に乗せた紙雛。
毎年、旧暦の3月3日に流しびなの行事が催されるそうです。
和紙の街らしい風習なのかもしれませんね。
…以上の街情報は用瀬駅に着いてから知ったこと。
その街の事情を知ることが出来るのも、駅探訪の楽しみですよ。
風格ある用瀬駅の入口と…
その風格を台無しにする屋根の上の突起物。
現在は無人駅の用瀬駅ですが、
出札窓口は塞がれていないのが嬉しいところです。
窓口の棚受の装飾は大正時代の駅舎によく見られるもの。
用瀬駅の駅舎は開業年の大正8年に建てられたものだそうですが、
駅ファンはこれだけで飯3杯は戴けちゃいますよ。
最近、古い写真か掲示された駅が増えましたが、
用瀬駅にもそんな写真が飾られておりました。
せっかくなので、古い写真と現在の様子を比較してみました。
まずは「開業前の用瀬駅(大正8年)」からです。
撮影場所は線路脇ですので定点撮影は出来ませんでしたが、
この写真と方向的には同じかと。
用瀬駅開業当時に駅舎寄りにあった貨物ホーム、
現在は取り払われ駐車場と化しましたが、
駐車場にはホームの頭端の遺構が残されておりましたよ。
2枚目は「信号機手動切替え装置(リーバー)」です。
これってココですよね?
最後は「出征兵士送りの様子(昭和15年頃)」の写真から。
そして現在の様子。
こうしてみると、街の様子は変化しても
駅自体は大きく変わっていないことに気づきます。
駅ってひょっとして、昔見た
心像風景に戻れるタイムマシーンなんじゃないかしら?
ちょっとちょっと、自分、カッコいいこと言ったと思いません?
そんな懐かしい想いを現実世界に引き戻すような、
智頭急行の直通列車(普通列車)でした。
島式ホームの2番線に停車中ですが、
1番線ホームは一線スルー構造で、特急列車が高速で通過する模様。
わおっ!
出征兵士を送り出した時代には想像できぬような、
未来派野郎な特急列車が通過してゆきました。
進化したのは車両だけではありません。
今まで国道に背を向けていた用瀬駅も、
ようやく国道側に広場が整備されたようです。
木造駅舎が未だに多く残る因美線も、確実に進化しているんですね。
…といいますか、
大正レトロな駅を走り抜けるHOT7000系の姿ってそそられません?
これもギャップ萌えというやつか?
訪問駅リスト(JR線)
↑(鳥取駅)
用瀬駅(平成27年3月7日)
高野駅





